拉致
―――――気付いた。
気付かれたのだ。
車のスピードに敵うわけもなく、抵抗の余地なんて毛頭もなかった。
「あ・・・・・」
私の目前で車を止めると、日本人とは全く体格の違う男が6人ほど降りた。
殺される。
間違いなく、殺される。
銀行の前で、犯人に撃たれて殺された人のように。
私の思考は止まっていた。
ただ恐怖で震えている私に対して、その中の一人は言った。
「Get into a car (車に乗れ)」
「―――――――え?」
車に乗らされるって事?どういうことだろう。
すると、その男は後ろの車のドアを開け、入れと言う。
私は、断る事もできるわけもなく、ただ言う事を聞いた。
「(・・・・・・・)」
そこで、私は垣間見た。
車の中に、私と同じように捕まったと思われる人が数人いた。
つまり、私も含めてこの人達は犯人の人質――――――。
一瞬目が合ったけど、私はすぐに視線を下に落とし、うつむいてしまう。
「(じゃあ…私達、一体どうなるんだろう…)」
考えても答えの出ない思考を繰り返していた。
―――――不安と絶望だけで駆られていた時、携帯に反応があった。
ヴーヴー。
きっと由奈からだ。
こんな緊急事態―――どうすればいいんだろう。
犯人に直接見られるわけじゃないけど、携帯を出すのに一瞬ためらった。
もしこの状況を由奈に言ったら―――
犯人に知られたら殺されるかもしれない。
でも、私には、由奈に頼るしかないんだ。
そろりとポケットから携帯を出し、メール内容を確認した。
―――今どこにいるの?空港着いた?―――――
由奈―――。
端的に返信しよう。
えーと… た…す…
他の人質は私の事を怪訝な顔で見ていた。
…ためらっている場合じゃない。
――――由奈、助けて アメリカの銀行強盗に捕まって車で連れられてるの――――――
送信―――――。
普段は絵文字とかで文章を飾ったりしてるけど、当たり前にそんな余裕はない。
由奈も、明らかにいつもと違う内容に反応してくれるだろう。
今の私は、このケータイ一本が命同然だった。
すると、すぐに返信はきた。
――――え…強盗!?その車の特徴とか分かる?私とりあえずすぐ警察に通報するね―――――
流石小さい頃からの親友。
余計な心配事はこの場では一切言わずに、迅速に助けてくれようとする。
その頼もしさに、私は涙を流しそうになった。
いけない。私が弱くなっちゃいけないんだ。
私は溢れそうな涙を必死に堪えた。
―――さっき撮ったこの車のナンバープレートの画像を保存している。
これを添付して送れば――――
・・・・・と思った瞬間だった。
車が停止し、すぐドアがこじ開けられた。
そこには犯人が一人、人質に出ろと言わんばかりの表情をしていた。
私は、持っていた携帯を隠す事もできずに、ただ恐怖に呆然としているだけだった。
そんな私の様子に第一に気付かれたが、予想とは裏腹に、犯人は冷静だった。
「Want you to be murdered that much ?(お前はそんなに殺されたいのか?)」
「え―――――」
犯人が何か言ったと思った瞬間、ケータイを奪われた。
抵抗の余地など、あるわけもなかった。
無残に踏みつけられ、バキバキと豪快に音を鳴らし、絶望的に壊されていく携帯電話。
もう、由奈に助けを呼ぶことすらできない。
いや、その前に――――
犯人は、私の近くにきた。
バシッ
頬を殴られた。
かなり強く殴られたが、大して痛みは感じなかった。
殺されるという恐怖で身体が硬直していたから。
「(Because murder you if I keep waiting (次くだらん事をしたら真っ先にお前を殺す)」
「(・・・・・・・)」
言葉の内容ははっきり分からなかったが、今度やったら命はない・・・というニュアンスで言ったのだろう。
殺されなかっただけマシだと思うべきなのだろうか。
私は既に感情を失っていた。
殴られた頬を押さえながら、他の人質同様黙って犯人についていった。
どこだろう…強盗団のアジトみたいな所なのかな。
大きな1階建ての家?その隣に大きな倉庫がある。
どうやら私たちは倉庫の方に連れられるようだ。
人質全員がアジトに入り終わると、犯人の一人は頑丈そうな大きな門を力強く閉める。
――――これから、どうなるんだろう。
由奈、今頃心配しているよね・・・。
あまりの絶望に、この場で泣き崩れたい気分だが、その気力も起きなかった。
感覚のない両足で、犯人のもとへ歩いていく。
すると突然、人質となった一人の男が、犯人に対していきり立った。
「What do you intend to do of us !?(おい、俺達をどうするつもりだ!?)」
言葉は分からない。
だけど、その人の剣幕から、自分が何故ここに連れられたのかを言っているのだろう。
誰もが同じ事を思っているだろう。
犯人はその言葉に苛立ったかのような表情で返した。
すると、その瞬間、犯人は持っている銃をその男の頭に向けた。
バアアアアアン・・・・・
「(・・・あ・・・・)」
突然、いきり立った一人の人質の頭を撃った。
とても目を向けられない。
ビチャビチャと脳が飛び散るような音が鮮明に耳に届いた。
気分が悪い…
吐気なんてもんじゃない。
生きている心地がしなかった。
死が隣に見えているようだった。
何で、こんな事になったんだ―――――。
私は、こみ上げる吐気と計り知れない絶望を必死に堪えながら、何かに引っ張られるよう歩いていく。
すると、倉庫の入り口に男が二人ほど立っていた。
見張り役だろうか・・・?
考えても分かる訳がない。
その中の一人が、妙なものを人質に配っていた。
何あれ・・・
私は何の抵抗もせず、ただ受け取った。
「42・・・?」
それは、「42」と書かれた、ブレスレットのようなものだった。
――ブレスレットなんて可愛いものじゃないか。
丈夫そうな紐でできた、まるでこの数字が自分の寿命でも顕示しているかのような不気味な物。
・・・一体何が始まるのだろう。
「rank an arm (腕につけろ)」
え?
腕に付けろって事か・・・
私は黙って犯人の言葉を受け入れ、42と数字の書かれた腕輪を付けた。
すると、もう一人の男が言った。
「Raise both hands (両手を挙げろ)」
・・・両手?挙げろって言っているのかな・・・
私は犯人の意図が読めず、ただ黙って命令された事をした。
両手を挙げると、全身のポケット等を調べられ、持ち物を全て取られた。
「(携帯とか持ってる人がいるから全部取り上げる為か・・・)」
財布も取られたが、特に感慨はなかった。
いつ殺されてもおかしくないのだから。
生き地獄と変わらない。
生きて帰れるかも分からないのだから、お金なんて元々無いような物。
全身の持ち物チェックが終わり、倉庫の中へと押し込まれた。
倉庫の中は全体的に暗い感じで、床全体にダンボールが敷かれていた。
「(ここで泊まれって事なのかな・・・)」
他にも人質は20人前後いるようだった。
正直、ここがどこで何をする所かなんて冷静に判断する気力なんかない。
ただ、日本に帰りたかった。
それが全てだった。
ゴオン・・・と倉庫のドアが乱暴に閉められる。
不気味なほど静まった部屋。
どんな人質がいるかなんて、微塵も関心がなかった。
関心が持てなかった。
いつ殺されるかも分からないんだから。
寧ろ、ここに連れてこられる以前に殺された方がまだ苦はなかったのかもしれない。
駄目だ…どうしても負の感情しか生まれない。
どうして。
本当にどうして、こうなったんだろう…
――由奈―――
心の中で、由奈を呼んでも何も起きないのは分かっている。
でも、どうする事もできない。
――父さん、母さん―――
二人とも、心配だから私をアメリカには観光でも行かせたくないって言ってたっけ。
私がどうしてもって強引に押し切って、二人に心配かけてまで日本を出たのに。
こんな事になって、殺されてしまったら。
もう、二度と会う事はできないんだ――――――。
「(・・・・・・)」
私は、声を押し殺して一人泣いた。
寂しさで泣いたのは生まれて初めてだったかもしれない。
いや、寂しさだけじゃない。
哀しみ、怒り…色々な負の感情が合わさって例えようのない感情がこみ上げている。
当然、人質は泣いてる私に関心なんか向けてくれない。
そんな中、私はただ涙を流していた。
「・・・・」
急に、声が聞こえてきた。
どこか、なじみのある言葉。
どこから聞こえてきたのかは分からなかった。
「君・・・・日本人?」
その言葉に泣き顔で振り向くと、私と同い年…それか少し年上くらいの日本人の男性だった。
一瞬、幻だと思った。
「え・・・あなたは?」
藁にもすがる思いで返事をした。
「俺は、青馬達志。君は?」
あまり喋る気はしないんだけど、一応こっちの名前も教えた方がいいよね…
男性の少し高めのテンションとは打って変わって、消え入りそうな声で私は返事をした。
「私は・・・瀬川夏香」
「そうか・・・瀬川さん、よろしく」
私には分からなかった。
この人も人質として入っているはずなのに、どうしてそんな元気でいられるんだろう?
いつ殺されるかも分からないこの状況で、何故絶望を感じずにいられるのだろう。
確かに、ずっとうなだれていても何も解決はしないけど…。
何か考えてる事があるのかは分からない。
「・・・はい」
私は半信半疑な返事で返した。
男性は、そんな私を見ても持ち前のテンションを変える気はなさそうだった。
しかしこの人も、心の中では絶対に思っているはず。
私達は、これからどうなるのだろうか――――と。




