大聖堂談話
結果から言うと。
アンティの"お話"は、
丸一日かかった。
彼女は、たどたどしくも、
でも、ひとつずつ、
語り、聞かせた。
"能力おろし"で出会った、
不思議なスキル。
ドニオスで、笑われた初日のこと。
たくさんの人の、生き様。
湖に沈んだ、太古の都市。
探し当てた、大切な人。
そして、この世界の、なりたち──。
彼女は、食堂娘であったが、
かたられたのは、確かに、
" 神話 "であった。
多くの人数が居たが、
幸い、大聖堂には座る所など、
いくらでもある。
皆は、並んで座ったり、
壁際から、椅子をもってきたり、
少し、飲み物や、つまみを持ちながら、
じっと、聞き入った。
終わった頃には、
恐らく、夜になっていた。
最後に、アンティは言った。
" 人間で、いたい " と──。
喋り疲れたアンティは、
大聖堂のイスに横たわり、眠ってしまった。
マイスナも、同じようにした。
オシハとヒキハが、
ふたりのそばに座り、
膝枕をしている。
四人は、絵画のように、
正反対であった。
──少し、離れた所で、
クマが、ポツンと、言う──。
熊神:「……神様の、引き継ぎ、か……」
アンティとマイスナは、
寝入ってしまったが、
他の皆は、すぐには、
眠れそうにない──。
銃侍:「……どんな、気持ちなんでござろうな?」
熊神:「……ん?」
銃侍:「世界のために、
身体を……改造してまで、
生き続けなければならぬ、
というのは……」
……チャキ、ん、、。
ヒナワは、まだ、機械銃のままの、
己の腕の銃身を眺め、
そう、もらす。
熊神:「……さぁな。想像すら、つかねェよ」
銃侍:「……。某は……まだ、
両の腕、だけでござるが……。
これが、もしも、全身となって、
しかも……元の姿には、
戻らぬ、などとなれば……」
萌殺:「……マジ、それだけじゃねっだろって」
マジカも、すぐ隣に座り、
ヒザに頬杖を ついている。
萌殺:「マジで、ずっと、
時の流れに、マジ怯えながらよ……。
しんでえ時も、マジ死なねー事を、
考え続けなきゃいけねぇなんて、
マジ、キチー、生き地獄じゃね……?」
熊神:「生き延びるために、
自分でカラダぁ魔物にしちまうとか、
ま、つれぇわな……」
ベアマックスも、
毛むくじゃらの手を、
改めて、しげしげと見た。
白童:「……ボクは、少し、
分かる気がしますけどね」
熊神:「……ぉん?」
ユユユも、少し離れた所で、
眠る二人に気を使い、
静かに、話す。
白童:「覚悟は、あったでしょう。
でも、決意だけで、
そんなことが出来たでしょうか。
たまたま……選択肢が、
ひとつしか、無かった。
"生き続ける"と、
いう、1点のみが……。
それだけが、たぶん、
"残った"んですよ」
熊神:「おま、ホントなんなの」
萌殺:「マジおまえ、
いつもそのトーンで喋れや。
ゴウガのオッサンもだぞ!」
獣王:「ガ、ガオっ……!?」
後ろの列の長椅子に、
ドッシリと座っている獅子の獣人は、
いきなり話を当てられ、
巨体ながらも、たじろぐ。
亜空間から出してもらった、
ガラスのコップの水は、
もう、尽きかけている──。
熊神:「……なぁ、さいごの、見たかよ?」
白童:「というと?」
熊神:「……嬢ちゃんが、"人で、いたい"って、
言った時のだよ」
白童:「あぁ……アレ、ですか」
アンティは、眠る前に、
言った。
神様の想いは、
ぜったいに無駄にしたくない。
できる限り、未来に、
繋げて、あげたい。
でも、私は……──。
金娘:「……ただの、ヒトで、いたいわ」
そう、言った時。
アンティの、クルルカンの仮面は、
首に、スライドした。
顕になった、彼女の顔の肌には、
光り、カクカクと曲がる、
流路の、流れのようなラインが、
イレズミのように、浮き上がった。
マイスナも、そっと、仮面を取り、
揺れ動く感情に応えるように、
ワナワナと、光のタトゥーは輝く。
金と、銀。
四つの瞳は、発光し。
髪は、朝日のようだった。
異火:『 かみに なりかけて おるのじゃ 』
装飾された、石の椅子に正座する、
カラクリ仕掛けのロリが、
そっと言った。
異火:『 うつわとして
つくられた のであろーぞー
きんは たいようが つくり
ぎんは つきが つくった
たいようは せいこうし
つきは しっぱい しかけた
しかし きんの
つよきおもい が
ぎんの つきを つなぎとめた 』
銃侍:「……"うつわ"?」
萌殺:「マジてけとーなコト、
言ってんじゃねーぞ、
神さんよー」
熊神:「……そーいぅ"役目"を、
生まれた時から、
あの絵本ペアは……持っていた、と?」
異火:『 きんきゅうじ には
かみの だいようひんと
なれるよう せっけい
されて いたのだろー 』
──ド ォ オ オ ン …… !!!
えらい音がして、
何事かと、皆が振り向く。
ヒキハが、
アンティの膝枕をしつつも、
すぐ横の、石の椅子に、
拳を振り落としたのだ。
姉乳:「ぁ、あんたね……!」
妹乳:「…… 、、 」
──怒気。
あふれる、血のオーラ。
恐ろしい音がしたが、
すぐそばに居るはずの、
アンティと、マイスナは、起きなかった。
金娘:「すぅ……、すぅ……」
銀娘:「すぅ……、んに……」
ヒキハは、震えている。
妹乳:「……"世界の生贄"のために、
生まれたというの……?
そんな事は、そんな事、を……」
姉乳:「……ヒキハちゃん……」
萌殺:「ヒキハのやつ、マジ、前から、
ちょぴっと知ってたんだな」
熊神:「んぁ。オレたちの中じゃ、
一番さいしょに、
仲良くなったみてーだぜ?」
銃侍:「……ヒキハ殿は、
お優しいで、ござるからな……」
陽神:『────私:だって……☼』
突然の、音声通信に、
皆が、ハッとする。
陽神:『────私だって……☼
────こんな事が:
────したかった訳じゃない……☼』
妹乳:「ぁ……」
通信デバイスからは、
足音が、遠のいていくような、
音が聞こえた。
裸足の少女が、
ペタペタと、歩き去るような、
そんな音だ。
金神:『>>>……おーけー、おーけー……。
>>>今のは、不問にするよ。
>>>ぼくは、傷心のお姫様を、
>>>フォローしに行ってくる。
>>>その代わり……、
>>>後輩ちゃんたち、頼んだよ──』
妹乳:「すみ、ません……」
今度は、
男性が立ち去るような、気配。
音の、停止──。
萌殺:「……あの、クラウンってのが、
マジもんの"太陽神"だとしたら……。
記憶を失う前に、
マジで、クルルカンっ娘を、
つくったんかな……?」
熊神:「さーな……。本人も、
分かんねぇンだろ?
カラダがカラクリになったり、
記憶が、ぶっ飛んだり、
神サンも、完全無欠ってワケじゃ、
ねーんだろーよ」
獣王:「ガオオオオオオォー……ッ」
銃侍:「毒の調査には参ったが、
"世界創造"の話を、
聞くことになろうとは、
思わなんだでござる──」
熊神:「──は! まったくだな!」
クマは、笑い飛ばし、
喋らぬ、火の巫女姫たちに、
投げかける。
熊神:「──て、ワケだ!
タネガシの嬢ちゃんたち、
えれー所に、居合わせたな!」
七姫:「「「「「「「 …… 」」」」」」」
プウカたちは、
すこし、後ろの長椅子に、
行儀よく、萎縮したように、
並んで座っている。
熊神:「今日、聞いちまった事は、
たぶん、この世界の、
トップ・シークレットだ!
あの……クルルカンと、
オクセンフェルトの嬢ちゃんが、
もし、死んじまったら──、
──パッ! と、
世界が、消えちまうかも、
しれねぇンだってさ!
──だから、誰にも、
言っちゃあ──いけねぇぜ?」
封火:「そん、なの……! 言えま、せん、よ……」
禍火:「ちょっと……ヤバ、過ぎます……」
どうして良いか分からず、
ただ、座りつつ姿勢を正す、
巫女姫たち。
そばに並ぶ、銅仮面の給仕たちも、
無表情を決め込んではいるが、
思うところは、あるだろう。
銅全:「「「「「「 ── 」」」」」」
当然:「……天地創生の、秘密、か……」
南の、領主、兼、ギルドマスターの、
トウゼンロー・タネガシも、
腕を組み、深いため息をつく。
当然:「……知っておったのか?」
皆は、殿が、
誰に問いかけたのか、
わからなかった。
当然:「……ふん。西と、東の。
どうせ、追っていたのだろう?」
銃侍:「……! そう、か──」
返答は、すぐにあった。
髭男:『……詳細をガッツリ聞いたのは、
今回が、初めてだ』
聖女:『……思わず、聞き入って、
しまいましたわね──?』
西の巨人、ヒゲイド・ザッパー。
東の聖女、リビエステラ。
当然:「……これだけの事を、
隠しておいて、良いのか」
トウゼンローは、静かに、つげる。
重い、言葉だった。
当然:「この、少女たちの命、ふたつで、
世界が……滅ぶやも、しれんのだぞ」
聖女:『…………』
もっともな、指摘。
当然の、心配。
だが、巨人は。
髭男:『では、なんだ。
死ねば、世界が滅びる女二人を、
王都に報告し、保護させるのか?
それとも、皆に公表し、
寄ってたかって、
そいつらの人生を、
無茶苦茶にするのか?』
当然:「む……」
巨人の意志は、
ゆるぐことなく、
実に……堂々としていた。
髭男:『……ミスター・トウゼンロー。
確かに、そいつらは、
かなりの難題を、抱えている。
だがな、俺は、
今、それを公表する事は、
良い結果を生むとは、
思っていない。
そこで寝ている、
金ピカの田舎娘の話を聞いて、
俺は、よく分かった。
この世界の神々は、
根っこは……なんら、俺たちと、
変わらない、ただの"ヒト"だった。
万能ではなく、試行錯誤し、
そして、"継続"させてきた、
それだけに、すぎん』
当然:「……」
髭男:『──だがな。
それでも、恐らく。
その、不完全な神たちでも。
王国中の知恵者、
全部を集めたとしても、
まったく敵わないくらいの、
叡智を持っている。
──スペシャリストなんだよ、
トウゼンロー。神様なんだぜ?
その、絵本から出てきたヤツらの、
大きな問題を解決するための、
トップ・ランカーは、
既に、揃いつつあるんだ。
フゥ────……』
葉巻の音。
髭男:『……今、王都に報告して、
その二人は、傷つかぬように、
幽閉され、軟禁され、
ふたりの寿命が尽きる、
数十年の間に、
そこら辺の学者風情に、
研究され、調査され、
こんな問題が、解決できるか?
──それとも、世界に公表し、
死ねば世界を道連れにできる女が、
ふたりも居るなんて教えてやって、
パニックを引き起こすのか』
当然:「……貴公」
髭男:『──冗談ではない。
無理だ。俺を含めた、
ボケナス共が、
いくら、集まろうとも。
何も、解決は、せぬ。
それだけではない。
そいつらの人生が、滅茶苦茶になる。
それで……終わりだ。
そんな事を、許容はできん』
当然:「……し、かし……」
トウゼンローは、
当然、食い下がる。
世界を、滅ぼすシンプルな方法が、
そこに、眠っている。
当然:「どうするのだ?
ヒゲイド・ザッパー。
彼女たちの危険は、
この世、全ての危険だ。
どう、責任を取る……、
などとは、言わぬ。
だが……大きな事だ。
不安では、ないのか?
お主は……この者たちに、
すべてを委ねるのが──」
髭男:『──クックックックック──……ッ。
笑わせるなよ、殿様』
愉快そうに笑う、
大男の、声──。
髭男:『──お前たちも、見たのだろう?
あのなぁ……そいつらは、
つよい。
心配だと? くくく……笑わせるな。
いいか、そいつらは多分、
お前たちの前で、
本気なんて、
まるで、見せちゃあいない。
フゥ──────……。
わかるか、ミスター』
当然:「……!」
髭男:『信用しているんだ、ミスター。
俺は、そいつらをな……!!
有象無象に、モミクチャに、
されちまうより、
俺は、そいつらに、
任せたいんだよ。
危ねーなら、
ぶっとばしゃあ、いいし、
ヤベぇんだったら、
歳食う前に、
なんとかすりゃあ、いいんだ──』
当然:「……!!」
髭男:『──それが、
できるヤツらなんだよ──。
──ミスター・トウゼンロー』
聖女:『──よく、言いましたっ♪♪
ヒゲイド・ザッパー!!!』
聖女の、嬉しそうな声が、
大聖堂に、響く。
髭男:『じゅ……13の女の子に、
言われるセリフじゃないが……』
嬉々とする、聖女の声。
呆れる、巨人の哀愁。
思案する、殿の心。
当然:「……、──、」
髭男:『──やらせてみろ、ミスター。
アンタの息子の腕だって、
大丈夫だったろぅ?』
当然:「──……!
………。
………………。フ、くく、く……!」
封火:「ち、父上が……」
禍火:「わらっ、た──……!」
肩を、小さく揺らし、
座りつつ、剣を杖にしつつ、
殿は、笑う。
当然:「ふ、ふ……。西の巨人は、
肝も、随分な大きさと見えるのぅ?」
髭男:『買いかぶりだな。
明日のメシの出費だけで、
胃が痛くなるぜ』
当然:「か! 減らず口を──」
軽口が漏れ、
周囲で、ヒヤヒヤと見守っていた、
幾人かに、
安堵の気配が生まれる。
髭男:『ま……間違いなく、強いんだ。
だがな──』
当然:「──む……?」
そして、親心は、
いつだって、
付け足されるのだ──。
髭男:『──"心"は、良くも悪くも、
15の、娘っ子だ。
なぜか、力に振り回されない、
有り得ないくらい、
フツーの、な──。
だからこそ……だ。
その、成長途中の"感情"に。
"全力"は、大きく、
左右される。
だからこそ──今日に、
──意味が、生まれる』
妹乳:「……──っ……!」
髭男:『
──ふ。せっかく、
それなりに バレたんだ。
お前たちが──、
──支えてやってくれ
』
それは、思わずニヤけてしまうような、
パパ目線の、こニクいセリフだった。
萌殺:「オィオィ……マジ、誰なんだ?
こんなマジ・ハートフルな、
純情イケおじを、"荒くれ巨人"、
なんて呼んだマジなアホは」
銃侍:「からから……♪♪
マジカ殿は、おじ様方も、
守備範囲でござるかな?」
異火:『 あったこと ねーけど
いいこと いうな ひげー! 』
当然:「そう、か──。
あの郵送配達職は、
上司に恵まれたようじゃな」
どうやら、殿も、
腹が決まったようである。
その、座る姿は、威風さえ、
漂っている──。
当然:「──舵は任す。
足を揃えたい時は、
連絡せぃ!」
髭男:『ふん、そうさせてもらう』
聖女:『あら、私も居ること、
お忘れになっては、いけませんよ♪』
髭男:『きみは早く寝ないか……、
子供が、何時まで起きているのだ』
聖女:『まぁーっ!!』
姉乳:「……こりゃー、大事もオオゴト、
たいへん、だぁー」
妹乳:「……マザーは、何処まで、
知っているのでしょうか……?」
髭男:『つーか、お前ら、
毒の発生源の調査、まだだろ!
充分に休息を取ったら、
アンティとマイスナは、
叩き起こせ!
うちの看板娘共だ、
シャキッとしてもらわねば、困る!』
萌殺:「ケケ♪ マジ、えげつな」
白童:「照れ隠し、かな……???」
銃侍:「ずっと、静かに聞いてたのでござろう?
なんという、深き親心……!」
髭男:『くっちゃべってばかりせず、
仕事しろォ、仕事!
以上だ、通信おわり!』
熊神:「あいさァー、マスタぁー♪♪」
──ブチッ、ツー。
萌殺:「じゃ、ゴウガのオッサン。
叩き起こす時、マジ頼むなっ!」
獣王:「ガ、ガオォォォオオオオオ・・・っっ!?」










