うん、見なかったことにしよう さーしーえー
しゅっ!
一瞬で手に、包丁が握られる。
「……!」
あ……ヒキハさんが、なんかまた警戒……してる?
いきなり、刃物が手から出たからな……。
いや、投げたりしないわよ?
襲わないからね?
この包丁、父さんがくれた1点モノなのよ?
「…………」
「なによ……野菜切るんだから、仕方ないでしょ……」
「いや……そうではなくて……」
「?」
なんだ?
ヒキハさん、いやに、私の包丁を見てるな……。
「あ……あの、その包丁、見せていただけませんか?」
「はぁ!? ……いやアンタね、私はそりゃ怪しいカッコしてますよ……でも、流石に素手で料理すんのは無理だわよ!」
この包丁で人とか、ぜったい刺さないから!
これ、私の宝物だから!!
昔、父さんにめっっっちゃくちゃ、ねだったのよ!?
「お、お返しします! 必ずお返ししますから、見せてくださいませんか……!」
「な、な、なんなのよ……」
何故にそこまで、食い下がるか……!?
まさか、毒が塗ってあるか調べるとか?
うぅ、もう!! 早くしてよね!?
子供がお腹空かして待ってんのよ!?
仕方なく、ヒキハさんに包丁の柄を向ける。
「失礼します……」
「もう……」
「………………………………」
「うえぇ……?」
じぃいいいいいいい……。
ガン見である。
ええええ……なんなのさ。
それ、父さんが昔拾ったテキトーな金属で出来てんのよ……。
柄のデザインは、母さんがテキトーに考えたのよ……。
流れのドワーフが、テキトーにこさえたって……。
いや、カッコいいけどね?
ちいさい頃の私は、これが欲しくてたまらなかったのよー!
これのために、どれだけお家でいい子にしてたか!
もらった日に、包丁を持ったまま飛び上がって喜んで、母さんに、けっこうマジで怒られたのよ?
お願いだから、返してよね?
「……失礼ですが、これは魔剣ですか?」
「……あんた何言ってんの?」
────寝言は、寝て言いなさいよ?
ヒキハさん……それは私のオキニの包丁なのですが……。
「こ、この質量! この鋭角のまとまり……! 美しい! 美し過ぎます!」
「え、えと、ヒキハさん……?」
おい……この羊女。
目がヤバいぞ……。
最初、会った時の最強女剣士はどこいったんだ……。
おい、やめろ、撫でるな。
「くふふふふ……なんて、なんてすばらしいの! 大きな剣で無いからこそ、ギュッと凝縮される、この魅力!」
「…………」
「あぁ、またか……」
「ヒキハ様、おいたわしや……」
おい、護衛チーム、
こいつ止めろ、野菜、捌けない。
「ヒキハは昔っから、刃物が好きだからねぇ……」
「お腹すいた……」
おばあちゃま、咳止まりましたね。
やっぱり、上体起こしたままだと、力入りますもんね。
おお、お腹減ったか、シャンティちゃん。
ちょっと待ってね、羊しめるね。
「……ヒキハ・シナインズ……」
「! はっ、はい!」
────ガちゃん!
ナックルを下ろし、適当に、凄む。
「"殴られたいの?"」
「……………………」
さっき、レッドハイオークが、どうなったかな〜?
……見てたよなァ? テメェ。
トトトトトトトトトトン……
シュッシュッ……
タタン、タタン。
トトトトトトトトトトトト……
「手慣れているわねぇ〜」
「おばあちゃま! はやいよ!」
「手元が見えん……」
「何なんだ、このお嬢さんは……」
「あっ、あっ、あんないい刃物でっ! 勿体ない……」
だまれ羊。
我が包丁を、愚弄するか。
……やべ、アブノさんみたいな口調になってもうた。
次々とナベに野菜が溜まっていく。
そろそろ水だ。
手をかざし、皆から死角の手首歯車から、お水を出す。
ジャアアアアア……
────ボッ!
「あの腕力に、アイテムバッグ、火と水の魔法ですか……あなたはさぞ、ポーターとしても優秀でしょうね……」
ぐっ! わ、忘れてた……。
私の強さも喋って欲しくないけど、このバッグ歯車の容量についても、喋って欲しくない!!
まさか、容量無限だとは思われていないと思うけど……。
ベッドに、野菜箱、ナベに包丁、と、色々出しちゃってるからなぁ……。
ナベが煮えてくる。
見事に野菜まみれだ。
さて、ここで、一つの欲望が生まれる。
に、肉……肉入れたぃ……。
「……あら?」
「おばあちゃま、あの人、止まったよ?」
「「?」」
「あの、どうされたのですか?」
…………。
"お前ら、全員、目ぇつむれ!"とか言ってみるか……。
『────告。高確率で、警戒度の上昇予想を進言。』
デスヨネー……。
うん、多少なりとも、殺し屋さんだと疑われてるワケだし。
……。
…………。
…………うん、いいや。
このポタージュに、肉が入ってないとか、ないわ。
シュルルルルル……
「「「「「!」」」」」
────ドンッ!
「なっ!」
「まだあんなのを、持ってたのか……」
は────い、ハイオークでました────。
うーん……流石にこんなデカいのは捌いてられん。
というか、捌けるかわかんない。
いつも、もっと安いオークを、ブロックで仕入れてただけだかんな。
流石にモツまで、手が出せない。
おしゃ。
腕、そごう。
包丁を構える。
シュッ!
シュパッ!
ドコっ。
うん、こんくらいでいいでしょ。
「なっ! ハイオークの肉を、あんな簡単に……」
「あんなゆっくりと刃を刺して、切り抜けられるものなのか……?」
……?
なんか、男護衛チームが不思議そうにしているな。
まぁいっか。
ドドドドドドドド……
「「…………」」
はい、一口サイズ────。
ナベに肉をほり込む。
ポタージュ生地を、まぁ、こんくらいかな。
ムリョ。
ドカ。
ポコポコポコポコポコポコ……
後は、火を弱めながら、ゆっくり混ぜるだけ。
────シャン!
────シャン!
いつもの音だ。
アナのお母さんからもらったタオルで、洗った包丁の水気を拭き取る。
その時に、こういう音がする。
「……あなた。やはりそれは、普通の刃物ではありませんよ?」
「んあ? ……あによ、まだなんかあんの?」
「そ、そんな無下な反応はおやめになって……その切れ味、響き、とてもじゃないけど、調理用のナイフの域を飛び越えてますわ……」
「そんなことないと思うけど……」
「いいえ、刃物というのは、鋭さ、重さ、滑りの3つを持って、切れるんですの」
「……んん?」
「鋭くなくては、切れない。
重くなくては、切れない。
滑らなければ、切れない」
「す、滑る?」
「えぇ……極端な表現をすると、どんな刃物も、物に当てただけでは、切れないんです」
「そ、そんなことないでしょう……」
「いいえ、刃を当て、重みをかけて滑らす。そこで初めて、鋭さが活きてくるのです」
「…………」
な、なんか、急に剣士っぽいこと言い出しちゃって……。
今なら、王都で2番目に強い剣技職と言われても、半分なら、信じるわ。
「簡潔に言うと、あなたのその包丁は、"重さ"と"滑り"を無視した"鋭さ"があります……とても貴重なものだと思いますよ」
「そりゃ、貴重よ」
「! やはり……」
「これは、私の両親から譲り受けた、唯一の刃物だわ。私はね、これで、"料理だけをする" と、決めているのよ」
「!! 両親から、唯一……」
「……詳しくは話せないけど、私はこの包丁を、誇りに思っているのよ? この刃物は、武器じゃない。それ以上、突っかからないで」
「…………」
お、ヒキハさんが静かになった。
こうしてたら、羊ヘアーの美人さんなのに……。
「……剣士として、恥ずかしい事をしたようです。謝罪、いたしますわ……」
「え? ええ……気にしないで」
何言ってんだコイツ……。
"重さ"と滑り"を無視した刃物……?
それって、別によく切れる包丁と何の差があんのよ。
かわんないでしょ。
……と、言いつつ、ちょっと気になるわね。
小声で、相棒に頼んでみますか……。
「……クラウン。一応、包丁、分析してみて……」
『────レディ。分析中……。』
ま、よく切れる包丁って事に、変わりないだろうけどね。
『────分析完了。
名称【 ヨトギサキ 】
(スキル媒体/アイテム)
分類:魔刀
状態:清潔
スキル:絶対断絶
────────同期しますか?』
………………。
「クラウン、何があっても同期しないで」
「? 何かいいましたか?」
「え!? いや、ナンデモアリマセンヨハハハハハ……」
「??」
うん。
見なかったことにしよう。