はなむけ、封印解除
私の心の中のバトルが、
いま、決着しようとしていた……。
「ゴホッっ、こぼっ」
パチパチ……
「うぅっ……」
くきゅる〜〜……
………………。
チッ、
チッ、
チッ、
チ────────ン。
─────カンカンカンカンカン……!!
『──── "食堂娘の良心" > "己の保身"。』
だめだ……たえきれん。
落ち葉の上に座っていたが、何かに取り憑かれたように、ふらふらと、立ち上がる。
貴族のおばあちゃんと、シャンティちゃんのいる焚き火の方に、歩き出す。
「! あ、あなた、いきなりなんです! 自分の焚き火に戻りなさい!」
さっそく、ヒキハさんが何か言っているが、知らん。
このまま、おばあちゃんを夜風に当たらせるよりマシだ。
騒ぎを聞きつけたのか、少し離れた馬車の御者席にいた護衛さんも、こっちに向かってきた。
おばあちゃんとシャンティちゃんが、こちらを見上げている。
シャンティちゃんには、少し、怯えが混ざっている気がする。
「? ……あなた」
「うぅ……?」
えぇい、あんた達が苦しそうだと、私の居心地が悪いのよ!
少し両手を広げ、生地をなびかせる準備をする。
今回は、少し大きめに広げなければ、いけないからね。
──────シュルルルルル!
──────シュルルルルル!
「「!」」
「な、なんですか! それは!」
私の両肩のマフラーが、翼のように、左右に広がる。
両手を使って、目の前の空間を、フワリと覆う。
────シュババッッ!
いっきに、マフラーマントは元の大きさへ!
私の目の前には、先ほどまでは、なかった物がある。
「あら、まぁ……」
「えっ、えっ?」
「な……どこから……」
はい。
ガチで私物の、ベッドです。
「────それ、使って。後で返してね」
「「「…………」」」
あ、護衛さんチームも見てたのね。
2人とも目がまんまるだわ。
さて、次は……。
「ねぇ、あなた」
「えっ! はっ、はい!」
……いい返事ね。
あなた貴族の子供でしょうに。
なんか、私のイメージと違うわね。
アナと比べたら、よほど、しっかりしているわ。
「ご飯作ってあげるから、ちょっと待ってなさい」
「……はい?」
大量の食材についてだが、実は心当たりがある。
カーディフ出発の日。
両親から、私のおへそくらいまである、大きな木箱を渡された。
"入るなら持っていきな!"
"娘への、はなむけよ〜"
って言ってたな……。
疑問に思わなかったワケではなかったけど、その時の私は、旅は道連れ、呪いの仮面の事で、頭がいっぱいだったからな……。
当然、バッグ歯車的に容量は余裕だったので、もう何も考えずにしまっていたけど……。
────────シュルルル……。
────どかッ!
「わぁっ……!」
「あら、すごいわねぇ。手品みたい」
「いや、大奥様……そんな呑気な……」
これまた、さっきまでは無かった木箱。
改めて見ると、おっきい箱ねぇ……。
まぁ、中身は予想ついてるのよ。
小さな金具を外し、木のフタをはずす。
バコッ。
「ほぅら、やっぱりね……」
中に、ぎっしりと、ウチで使う野菜ばっかり、入っていた。
ちょっと……
もし時間止まらなかったら、どうするつもりだったのよ……。
生ゴミ箱にはならなかった木箱から、いくつか野菜を取り出す。
……ん?
野菜の中に袋が埋まってるな。
なんだこれ。
中身を確認してみると……
「! ポタージュ生地!!」
────これはしめた!!
なるほど、父さんらは、ポタージュ用に野菜を詰めてくれたのか……。
確かに、一度作れば2、3日は持つけど……いや、それでも野菜多すぎだから。
普通くさるからね? この量。
この色は、ポタタじゃなくて、コーンのやつだわ。
水は、ドニオス自宅の魔石から、たんまり溜め込んできてるし、いけるわね。
「クラウン。両手。煮沸ね」
『────レディ。』
プシュウウウッ!
プシュウウウッ!
「わっ!」
「まぁ!」
「なっ! ……手を洗っているのか?」
ヒキハさん、ご明察。
食堂でもそうだけど、料理道具の手入れの最後のしめは、熱湯に潜らすことだ。
金属は特にそう。
肉と草が相手だからね。
今、手首の歯車から噴き出したのは、部屋の掃除にも使った、高熱の水蒸気だ。
思った通り、グローブ越しだと、まったく熱くない。
……ただ、露出している、ほっぺが熱いわ。
……私の一番の弱点は、ほっぺかもしれない。
「ヒキハさん。早くそのおばあちゃん、布団に入れてね」
「おっ! おばあちゃんなどと……! この方は、そのような呼称で……」
「あぁ、いい。いいから早く」
「む…………」
少し悩んで、しかしヒキハさんも、咳をしている貴族おばあちゃんを見かねたようだ。
そっと手を差し伸べ、声をかけた。
「……大奥様。ここは、この娘の厚意に甘えましょう」
「ヒキハ……ふふ、そうですね」
「! おばあちゃま、立てる?」
ヒキハさんとシャンティちゃんに支えられ、おばあちゃんがゆっくりとベッドに移る。
ヒキハさんが、私の布団と毛布をかけてあげる。
「! この毛布は……ギルドで支給されるものですね……」
あぁ、そういやそうね。
支給品にしては、暖かかったわ。
少し重めの、ずっしりくる、飴色の毛布。
軽くて薄いよりいいわね。
さて、じゃ、やりますかな……。
フタをした木箱の上には、
すでに、まな板、野菜。
あと、中くらいの業務用ナベ。
「い、いつの間に……」
え? 何が?
ナベ?
昨日からここにあったんじゃない?
『────100話の更新を確認。仮面より祝福されました。クラウンギアは、賛同を申請。』
「え、なんか、魔物へのお悔やみ? みたいな話、無かったっけ……あれはカウントしちゃダメでしょ……」