完全無欠な勇者
完璧なる死、そして理不尽な天啓
一人の天才がいた。名を、滝沢真一。24歳。
彼を語る言葉は、常に賞賛と嫉妬に満ちていた。日本最大級の財閥、滝沢家の次期当主にして、その経歴は完璧の一言。
幼少期より施された英才教育は、彼のあらゆる才能を開花させた。武術は免許皆伝の腕前。音楽を奏でさせれば、プロの演奏家が舌を巻く。アメリカに渡れば、最難関の特殊部隊SEALsでの過酷な訓練をものともせず、超難関の米国医師免許(USMLE)を取得し、若くして天才外科医として名を馳せた。
神が創りたもうた最高傑作とでも言うべき、容姿端麗、恵まれた体躯。
そんな彼の唯一の趣味は、庶民派だった母親から教わった「料理」だった。
すべてを手に入れ、すべてを極めた青年。彼のために新設された最新鋭の病院からの帰り道、後部座席で流れる景色を眺めながら、真一はふと考えていた。
(次のオペは、かなり難易度が高い。だが、成功するビジョンしか見えない。その後は? 新しい論文か、それとも財閥の仕事か…)
満たされている。だが、満たされすぎている。まるで攻略し終えたゲームを繰り返しプレイしているような、そんな既視感が常にあった。
その思考が、耳を劈くブレーキ音と衝撃によって、唐突に断絶された。
制御を失った大型トラックが、彼の乗る車に突っ込んだのだ。ねじ切れる金属、砕け散るガラス。完璧だった彼の人生は、あまりにも理不尽な「事故」によって、いとも簡単に終わりを告げた。
◇
気が付くと、真一は温かい光に満ちた、真っ白な空間に立っていた。痛みも、音も、匂いもない。ただ、目の前に佇む、水色の髪を持つ絶世の美女だけが、現実感を伴っていた。
「――惜しい。実に惜しいことです」
鈴を転がすような、しかし深い慈愛に満ちた声だった。
「貴方のような方が、あのような形で命を落とされるとは。なんと理不尽なことか」
「君は? ここはどこだ? 状況を説明してほしい」
突然の事態にも、真一は冷静だった。パニックは、思考の純度を下げるだけだと知っている。彼は目の前の存在を分析した。人ではない。神か、あるいはそれに近い、高次の生命体。
女は、彼の冷静さに少し驚いたように微笑んだ。
「私はアクア。世界を管理する女神の一柱です。ここは神々の領域。そして貴方は、先ほどお亡くなりになりました」
「そうか。納得した」
「…ご理解が早くて助かります。そこで提案です、滝沢真一。その類まれなる魂、このまま無に還すにはあまりに惜しい。私の力で、貴方の力を存分に振るえる世界をお渡ししましょう」
「力、とは何だ?」
「貴方が転生する異世界『エルドラド』での新たな力です。まず、言葉で困らないよう『完全言語理解』を。そして、貴方の故郷の全てを引き出せる奇跡のスキル『アース』を捧げましょう」
「アース…? 地球の物が、か」
真一の眉が、わずかに動いた。それは、彼の人生において数えるほどしか見せたことのない、「未知への興味」の表れだった。
「はい。そして、これまでの貴方の素晴らしい功績を称え、転生特典として**『初回無料100連ガチャ』**を進呈いたします」
「ガチャ?」
「はい。『アース』の力は、貴方のポイントを消費して使いますが、そのガチャです。もちろん、高ランクのガチャほど、素晴らしいものが出やすくなっておりますよ」
女神アクアが微笑むと、真一の目の前に半透明の電子ボードが浮かび上がった。そこには【ノーマルガチャ】【レアガチャ】【スーパーレアガチャ】【ウルトラガチャ】といった項目が並んでいる。
「良いだろう。その話、乗った」
「ありがとうございます! では、良い異世界人生を!」
女神の言葉を合図に、真一の足元が眩い光に包まれる。意識が遠のく中、彼は最後に一つだけ、考えていた。
(異世界。スキル。ガチャ。面白い。実に面白いじゃないか)
◇
次に目覚めた時、真一は柔らかな草の上にいた。
見上げれば、どこまでも青い空と、そこに浮かぶ二つの月。澄んだ空気は肺を洗い、生命力に満ちた森の匂いが鼻腔をくすぐる。
自分の体を見れば、全盛期であった20歳頃の肉体に戻っているようだった。服装は死んだ時と同じ私服のままだが、腰には見たこともない革のポーチが一つ。手を伸ばすと、その中は無限に広がり、思考するだけで望んだものを整理できる「アイテム収納ポーチ」だと直感で理解した。
言語、スキル、若返った肉体、便利ポーチ。与えられたものを冷静に確認し、現状を把握する。
鬱蒼とした森、人影はない。まずは情報収集と、生き抜くための基盤確保が必要だ。
だが、その前に。
(この世界にも、人はいるはずだ。そして人がいれば、病める者、傷つく者もいる)
彼の本質は、財閥の御曹司でも、元SEALs隊員でもない。
人を救う者――外科医だ。
そして、人助けは「善行」となり、彼のスキルに必要なポイントを稼ぐ最も合理的な手段でもある。
ならば、やることは一つ。
真一は静かに立ち上がると、森の向こうを見据えて、小さく、しかし確信に満ちた声で呟いた。
「さて、患者は何処かな?」
完璧超人・滝沢真一の、異世界における「治療」の旅が、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




