ドロンっ!
「そーいえば、あなた達、これから王都に向かうのよね?」
ふと、気になったので、ヒキハさんにきいてみる。
「また野宿をするなら、私、ついてったほうがいい?」
「いえ、この時間に動けば、今日の閉門までには、滑り込めます。馬も随分落ち着きました。大丈夫ですよ」
「……ご飯、作ろっか?」
「ぜひ、と、言いたい所ですが……あまり、お腹は減っていません。ポタージュを食べ過ぎましたわ」
「ふふ、私も……」
みんな、なかなかの、おかわりっぷりだったからね!
「あ、でも、一応、これ」
「! これは……」
水が入ったウトイスの実殻と、バスケットに入った、バケットサンドだ。
「今はお腹が減ってなくても、人間、後で絶対おなかすくから」
「……ふふ、違いありません。感謝します」
各1食分ずつくらい、ヒキハさんに渡す。
「あ、お水はちゃんと、緑銀つけてね?」
「……いえ、それは」
「一応の確認は、とっても大事。そうでしょ?」
「……はい。恐れ入ります」
ふふっ、恐れ入ります、だって。
「じゃあ、行くわ」
シャンティちゃん、おばあちゃま、ヒキハさん、護衛さん達に、出発を告げる。
「え〜〜!! ……行っちゃうの?」
「ええ、ごめんね。まだ、大切な任務が、残っているから」
「にんむ? どんなの?」
「王都に、手紙を届けるのよ」
「手紙!?」
「そう、手紙」
1万2千通くらい、ね。
「じゃあ、いきなりシュバッ! って、消えるんでしょう!?」
「……んん??」
突然、何を言いだすのよこの子は……。
「だって、絵本では、そうだよ!!」
「あ……ああ、そう言えば」
確かに、あの義賊、瞬きする間に消えるのが、お約束だったわね……。
「シュバッて! シュバって!」
「こら、シャンティ……」
こらシャンティ……。
おばあちゃまが、困っておりますよ?
「お世話に、なりましたわ」
「ほんとうに、ありがとうございます」
「よしてよ……くすぐったいわ」
大人の人に、真っ直ぐにお礼を言われるなんて、能力おろし以前は、考えられなかったな。
いや、そりゃ食堂で、"ありがとよっ!" とかはよくあったけど……。
それとはまた、違うというか……。
「! ねぇ、クルルカンさん! クルルカンさんは、クルルカンさんなの?」
!?
な、なんて?
最後に妙なこと言い出したわね……。
「だから、名前!」
「あ……」
ほんとだ……私、名乗ってないわ。
「私、シャンティ!」
知ってる。
「あなたは!?」
…………。
「……お嬢様、それは……」
「シャンティ……」
ヒキハさんと、おばあちゃまが、止めに入る。
私の情報は、隠しておかなければならないと、思ってくれているからだ。
……でも、な。
こんな子供に自己紹介されて、返さないのは、マナー違反だよね……。
「……誰にも言わない?」
「「!!」」
「! うん! 言わないよ!」
ふふ、信じるわよ?
(クラウン。"反射速度"、用意)
『────レディ。いつでもいけます。』
「"アンティ"。アンティ・クルル。
それが、今の私の名前よ!
────またどこかで! 小さなお姫様!」
『────"反射速度、起動"。』
───時間には、 重さがあるのよ?
「うそ、だろ……」
護衛の一人が、私たちの心を、代弁した。
はは、ほんとに、どうなっているの。
「きえ、た?」
シャンティお嬢様も、驚愕のあまり、立ち尽くしている。
まさか、彼女は、本当に絵本から出てきたのではないか?
そんなことを、考えずにはいられない、
皆が知っているとおりの、立ち去り方。
「……すご────────い!!!」
お嬢様が、ぴょんぴょん、跳ねている。
先ほどの、彼女のように。
……まったく、人生、何が起きるかわからない。
この半日で、つくづく、そう思いましたわ。
「……"アンティ・クルル"」
最後に、彼女は、教えてくれた。
今世に甦りし、黄金の義賊の名を。
「……大きな恩が、できてしまいました」
「大奥様……」
「最後に、あの方は、シャンティの事を"小さなお姫様"と呼んだ。それが、全てだと思うのです」
「はい、わかります」
あの少女……アンティは、確実に気づいている。
この方たちの、やんごとなき身の上のことを。
「シャンティ、こちらへ来なさい……」
「! おばあちゃま……はい!」
素直に、駆けよってくる、お嬢様。
「シャンティ……いえ、オルシャンティアよ。今だけは、祖母としてではなく、前王妃として、話しましょう。今宵の命と心の恩、けっして、忘れてはなりません。彼女の決意、誇り、清らかさ。全てにおいて、我が王族の精神に、欠かせないものです。彼女の姿を忘れず、黄金の精神と、清らかな、若草色の髪を持つ姫となりなさい。」
「!! ……はい!!」
前王妃と、小さな姫の、決意の場を。
朝日が、静かに見守ってくれていた。
とても神聖な日に立ち会った事が、じわじわと、暖かさと共に、私に伝わった。
「ふふ、姫にしては少し、元気がありすぎますね……それと、ヒキハ」
「はっ!」
「かのクルルカンの娘……盟約により、詮索はしません……。しかし、もしあの娘が、何らかの事で、不条理に立たされた時。……すべての王族の力と、権力を持って、彼女を囲います。孫の心を育ててくれた恩を、返したい」
「「「────御心のままに!!」」」
3人の護衛は、長くを闘ってきた妃に、膝を折って、これに応えた。