表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/1216

朝日に映る姿

 

 もう、ウルフを、50匹は、狩っている。


 いくら何でも、多すぎる。


 ポタージュの匂いに、惹かれたのだろうか。


 でも(・・)本当に(・・・)ラクだ(・・・)


 私達はもうすぐ、夜明けを、迎えようとしていた。





 ほんの少し。

 ほんの少しだけ、辺りが、明るくなってきている。

 うっすらと、景色が見え始めているのだ。


 "カーディフであった山火事で、魔物が流れてきている"。


 そう、黄金の少女は言った。

 それは、恐らく、正しい。

 でなければ、こんなに異常な数のウルフと、遭遇するはずが無い。





 遅い夕食を、ご相伴(しょうばん)にあずかった後で、寝所をどうするのか、と少女に聞かれた。

 男性の護衛は頃合いを見て休むが、私は朝まで起きている、と伝えると、私も付きあうわ、と言ってくれた。



 不思議な体験だった。


 シャンティお嬢様の(すす)めで、クルルカンの少女は、ベッドの端っこに座っていた。

 彼女が腕を組み、目を瞑ると、座っている身体が、ピタリと、まるで空間に固定されたかのように、止まった。


 しばらくすると、小さな寝息が聞こえてくる。

 姿勢は、まったく崩れていない。

 これも、訓練の賜物なのだろうか。

 しかし、今、魔物がきたら、どうするのだろう……。


 ……いや、彼女はもう、充分、守ってくれた。

 彼女が束の間の休息をしている間くらい、私がこの剣で、皆を守ろう。


 しかし、それは、思い上がりだったのだろう。




 いきなり、彼女は、立った。

 先ほどまで、確かに眠っていた。

 ベッドの揺れで、大奥様と、お嬢様も、起きる。


 地面から吹き出る炎が、大きくなった。

 黄金の指は、森の中を、指差す。


「……あっち。ウルフ、数、12……」

「……!!」

「30メル先からくる」


 寝ぼけた声で、驚く事を言う。

 そんな……そんな離れていても、わかるの……。

 私は護衛2人を叩き起こし、襲撃に備える。

 この2人も、それなりに腕利きを連れてきた。

 すぐに覚醒し、皆で剣を構える。


 ガッ……ガウ……

 コッ……ゴッ……


 近い。

 多いぞ……確かにいる。

 12匹……きついな。

 剣を握る手に、わずかばかり、緊張が走る。

 1人なら余裕だが、今は、数メル後ろのベッドを、守り抜かねばならない。

 身を(てい)してでも、通すわけには……。


 グルるるるるる……

 グウウウううう……




 ────ぎゅいいいいいいいん!!!!


 いきなりだった。

 後ろで、何かが擦れるような、音が響く。


 敵前だが、思わず、後ろを見てしまった。


 その時、金の両手が、振り下ろされる瞬間だった。


 ────しゅぱぁぁあああん!!!


 私の顔の隣を(・・・・・・)回転する何かが(・・・・・・・)通り過ぎていく(・・・・・・・)


「──っ!!」


 恥ずかしい事に、構えを解いて、目で追ってしまった。

 飛んでいく"何か"は、森へ吸い込まれていく。


 ────ギ、ギャヤアアアアォン!!

 ────クォン、クォン、ギフォ!!


 ……これは、悲鳴、なのか?

 ウルフがいるであろう森から、情けない鳴き声が、響く。


 ……しばらくすると、一匹だけ、ウルフが森から出てきた。

 すぐに構えるが、様子が変だ。

 ……動かない?


 よく見ると、首や、脚に、金色の輪のようなものが通してある。

 ……あれは?


 ザシュ!


 ────クォン……。


「────……」


 倒れた。

 わかる。

 もう、死んでいる。


 なんて……なんて、あっけない……。


「……おばあちゃま……」

「大丈夫よ、シャンティ……」


 今の騒ぎは、シャンティお嬢様には刺激が強すぎた……。

 大量のウルフの死体などあっては、においと相まって、もう、眠れはしないだろう……。

 お可哀想だが……。


「おい、あのウルフ、どこ行った?」

「!!」


 護衛の1人が、声を上げた。

 思わず、先ほどウルフが倒れた場所を見る。

 ……いない。

 生きていたのか?

 いや、違う!

 この少女だ(・・・・・)

 実際に見た訳では、もちろん、ない。

 ただ、揺るぎない確信が、あった。


 震えるお嬢様の髪に、黄金のグローブが、ふれる。


「あ……」


「……大丈夫。大丈夫よ。私が、必ず、まもるわ」


「……うん!」


 優しいような、寝惚けたような声で、彼女は、言った。

 それを聞いたお嬢様は、……いや、お嬢様だけではない。

 私ですら、それは、絶対の安心感を覚える、慈愛に満ちた声だった。


 それから、お嬢様は、再び眠りにつく。

 大奥様も、咳が落ち着いてきている。

 少女は、再びベッドに座り、腕を組み、動かなくなった。


 ヘルムを外した護衛2人の表情には、彼女に対する、尊敬の念が、込められてきていた。





 同じ事が、4回ほど、起こった。

 彼女は、私たちが視認する前に、(ことごと)く、敵の方角と、数を言い当てた。

 私たちが、ウルフの数を確認する前に、そのほとんどは、一掃された。

 今までに、私が斬ったウルフは、2匹(・・)だ。


 ふふ、まるで、夢だ。

 ここは、おとぎ話の中なんじゃないだろうか?

 もうすぐ、朝日が登る。

 長かった夜が、明けるのだ。





「ん……う」

「……おはよう、シャンティ」

「おばあちゃま……おはよう!」

「しっ! ……シャンティ、見て」

「え? あ……」


「す──…… す──……」


「ねてる……」

「ええ、ねてるわね……」

「……ふふ」


 お嬢様が、笑ってしまう気持ちが、わかる。

 あんなに強いのに、こんなにのんきに寝られると、調子が狂ってしまう。

 誰かさんのせいで、護衛2人も、すっかり眠気が飛んでしまったというのに。

 彼らも、尊敬を向けながら、苦笑を浮かべるという、奇っ怪な表情を作れるようになってしまっていた。




 ────光が、さした。




「────あ」

「夜明けだわ……」






 この時の光景を、言葉にするのは、難しい。



 最初は、こう言おう。



 私たちは(・・・・)陽の光の中で(・・・・・・)初めて彼女を(・・・・・・)見た(・・)




 皆が見守る中、眠りこけている彼女の装甲に、太陽が、光を、あたえはじめた。



 まず、(またた)く光が、あった。



 小さな王冠が、くるくると、回っていた。

 表面の模様は、光を跳ね返し、キラキラと光る。

 その反射は、すぐに、その場の視線をかき集めた。


 仮面。

 かの、有名すぎる、義賊の仮面。

 その模様、造形、品格。

 これが本物だと言われても遜色ない、黄金の仮面。

 陽に炙られ、その角線には、光の境目が、宿る。


 身体。

 仮面だけを見ていた時の違和感は、照らされる面積が増える度に、消し飛んでいく。

 ふさわしい。

 このヨロイは。

 この仮面に、ふさわしすぎる。

 その光輝く造形は、決して、道楽ではない。

 これは、確かに、守る事を考えて、造られている。



 この頃になって、初めて、彼女の髪に目がいく。

 なぜ、これに気づかなかったんだろう。

 そう思うくらい、光を梳かす金の髪は、美しい。

 仮面のそばから、光のように、なびいている。


 ゆっくりと、ゆっくりと登る、お日様の光。

 その陽光が、彼女のヨロイに走るラインを、流れていく。


 それは、多分。

 この時にしか見れない。

 忘れられない、一場面。


 まるで、

 絵本の挿し絵のような、

 幻想的な、光景である。



 皆、言葉も忘れ、その姿に、見入っていた。




 ────そう、

 黄金の義賊、クルルカンが、そこにいたのだ。





「────クルル、カン、だ……!」


 あたたかい陽射しの中、お嬢様が、言った。


 そうか……!

 お嬢様は、今、気づかれたのだ……!


 暗い森の中、焚き火があるとはいえ、正確な色は分からないものだ。

 彼女の装甲は、炎に炙られ、茶色く見えていたのだろう。


 炎なき、朝日が踊る中、お嬢様は、真の黄金を見たのだ!


 はは、ははは!

 そりゃあ気づく!

 王宮にだって、あの絵本は、あるのだから!


 もう、暗闇は、黄金を隠せない。

 今、お嬢様の若草の瞳には、強烈に! 彼女の姿が刻まれていることだろう!



 だって、その瞳の輝きに、伝説の英雄を見たような、輝かしい黄金が、宿っているのだから!



「わたし……わかった! なんで、この人の正体を言っちゃダメなのか!」

「あらら……どうして?」

「だって! 義賊クルルカンは、正体をかくしているでしょう……? 正義のみかたは、正体がバレちゃいけないのよ?」

「ふふ、そうね……」

「──わたし、いわないわ! とっっても、いいたいけど、いわないわ! だって、そんなことしたら、お話が終わってしまうもの!」


「まぁ!」

「ははは……! そのとおりだ!」

「まったくだな! かっかっか!」


 朝日の中、ささやかな談笑が広がる。


 なぜ、こんなにも、優しい気持ちになるのだろう。

 忘れていた、子供の心が、思い出されるからだろうか。



 目の前で、黄金の少女の、

 2つ結の髪と、マフラーが、

 風に、なびいている────────。






「──ふぁっ! ……朝ぁ? ……おはよぅ……」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『今回の目次絵』

『ピクシブ百科事典』 『XTwitter』 『オーバーラップ特設サイト』 『勝手に小説ランキングに投票する!』
『はぐるまどらいぶ。はじめから読む』
― 新着の感想 ―
この回は何回も読み直すくらいには好き。 朝日が差して姿を現す情景描写は、さーしーえー抜きでも脳内再現余裕な位には痺れた。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ