第1話 最適化社会の異端者
九条玲真は、友人たちの輪の少し外側で実技棟の前に立っていた。
医療技術がどれほど進歩しても、人の身体は数値だけでは測りきれない。
ここは国立経絡共鳴学院。
経絡術師を育成する場所だ。
経絡術師とは、人体を巡る経絡を制御し、医療から都市インフラまで最適化する術者のことである。
実技棟の自動扉の前で、三上直哉が床の光を見下ろした。
「歩行位相も取ってるな。入学データ、もう統合済みか?」
三上は、ほんのわずかに立ち位置を調整する。
無意識の癖だ。
「当たり前だろ」
神原修一が淡々と返す。
「経絡学院だ。生体データは秒単位で更新されている」
九条が一歩踏み出す。
足裏に集まる細い光。
振動は極小。
扉が開く。
三上が舌打ちする。
「玲の時だけ、反応が速いぞ。俺の時は一瞬、間があった」
「気のせいだ」
神原は即答する。
「誤差は出ない設計だ」
「うーん」
三上は、腕組みをした。
九条は、廊下の光の揺らぎを見ている。
誤差は、あった。
実技棟の中、天井が高く、廊下は広い。
照明は白ではなく、朝霧のような淡い色をしている。
壁際のガラスケースには古い鍼、その隣には有機金属製の細身の装置。
「寺と研究所を足したみたいだな」
「ここは、実技棟だ」
「分かってるって!」
九条の半歩前では、三上と神原が会話している。
実技室前。
人体の立体投影が浮かぶ。筋肉でも骨でもない。無数の線が体内を巡っている。
「遅延反応、出てるな」
神原が三上の投影を覗く。
「今朝、睡眠スコア低かっただろ」
「なんで分かるんだよ」
「顔色と歩き方」
九条は投影の前に立つ。
わずかに、像が揺れた。
誰も気づいていない。
実技室に入ると、天井を支える梁に淡い光が流れている。
床に描かれた円陣状のラインが、ゆっくりと点滅していた。
教壇の上には、掌サイズの円環装置が置かれている。
幾重にも重なる輪。中心は空洞。
「これは、進化型経絡共鳴装置。通称、新型レゾナだ」
教員が淡々と説明する。
「一世代前は、出力を上げるほど術者に負荷が跳ね返った。位相調整が追いつかなかったからだ。だがこのモデルは違う。調整は装置側で行う」
「それって、術者が楽ですね」
三上が反応する。
「楽だ。だから優秀だ」
教室がざわめく。
「設計元は零和医工。設計者はZEROだ」
教員が自慢げに話した。
九条の指先が、わずかに止まった。
「これから起動実習を始める」
教員の声。
まずは、三上が起動させる。
「いくぜ、初レゾナ!」
三上の装置は震え、沈黙。
「重い! 全然動かない」
次に神原。
レゾナは回転するが、動きが硬い。
「何だこれっ、噛み合わない……」
「難しいな……」
「ああ」
三上と神原は肩を落とした。
二人は、九条に視線を移す。
九条は、ゆっくりとレゾナに触れた。
音が消える。
光が落ちた。
床の円陣が、逆方向へ回転を始めた。
「……え?」
三上が声を上げた。
九条のレゾナだけが、回らない。
止まったまま、中心へ何かが収束していく。
「位相が……装置側じゃない」
神原がつぶやく。
空間が、震える。
次の瞬間。
すべてが整った。
最適な回転。
最適な発光。
沈黙。
教員が一歩前に出る。
「……九条。今、何をした」
「起動しました」
教員はゆっくりと首を振る。
「いや。起動したのは、装置ではない」
三上が苦笑する。
「なあ神原。俺たち、やばい奴と友達になったかもな」
神原は目を離さない。
「やばいんじゃない。……基準が違う」
九条は何も言わない。
ただ静かにレゾナを見下ろしていた。




