胡麻すらぬ盃 さーしーえー
ごますらぬさかづき
当然:「ふむ……」
秋風の吹き込む街に、
殿様が、のんびりと歩いていた。
道端には、
清き せせらぎ が、
喜ぶように、流れている。
頬紅のように染まった赤は、
もはや、見る影も無い。
美しい水路を、たどるように。
トウゼンローは、向かっていた。
当然:「ここも、もう──。
透くように、
美しいのぅ── 」
大したものだ、と、思う。
水を清める魔物など、
いたとしても、
数月は、かかると踏んでいたが。
ものの数日で、
街に流れ込む水流は、
ほぼ、浄化されてしまった。
当然:「頭が……上がらんな」
世は、広い。
常識など、常に、
新しく、塗り替えられる。
トウゼンローは、思う。
見聞を、広めねば、ならぬ。
歳に構えては ならぬ と、
御身は、痛感したのだ。
──つまるところ。
殿は本日、
"視察"に参ったのである。
当然:「む……。ここ、か……?」
ナトリには、大きな水流が、
街の中央に引き込まれているが、
それが、くるりと溜まる、
大池の畔に着くと、
小さな──だが、しっかりとした、
木造の家が、目に止まった。
当然:「──ほぅ。雨漏りは、
しなさそう、じゃの──」
小屋の状態は、
古いが、悪くは無いようだ。
少し改修すれば、
充分に、これからも、
住めるように、なろう。
というか、もう、
住み着かれて、しまったのだが。
殿は、迷う。
さて、どう声を かければ、
よいのだろうか?
当然:「ふむ……。──む?」
家に気を取られていた殿だが、
すぐ傍らの、大きな存在感に、
意識を、引っ張られる。
小船の船着場のように、
簡素に、大池に突き出した、
なかなか立派な木組みの平台橋に、
そいつは、座っていたのである。
デブ:『『『 ── 』』』
当然:「 ……、……──。 」
話には聞いていたが、
なかなかの、大きさである。
大人しく座っていたので、
殿は、少し、面を食らった。
船着場で、船を待つように、
向こうを向きながら、
デブ助は、ドッカリと、
座っている。
当然:「 …… 」
この街の恩人からの情報によると、
仮面を着けた者を警戒するそうだが、
基本は、大人しい魔物だと、
いうことである。
白い、大きな背中は、
天気が良いのも相まって、
不思議な哀愁のようなものを、
まとっている。
デブ助は、空を見ていた。
トウゼンローは、考える。
当然:「 ──…… 」
街に、大型の魔物を入れることは、
一部の者からは、警戒されている。
だが、生活の基礎となる、
水流を、浄化してくれたことも、事実。
トウゼンローは、
見極めなければ、ならない。
だから、まずは。
歩み、寄らねば──。
当然:「ふむ……」
──ギシコ、ギシコと。
トウゼンローは、
なかなか立派な船着場に、歩み出し。
木板は、
ハデな音を出したが、
水から生えた木の建材は、
まったく揺れることなく、丈夫である。
白い背中が、近づいた。
──……ギシコ。
トウゼンローは、
デブ助の、すぐ、となりまで来た。
デブ:『『『 ── 』』』
当然:「 ……… 」
少し、空を向いて、
デブ助は、目を閉じていた。
日向ぼっこを、
しているようである。
正面の池を見ると、
パチャパチャと、
何匹かの、大瓜ほどもある、
同じ種であろう、白い魔物が、
きれいな水の中を、
のん気に、泳ぎまわっていた。
当然:「ほぅ……子供、か?」
……アレも、成長したら、
となりのデカブツくらいの、
大きさに、なるのだろうか──?
この……サイズが、
大量に、街に溢れるのは、
少々、困るかもしれんな、と、
トウゼンローは、思うが──。
────すると。
デブ:『『『 ──きゅっきゅ? 』』』
当然:「 ── うおっ・・・!? 」
── ぽ ふ ん っ !!
トウゼンローは、
顔に、やわらかな衝撃を感じ、
どうやら それが、
件の獣が、
振り向いたからだと、理解する。
デブ:『『『 きゅっきゅ……!? 』』』
当然:「 ・・・・・ 」
攻撃された、ワケでは ない。
デブ助の顔は、大きいので、
横を向いた時に、フワフワの頬が、
トウゼンローに、めり込んだのである。
デブ助は、一瞬、ビックリしたようだが、
トウゼンローは、偶発的な事故だと思い、
とりあえず、動かなかった。
デブ:『『『 ・・・。きゅっきゅー 』』』
当然:「 …… 」
思うより、ずっと、
大人しい魔物の ようである。
デブ助は、ゆっくり、
また、前空を向いた。
どうも、ずっと地下で暮らしていた、
輩のようである。
当然:「──そら、か」
トウゼンローも、
腕を袖中に組みながら、
空を見た。
今日は、季節の変わり目の、
美しい、晴れの日である──。
当然:「 空を……楽しんでおるのか 」
デブ:『『『 ── 』』』
デブ助は、答えなかった。
座りながら、手元には、
恐ろしく でっかい、
茹でた、ブロコロが、
抱えられている。
デブ助は、つぶらな瞳を、
また、つぶった。
当然:「 ……── ふ。 」
殿は、魔物の となりに、
そっと、座り込むことにした。
胡座をキメると、
温められた木の板の感触が、
じつに、心地良い。
ふたりして、
前の空を浴び。
それは、
穏やかな空間で、
あったで あろう──。
学者:「 ──あっるェ、どうもォーッ! 」
デブ:『『『 きゅっ? 』』』
当然:「 ──む? 」
トウゼンローが、
胡座のママ、振り返ると、
少し、ヨレた白衣を着た男が、
陶器の酒瓶と、数枚の小皿を持って、
小さく会釈をしながら、
こちらに歩いてきていた。
ここに住み着いたという、
二人の学者の内の、一人だろう。
──ギッコ、ギッコ、ギッコ。
学者:「こんにちわァー!
あっれ、もしかして、
ナトリの、おトノサマ……??」
トウゼンローも、
ここまで悪意なく、
無礼に振る舞われたのは、
久方ぶりである。
良い天気もあって、
不思議な笑みが溢れた。
当然:「……ふ♪ 此度の水の件、
感謝しておる」
学者:「いえいえっ、コイツらが、
勝手に、やってくれてんで。
どっこい、しょ──……! 」
──どかすん。
ヒロガーは、
躊躇なく、
デブ助と、殿の、
となりに、座った。
学者:「コイツらの食い物、
けっこー、あるんすよ。
たぶん、大丈夫です」
当然:「で、あるか」
この街の問題に対して、
ヒロガーも、トウゼンローも、
最低限の事を、話した。
それで、充分なのだ。
だって、目の前の水面は、
ここまで、美しいのだから──。
だから、それ以外の。
どーでもいぃコトを、
トウゼンローは、問う。
当然:「 酒か? 」
学者:「 ん? えーぇ。
ホラ、ぃー天気でしょ?
こーゆぅ時に、呑むに、限る。」
当然:「 ──ふ。たしかに、の 」
学者:「 おトノサマも、どうです?
ぁ……グラス、割っちまって、
今、ここにある小皿しか、
ないんスけど。お好きなヤツを! 」
当然:「 ぬ? ──はっはっは!
貴公……!
それは、胡麻を擦る、
小鉢じゃぞ? 」
学者:「 えっ、そうなんスか。
露店で、テキトーに、
買ったからなぁ……。
じゃあ、丁度いいっすな? 」
当然:「 ──かっか! たしかにのぅ! 」
トウゼンローは、笑いながら、
トンカツ屋にある胡麻小鉢を、
しげしげと、受け取った。
そして、吊るしてきた手荷物の、
包み紙の、
縄を、解す──。
当然:「ふ、良いものが、あるぞ。
貴公らへの、礼を、と、
思ぅてな── 」
学者:「お?」
──ガサリ。
当然:「鮭の、燻製じゃ。
コイツぁ……たまらんぞ?」
学者:「いぃっスねーッ……!」
デブ:『『『 きゅっきゅ。もぐもぐもぐ 』』』
盛り上がる、男共の傍らで、
デブ助は、でっかいブロコロを、
美味そうに、頬張っている。
学者:「今度、もうひとりの ほうも、
紹介しますよ。今、
買い出し 行ってて」
当然:「他にも仲間が居るなら、
ナトリに呼ぶが良い。
北の細目も、止めんだろうて。
うーむ、箸も持ってきたら、
よかぅたのぅ」
学者:「っま、何とか なるっしょ。
そん時は、お願いしまさァ」
当然:「ここの暮らしは……どうだ。
小さな小屋だ、
魔石装置も古いし……、
苦労も、あるじゃろう」
学者:「それがねェ♪ コイツら、
風呂に ブチ込むと、
水が、長持ちするんスよォー……!」
当然:「ふぅむ……?
城でも、試してみるかの?」
デブ:『『『 きゅっきゅー……♪ 』』』
殿は、時たま、
ここに酒の肴を運ぶが、
時折の、楽しみとなる。










