カンチ羊とホラ吹き義賊
「………………」
目の前の、黄金のヨロイの少女は、沈黙している。
私たちの危機に訪れ、
私の剣を躱し、
私を庇い、
そして、脅威を退けた。
間違いない。
このつよさ。
この信念。
この少女は、私なんかより、よほど死線をくぐり抜けてきているに違いない。
そして、先ほどの事で、気になる事がひとつ。
「……あなた、さっき、こう仰いましたよね。
"レッドハイオークの手柄を譲ってもいい"と……」
「それは……」
「確かに言っていましたよ。"あなたが倒した事にしたら?"と」
「…………」
オーク種の中でも、キングに継ぐ強さを持つ、レッド。
そのユニーク個体を倒したとなれば、それなりの名声と、金銭は、約束されるはず。
なのに、この少女は、それを譲ると言う。
「……そこから考えられる事はひとつ……あなた、本当は私たちに、接触してはいけなかった……のでしょう?」
「────!?」
その反応……やはりそうですか……。
「……本来、あなたは秘密裏に私たちを護衛するつもりだった。しかし、私たちがあまりに不甲斐なかったため、私に勘づかれるまで、接近するしかなかった……」
「なんてこった……! そうだったのか……」
「くそぅ……俺は、護衛として恥ずかしいぜ……」
2人の仲間の護衛が、悔しそうに下を向きます。
いえ、私とて……あなた方と同じ気持ちです……。
今回の護衛は、人目を避けるため、あえて少人数で赴きましたが、その隙を、完全に突かれました。
運の善し悪しもあるでしょうが、護衛にそんな事は関係ありません。
この、黄金の少女が来ずに、あのレッドハイオークと接触していたら、どうなっていたことか……。
「あなたは、本当は私たちと、顔を合わせてはいけなかった……でも、あなたはそれを曲げ、寝所と食事を与えてくれた……」
「…………」
「……あなたは、正体を隠さねばならないのですね?」
「────────!!!」
少女から、大きな反応があった。
2つ結の髪が、仮面の両横で、その動揺を伝える。
やはり、あなたは。
表舞台に立ってはいけないのですね……。
その若さで、なんてむごいのでしょう……。
「……私は、王都、"剣技職"部隊、副隊長の身です。このような事は、必ず報告しなければいけません。姉さまには、特に…………でも」
私は、大奥様のほうを、チラリと見る。
────大奥様は、しっかりと、うなずいてくださった……!
「今回に限り、あなたへの恩を返すと言う意味で、報告を取りやめたいと、思っています」
「な……!」
「おお、なんと……!」
「おお、ヒキハ様……!」
意外だったのだろう。
黄金の少女が、こちらを見返す。
暗くて良くは見えないが、仮面から覗く、その瞳だけは、彼女の覆い隠せない感情を物語ってくれる。
2人の護衛も、驚きは伝わるが、否定的な感情は出ていない。
黙っていろと頼めば、快く引き受けるだろう。
「だから、ここからは、完全に私のワガママです……。あなたの事が、知りたいんですの。……あなたの事を言わない代わり、とまでは言いません。ですが……"訳"を、少しだけでも、教えていただけませんか……?」
「!! …………」
迷って、いる。
考えあぐねている。
そんな、目だ。
「……おばあちゃま、この人、秘密の護衛なの?」
「シャンティ……ふふ、そうね、今、教えてくれるかもね?」
「────────」
黄金の少女が、目を瞑る。
静寂が、少し続く。
私たちは、根気よく、待った。
「………………ふぅ」
そして、少女は、
ポツリポツリと、話し始めたのだ。
「……半月ほど前……"カーディフ"という街で、山火事があったの……」
「"カーディフ"……確か、ドニオスの向こう西にある、のどかな街……だったと記憶にありますわ」
「ええ……そこで、原因不明の山火事が起きた……」
「そ、それは確かなのですか?」
「あの街の詰め所から、早馬が出たはず。すでに、ドニオスから、王都には伝わっているでしょうね」
「! ……私たちは、ナトリに滞在していたので、王都の情報が、入ってきていなかった……」
そんな、大事件が起きていたなんて……。
「規模は、大きかったのですか?」
「……えぇ、かなり、危なかったわ。あの丘は、カーディフに隣接しているからね。……少し遅ければ、あの街は、燃え尽きていた……」
「!!」
今の表現は……!
まさか、この人は……
その、山火事も……。
「……ぎりぎり、街に被害はなかった。でも、その山火事のせいで、住処を失った魔物達が、東に移動しているという事が、分かったの……」
「! なんてこと……」
あの街から東……。
ここだわ。
あそこから、ここは、東。
……私たち、そんな所を、少人数で……。
「……私の相棒の中に、"魔物の進路を割り出す計算"が、異常に優れている者がいるの」
「……!」
「……その結果、今夜このあたりに、以前から目撃されていた"レッドハイオーク"が通過する可能性が、極めて、高いことが分かった」
「……っ!!」
「まじかよ……」
「その相棒、すげぇな……」
────ギュッ。
その方と、この少女がいなければ、今ごろ……。
……恐ろしい。
思わず、奥歯が鳴る。
「……私の受けた依頼はふたつ」
「……!!」
「ひとつは、王都に手紙を届ける事。……この山火事によって、緊急の連絡が、民間にも増える可能性があった」
「……はい」
聞いた事がある。
王都から、街への伝達は、比較的早く届く。
重要な伝達は、量が少なく、わずかな運搬と、専用の護衛がつくからだ。
しかし、その逆は。
専属の運搬者などおらず、護衛は冒険者を雇わなくてはならない。
確かに、街から王都への緊急の連絡が、手紙の中にあれば、それは、非常に時間をくってしまうだろう……。
「ふたつめは、"レッドハイオーク"が通るであろう、ナトリ、王都間の、通行対象の護衛よ……」
「────!!」
それは、つまり────……。
「……あなた達が今夜、ここを通るとわかった時は、あせったわ。その人数で、あの規模の魔物は、まぁ、無理でしょうから」
「なんてこと……」
「後は、タイミングが悪かった。完全に夜。火を踏み荒らされていたし」
「はい……あの時、視界を奪われた時は……しかも、馬車の暖房を兼ねていた、ランタンまで壊されてしまって……」
ガントレットに、思わず力が入る。
不甲斐ない。
なんと、不甲斐ないのでしょう。
「くっ……あなたに依頼をした方は、王宮の関係者か、高位の貴族の方なのでしょうね……」
「! バカね、そんな訳ないでしょ」
「────!!」
「あ……」
しまった、という印象の、黄金の少女。
……どういう事かしら?
高位な貴族、ではない?
王宮の関係者でも……?
ま、まさか……!
「民意……?」
「?」
民間の意志、なのか……!?
比較的、地位が低いと、される者たち。
その中に、"我々を保護しようとしてくれる存在"が、いると言うのか……!!
このような、優秀な冒険者が、籍を置いている存在が……。
「────もし、それが事実だとしたら、それは、とても喜ばしいことです」
「! ……大奥様!」