ウサミミカゲ
ヒキハが自分のことを、
普通ではないと自覚したのは、
5歳の時に突き落とされた日だ。
半身は血になったが、
巻き戻すように、元に戻った。
地面に引っ張られる恐怖は、
その時に初めて知ったし、
その夜は、泣きながら、たくさん、
得体の知れないトマトを、
食べねばならなかった。
ヒキハがアンティとマイスナの、
腕を掴んだのは、
落ちる恐怖を、よく知っているからである。
妹乳:「準備は……」
"底"を調査するつもりだった二人は、
少し、呆気に取られた後、
微笑んだ。
金娘:「大丈夫よ」
銀娘:「ぱっと、見てくる、だけだから」
妹乳:「体が……そのままです。
すごい、高さで……ふたりで」
銀娘:「だから、自由落下するんだよ」
金娘:「きひ……"人のカタチ"の大切さ、
お説教、されちゃったしさ?」
妹乳:「私も、着いていきます」
金娘:「だ、だいじょぶ、だって……!
それに、みんな……私のせいで、
状態異常になったり……、
疲労が酷かったりに、なってっし」
銀娘:「ヒキハさんは、
みんなに、ついて、あげてて」
妹乳:「……」
金娘:「急に……どしたの」
ヒキハは、暗い底を見て、
何故か、あの日の、
三階建ての屋上を、思い出していた。
もちろん、今では、
あの程度の距離……、
片足で、跳び蹴れるが。
麻痺している……感覚が、溶ける。
妹乳:「すごく……高いですよ」
金娘:「ホントに……どしたん?」
銀娘:「ふわんおっぱい」
昇降機に支えられ、
ヒト様のスキルに頼りっきりで、
ここまで来た、ヒキハ達だが、
ここは、恐らく、
何よりも、高い場所なのである。
暗闇に、隠れてはいるが、
高さは、大きな湖の、
直径を、遥かに超えるのだ。
世界一たかいビルから、
星を、見下ろしたような恐怖を、
ヒキハは、感じていた。
それが、黒で隠されていることも、
とても、いやだった。
姉乳:「アホ、ヒキハ」
弱体化を食らった、
オシハが、近づく。
だが、話しかけたのは、
アンティと、マイスナに、だった。
姉乳:「ここは……ラグエル領域、ってのに、
私たちは今日、初めて……入ったわ。
暗くて、どう言ったらいいか……。
たぶん、精神的には、
キツい、場所なのよ」
オシハは続ける。
姉乳:「声の響き方とかも……異常だわ。
というか、まったく、響かない。
ああ、つまり……"異空間"、だわ。
ここは、ちょっと、そういう不安が、
つのりやすい、所なのよ」
オシハの説明に、
アンティとマイスナは、
理解を歩ませる。
つまり……この空間は、
魔素がない、というだけでなく、
"心"に──キツい場所なのだ。
前後左右上下、
なにも、手が届かない場所は、
こわい。
ここは、どこだ。
そんな、理論的ではない、
不安。
姉乳:「色々、あったのよ。
その時のトラウマが、
少し、刺激されてる、だけ」
妹乳:「……、……」
この時も、オシハは確かに、
"お姉さん"を、しっかりとした。
金娘:「……少し、ごはんと、
灯りも、増やしていくから」
銀娘:「待っていてください」
姉乳:「ん」
義賊の少女と、狂銀の少女が、
暗闇の中、美しい、小さな炎を、
反射し、煌めかせている。
姉乳:「ふ、絵本の表紙かしら」
力ない手で、
オシハは、シチューの入った、
ウトイスの実を、受け取った。
姉乳:「……」
金娘:「コッコ肉ですよ」
この会話の意図は、
想像に、お任せする。
姉乳:「……こんな事に、ならなければ、
"うさ丸がいなくて"って、
茶化せた、のにね──」
金娘:「……そうだね」
アンティは、うっかりタメ語で返し、
ふたりは、苦く、笑った。
金娘:「行ってくる」
姉乳:「躊躇は、するなよ?」
銀娘:「はい」
妹乳:「気を……つけて」
アンティとマイスナは、
スキルで構築された足場の端へ、
普通に、キンギン、歩く。
金娘:「きひ、落ちるのは、慣れっ子よ」
銀娘:「お家が、けっこー、高いから」
アンティとマイスナは、飛び降りた。
文字に起こせば、それだけだが、
ようするに、これは、
あなたが、飛び降りたら、
一番こわい高さから、
目を閉じて、笑顔で、
飛び降りることだ。
姉乳:「……不安に、思う?」
妹乳:「いえ……今は、誇らしい」
姉乳:「?」
妹乳:「勇気に、似ています」
姉乳:「どうかしら。普通は、
ヒトによって、違う。
そうでしょ?」
妹乳:「でも──それでも」
そっとヒキハは言うのだった。
妹乳:「やっていることは、
同じです」
それを、皆が、静かに、聞いてた。
幻影の地図を、
ふたつの、点が、
落下している。
少しずつ、加速し。
それらは、ものの数分で、
最下層に、到達した。
陽神:『────制動を:かけます☼』
金娘:「ブースターは、
8基までで、だいじょぶ」
陽神:『────わかりました☼
────近いですよ☼
────お気をつけて☼』
頭から落下していた二人は、
くるりと半回転し、
全身のヨロイのスキマから、
ジャコ・・と、せり上がった、
比較的、小さめのノズルで、
格納エネルギーを、噴射する。
減速の仕方は、見事であった。
金神:『>>>いるよ。けっこう多い』
黒い湖の水面を、
黒いカゲたちが、歩いている。
アンティとマイスナの方を、
みんな、向いている。
くろい、うさ耳のカゲたちは、
しろい、キョトンとした目をしている。
切り絵のようだ。
不気味では、あったが、
愛嬌すら、あった。
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金娘:「……」
銀娘:「……」
調べるために、
近づかなければ、ならない。
いや、"そうして、感じなければ"、と、
直感、したのかも、しれない。
目線を合わせるために、
アンティとマイスナは、
黒い水面の下に、
ギアと、チェーンの足場を作った。
波紋が、ひろがり。
アンティたちが、一歩、すすむと、
ウサミミカゲたちも、一歩、すすんだ。
思ったよりも、距離が縮まり、
4メルトルテくらいで、
ウサミミカゲは数が多かったが、
戦闘には、なりそうもない。
先頭のヒトリが、
関節のない、ぬいぐるみのような、
うでを、少し、曲げることで、
表情をつくりながら、話した。
闇兎:『 ゥ 、 ジ
モ ィ ョ
ダ ゥ
ブ
ォ ダ
ナ
ス ヵ
力 ダ
十 ン
ィ 』
金娘&銀娘:「「 、…… 」」
闇兎:『 ゥ 、 ナ
モ べ ク
夕 〒
、
ダ ヵ
ラ
ナ 、
カ ョ
ク、
ク ラ
セ
ル
ォ ト
、
モ
ゥ
。
』
金娘:「……、……」
銀娘:「……、……」
これを聞いて、
アンティは、たいへん、可哀想になった。
マイスナも、アンティが寂しそうで、
たいへん、かなしくなった。
涙が、にじむほどだった。
でも…………、
ほうっては、おけない。
銀娘:「……、……」
金娘:「……、……」
マイスナも、理解した。
こんなになっても、
前向きなのだ。
それを、今から、
やらなきゃ、いけない。
マイスナは、そっと、
アンティに、よりそった。
それは、ひとりにしか、
興味の、ないはずの、
でも、たしかな、"やさしさ"、だった。
金娘:「……」
アンティは、せつない中で、
空間接続を、操作した。
一気に、流し込まねば、ならない。
たくさんの、受け皿の、
あつまった、場所だ。
すべてを、一瞬で、
ただ、それだけが。
闇兎:『
?
』
────" 慈悲 "の、ような。
金娘:「 ごめんね…… 」
アンティは、かぼそく、言う。
金娘:「 ごめん、ね…… 」
すぐ、後ろにいた、ウサミミカゲ が、
先頭にいる、ウサミミカゲの、
カタを、ポン……と、たたいた。
先頭の、ウサミミカゲは、
ビックリした顔をして、
スンっ、と、なった。
闇兎:『 ─ ─ 』
闇兎:『
……、
ソ
ッ 、
ヵ
…
』
銀娘:「 ──……。 」
マイスナは、目の前の、
" ウサミミカゲ "たちが、
いまから、自分たちに、
殺される、ということを、
理解したことを、悟った。
闇兎:『
……
、 ……
』
先頭のウサミミカゲは、
自分の、両腕を、見ている。
くろい。ふにゃふにゃだ。
ウサミミカゲも、わかっていたのだ。
たぶん、死んでいるのだ、、、と。
それは、中途半端に、
ヒトガタに、堕ちて、しまって、
ついてしまった知識が成す、
悲劇だったのかも、しれない。
闇兎:『 タ 、、
ヵ
シ ィ ネ
ナ 』
銀娘:「せめて、祈ります」
先頭のウサミミカゲが、
マイスナを、見る。
銀娘:「来世というものが、あるならば、
あなたたちの……未来を」
金娘:「 ──……、…… 」
アンティが、涙を落としながら、
大きく、頷いた。
先頭のウサミミカゲは、
すぐ後ろの、
肩トントン・ウサミミカゲと、
目を合わせた後──前を向く。
闇兎:『 ガ
リ ト
ァ ピ
ョ
ン
♪
』
月神:〘------ 苦しませるものか ☪︎*.+゜〙
妹乳:「きれい……」
姉乳:「……こりゃ、奉られるワケだヮ」
ヒキハたちがいる高度からでも、
顕現したヒューガノウンの光は、
良く、見えたという。










