旅立ち
高校三年生。夏。
明日から長期の夏休みに入り、私の休暇中の予定も既に決まっていた。
来週からアメリカに在住してる友達の家に遊びに行く。
――由奈。小学校からの幼馴染で、父親の仕事の関係上、中学校を卒業してからアメリカに転勤となり、日本から離れる事になった。
当時はもう二度と会えないのかな…とナーバスになる所があったけど寂しい時に連絡は取り合えるし、こうして久しぶりに会う事もできるので住所の距離は変わっても関係は変わらないものだな…とつくづく思う。
さて…2週間ほどの旅行になるし、そろそろ準備しとこうかな。
パスポート…、航空券…、VISAカード…必需品はこの三つかな。
後は何日分か服を持っていって…
服は向こうで何日分か用意してくれるって言ってたな。
そうだ。あと由奈は時計が必要になるって言っていたっけ。
向こうでは日本とかなりの時差があるから、慣れるまで結構大変らしい。いわゆる時差ぼけ。
えーとアメリカとの時差…8時間。日本が昼の12時だったら向こうは深夜4時になるのか。
しばらく慣れるまでは大変そうだな。
ヴーヴー。
タイムリーに、由奈からの着信。
ちなみに、私のケータイは家だろうが外だろうが常時マナーモードにしている。
「もしもし?」
「あ、もしもし夏香?来週の話なんだけどね―――」
由奈から、来週のアメリカ旅行の件で話があった。
集合場所、集合時間について、その他世間話など…他愛もない会話で時間は過ぎていった。
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――――。
出発前日。
成田発で18時10分…アメリカのノースウエスト航空に着くのが…えーと。
確か日本時間で深夜の3時半くらいになるのか。
と…いうことは日本との時差が8時間だからアメリカの時間だと11時半くらい。
それから市内のメトロに乗って…移動時間が20分くらい。
由奈との待ち合わせが13時だから、時間通りに着けば全然余裕。
って、凄くややこしい。これじゃ頭の中が既に時差ぼけだ。
由奈は時差に慣れるの2週間くらいかかるって言っていたかな。
私はちょうど向こうに2週間滞在だし、アメリカの時間に慣れた頃に日本に帰るのか。
う~ん、思ったよりハードで楽しい旅行になりそう。
若干の不安と、楽しみがこみ上げて複雑な気持ちを感じていた。
―――――楽しい旅行になるといいな―――――
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出発当日。
ジャンボジェット―――――
中は思っていたより広かった。
「(これ、シートがベッド代わりになってるんだ)」
アメリカのテキサス州、ノースウエスト航空に着くまで約9時間の飛行。
普通は音楽聴いたりテレビ観たり睡眠とったり…なんだろうけど、私は小さな窓から、ただぼーっと空景色を見ていた。
少しの間だけど、日本から離れるんだ―――。
「(ばいばい、日本)」
高々2週間ぽっちご無沙汰するだけなのに、少し寂しさを感じていた。
変な自分。
初めての体験だから、新鮮味を感じているのかな。
これからの事を色々考えているうちに、私は眠りに入っていたようだ。
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――――。
ノースウエスト航空。
広い…東京の成田空港でさえ広いな~と思っていたけど、スケールが違った。
そんな事より、気がかりな事があった。
「(耳が痛い…)」
飛行機の轟音?なのか原因は分からないけど…
どうやら飛行機に乗ると耳が詰まったような、おかしな感覚になるらしい。
皆が皆そうじゃないのかもしれないけど。
何か久しぶりに地面を歩いた気がする。
少し体が浮いたような感覚で、ふらふらする。
飛行機のような高空で移動するような乗り物は長時間同じ姿勢、つまりずっと座っているとエコノミー症候群というのになるらしい。
色々と知識不足だったかな。
もうちょっと下準備が必要だったかな、と感じた今日この頃だった。
預けてあったトランクケースを受け取り、入国審査――――
人がずら~~~っと並んでいた。
え…これ待たないといけないのかな。
当たり前か。
周りを見渡してみると、様々な国の人がいたように見えた。
日本人っぽい人もいるんだ。
あれこれ考えながら、40分。
「HELLO (こんにちは)」
「は…はろー」
私は少しおどおどしながら審査員にパスポートを渡した。
審査員は私の顔を少し見ると、パスポートを返し、OKのサインが出た。
もういいのかな。
よし、次はこの航空を出て市内のメトロだ。
航空を出て、すぐメトロに乗った。
えーと…20分くらいで着くんだっけ。
今12時過ぎだから丁度いいくらいかな。
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―――――。
気付いたのは10分くらい経ってからのことだった。
「(これ…反対方面じゃん)」
路線などあれほど調べたのに逆に進んでいるのに気付かなかった。
乗り場を間違えてしまったよう。
まぁいっか…1駅の間隔そんなにないし、次の駅で降りよう。
「(次は…なんとかバンク。銀行の近くの駅なのかな)」
ちなみに英語は全然読めない方なので駅名は全く分からない。
調べたつづりで記憶してるだけだもんな。
この駅で引き返すか。
とりあえず、「ちょっと乗り場間違えた…遅れるかも」って由奈にメール送っとこう。
そう思い、メトロを降りた。
次は何分後にくるんだろうな~。
駅で次のメトロを待っている間、私はメールを打っていた。
その時だった。
私はこの時ほど耳を疑った事はないだろう。
バアアアアン・・・・・
絶望的なほど高く鳴り響いた銃声。
身体が一瞬凍った。
その音はあまりにも近く鳴り響いていた。
そろりと後ろを振り返った。
そこには、大きな銀行の入り口に向けて銃を撃っている男が数人。
分かりやすいほどの、銀行強盗に出くわした。
たまたまその現場に遭遇したと思われる一般人は、既に撃たれていた後だった。
…悲鳴は出なかった。
あまりのパニック状態に、悲鳴を出す事すら私は忘れていた。
「(どっ…どうしよう、銀行強盗!?)」
数分経って私の思考は正常になった。
だが、身体は思い通りに動かなかった。
何をすればいいのか分からなかった。
このまま声を殺して、見て見ぬ振りをしてしまえば何事もなく無事に済むかもしれないが、それが正しいとは到底思えない。
私は純粋に旅行に来て、楽しみたいだけ。
それなのに――――――――
犯人達はまだ銀行に向けて発砲している。
そして、犯人達の乗っている車と思われるのがここから50メートル程の距離に。
そうだ。車のナンバープレートの写真を撮って、それを由奈に送れば―――
何が私をそう奮い立たせているのかは分からないけど、考えた瞬間行動に移していた―――。
犯人達はまだ気付いていない。そう思い少し近づいた。
この距離なら―――
犯人達の車のナンバープレートをズームにし、携帯で撮った。
恐怖より、不思議と正義感の方が上回っていた。
――――この時は。
「There is it behind who it is !!!!!!(誰か後ろにいるぞ!!!!!)」
「(――――え?)」
どうしたんだろう。
犯人の一人が、大きな声で何かを言った。
すると、一斉に犯人達が車に乗り込んだ。
私は、ただ呆然と様子を見ていた。
車は猛スピードで、私の方へと向かってきた。




