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Room No.403  作者: 水月康介
1年次2学期
10/80

謝るってことは断るってことだよな

「繭墨に告られた」


 昼休みに浮かない表情で僕のところまでやってきた直路の、第一声がそれだった。


「ええ!?」


 僕は割りと本気で驚いてしまった。

 繭墨が告白をしたという事実もそうだが、そのタイミングにである。


 繭墨の、直路への好意は知っている。

 だけど、このタイミングで告白というのはありえないと思っていた。

 そもそも、その気持ちを告げることすらできず、ずっと秘めたままにしておくものだとばかり思っていたから。

 デートに誘うことを「はしたない」とか言ってしまうやつなのだから。


「でも、なんでまた……」


 コトの流れを尋ねてみる。


「それが……、繭墨がおかしくなったのは、好きなやつがいるのかって聞いてからなんだよな」

「好きな相手にそんなことを聞かれたら、そりゃうろたえるよ」

「だからそんときは知らなかったんだよオレは」

「それで?」

「好きなやつってのはお前――つまりキョウのことかって聞いたら、思いっきり睨まれて、そこでさすがにヤバイと思ったけど、それもまだ、からかいすぎた、ふざけすぎたからだと思ってたんだ」

「それで?」

「違う、自分が好きなのはキョウじゃなくて、オレだって……」

「告白されたと」

「ああ」


 それは直路の話の振り方が悪い、と思わないでもなかったけれど、直路の方も落ち込んでいるようなので、あまり責めないでおこう。


「だいぶこたえてるね。試合でひどい負け方をしたときも、そこまで凹んでなかったよ」

「そりゃお前、試合は相手がいて、お互い勝ちたいし相手を負かしたいっていう気持ちで戦ってるんだから……、勝つときがあれば負けるときもあるし、負けたらそりゃあショックだけどな。でも、そういうのとは違うだろ、これ」


 直路はため息をついて、


「戦うつもりのない相手にケンカをふかっけたようなモンだ。……繭墨みたいな大人びたやつが、なんで上手にかわしてくれなかったんだろうな」

「笑って聞き流せないことって誰にもあるし、繭墨さんにとってはそれがそう(・・)だったってことでしょ」


 譲れない大切なもの。

 そいつを胸に抱いたまま、軽やかにステップを踏むことはできなかったわけだ。


「で、そのあと、繭墨さんは?」

「言い逃げされた。ぜんぜん足は遅いんだけど、ものすごい必死な感じで走ってったから、追うに追えなかったんだよ」


 しかも、授業には1限目から出ていないという。

 百代には風邪で休むというメッセージがあったが、実際は保健室で寝ているらしい。


「そりゃ重症っぽいね」

「ああ……」

「まあ、ちゃんと謝るしかないよね、こういうときは」

「ああ、おう、そう……、だよな、謝るってことは断るってことだよな」


 ……何迷ってんのこいつ。

 しかも迷いどころがそこ?


 行くか行かないか、じゃなくて、断るか断らないかで?

 まさか、直路のやつ。

 惜しい、とか思ってないだろうな……。


 だとすれば、隙があるなんてレベルじゃないよこれ。

 割と勝算がある戦いになってしまう。

 

 まずいなぁ。

 繭墨には絶対に教えられない。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 午後の授業を仮病で抜けて、僕は保健室にやってきていた。

 カーテン越しのやわらかい陽光で、居眠りにはちょうどいいくらいの気温になっている。僕はあくびをかみ殺しつつ、室内を見回した。


 保健の教諭は不在。

 保健室にベッドは3つあるが、カーテンで仕切られている使用中のベッドはひとつだけだった。


「繭墨さん」


 声をかけると反応があった。カーテンの向こうのシルエットが身じろぎする。


「阿山君……」


 カーテンがスライドして、不機嫌な表情の繭墨が現れた。

 ベッドで上半身だけを起こして、こちらを睨んでいる。

 メガネをかけていないので、単によく見えていないだけかもしれない。


 そこで未装着に気がついたのか、慌てて枕元に手を伸ばし、メガネをかけた。

 その素顔や寝姿を見られただけでも少し得をした気分だった。


 ああ、決してやましい気持ちではなくて、そう、体調はよさそうだ。精神的なところはわからないが、具合は悪くなさそうだった。


「なんですか。友達の彼氏に告白するもあっさり振られて、あの二人を前にするだけで居たたまれなくて仮病を使ってしまったわたしを、笑いに来たのですか」


 ぼんやりしている僕に、繭墨は拗ねたような言葉を投げかけてくる。

 やっぱり少しは落ち込んでいるらしい。


「違う。謝りに来たんだよ」

「なぜあなたが謝るのですか?」


 僕は頭をかいた。

 言うか言うまいか、迷う。


「……いや、ひょっとして、まさか、可能性としてはっていうだけで、僕の考えすぎだろうとは思うんだけど……」

「うだうだ言っていないで本題に入ってください」

「思ったより元気だね」

「空元気です。すぐにしぼんでしまうので、さっさとしゃべってください」


 自分でそれを言ってしまうのは、余裕か虚勢か。


「……僕のせいじゃないかな、と思って」

「わたしの告白はわたしのものです」

「この前、話したじゃないか。あの二人には付け入る隙があるかもしれない、って。だから、それを真に受けて暴走しちゃったんじゃないかと」

「真に受けてってなんですか。わたしが人の話を簡単に信じる世間知らずみたいじゃないですか」

「じゃないの?」

「違います。暴走したことは認めますが……」


 繭墨はうつむいて、ベッドのシーツをたぐり寄せて顔を隠す。


「直路も反省してたぞ。悪いことをしたって」

「悪いこと……」


 百代の発案による、僕と繭墨をさりげなく近づけようとする計画があった。

 そんな中で、繭墨が妙に恋バナを振ってくるものだから、これはまさかと思い、調子に乗ってどんどん追及してしまったのだろう。


「悪いと思っているということは、つまりはわたしは断られるのですね」


 ノーコメント。

 これは真のノーコメントを通さなければならない。

 だから無言でいると、繭墨はさらにネガティブトーキングを続けた。


「そんなことを言って、あっさり敗北したわたしを、内心で笑っているのではないですか?

お望みどおり、わたしは敗者ですよ」


 繭墨は肩をすくめる。

 いつかのやり取りのことを言っているのだろう。


 僕が君を敗者にする、か。

 売り言葉に買い言葉とはいえ、無茶苦茶なことを言ったものだ。


 確かに繭墨は敗北したが、実情はそこまでのワンサイドゲームじゃない。


 だが、繭墨には申し訳ないが、それを伝えることはできないのだ。

 直路のアホが、告白にけっこう揺れていることを知れば、繭墨は希望を持ってしまう。


 希望の芽は摘み取らなければならない。

 だけど絶望に叩き落すのも気が引ける。

 戦争と恋愛ではwあらゆる手段がw正当化されますw、などと茶化してはいけない。


 敗北の事実を思い知らせつつ、しかしいつの日か立ち上がれるように。

 それっぽい言葉を並べて、落としつつ持ち上げなければ。


「繭墨さんは準備が足りなかったんじゃないかな」

「準備……、ですか?」

「ゲームの話で恐縮だけど、ボスを攻略するためには、レベルを上げて、装備を整えて、情報を集めて、万全の状態で挑むものだよね」

「ええ、よほど経験値稼ぎをしていない限りは……」


 繭墨はゆっくりとうなずく。


「今日の繭墨さんはそうじゃなかったよね。いきなりボスに遭遇して、しかも逃げられる戦いだったのに、動揺したまま当たって砕けてこのザマじゃないか」


 繭墨がビクンと肩を震わせる。


「そうですね……、友達の彼氏に言い寄った女というレッテルを貼られ、わたしはこれからどうやって生きていけばいいのでしょうか」

「生き死にの話にまで持って行かなくてもいいから」


 繭墨は遠くを眺めながらそのまま帰ってこなくなりそうな、茫洋とした表情をしている。


「大丈夫、繭墨さんが何も言わずにいれば、直路もたぶん、黙っててくれるよ」


 繭墨と百代の関係に気を配ることはもちろんそうだが、もうひとつ理由がある。

 あいつだって気持ちが揺らいだ手前、後ろめたくて百代かのじょに話せるわけがない。


「そうですね、進藤君は優しいですから。もちろんkindnessカインドネスの意味で」

「なんでわざわざ注釈を?」

「阿山君もやさしいです」

「うん。……続きは?」

「わたしたちの間に言葉なんて必要ないでしょう」


 その割には口数が多いし、言葉も鋭利なものを選ぶ傾向がある繭墨である。

 ただ、まあ、今はそうすることで精神の安定を保っているのだろうから、大目に見てやることにしよう。


「上からの目線を感じますね……」


 奇遇だね、僕もだよ。

 

「気のせいじゃないかな。それより、繭墨さんとしては、今後はどうしたいの?」

「そんなの、まだ考えられません」

「でも、フラれたわけじゃん」

「ふら……! わっ、わざわざ言葉にしなくても……」


 繭墨の反応はいちいち大げさで面白い。普段が淡白なだけに、余計にそう感じる。


「それを認めないと、前には進めないよ」


 僕はさらに言葉を連ねる。決して心の傷をえぐっているわけじゃないし、それを楽しんでいるわけでもない。一応、理由あってのことだ。

 

 実際のところ、繭墨はまだフラれてはいない。

 直路が返事をする前に繭墨が逃げてしまったため、返事を待っている状態だ。

 だが、もう断られたのだと印象付けることで、繭墨が今後、気の迷いを起こさないように誘導できる。失敗したことにできる。


「繭墨さんはまるで全部終わったみたいなことを言ってるけど、フラれたからって、友達としてのつながりが消えるわけじゃないよね。そこは百代さんも含めて、今までどおりの関係を続けていきたいんじゃないの」

「そ、そう、ですね……、わたしも、人間関係に波風を立てることは本意ではありません」

「今日の告白のことは、なかったことに――とは言わないけれど、蒸し返さないようにしよう。直路は優しいから、繭墨さんの気持ちを推し量って、そっとしておいてくれるよ」


 それはさっき、繭墨も認めたことだ。

 繭墨はしぶしぶ、といった様子でうなずく。


「なかったことに……、なるのですね」


 そうつぶやいて窓の外を眺める繭墨が、あまりにも儚げだったから。

 僕は致命的なミスを犯してしまった。


「そんなことはないと思うよ」

「気休めはやめてください」

「女子に告白されたら、その子を意識してしまうものだよ、男子ってのは」

「フッた相手でも?」

「うん」

「付き合うつもりなど微塵もない相手でも?」

「それどころか、面識がほとんどない相手だとしてもね。告白された理由を考えてしまったり、どんな子なのか想像したり、歩いていてもふと姿を探してしまったり……」

「……それは、阿山君が非モテだからでは?」


 はい辛口いただきました。


「つまり経験の浅さから来る幻想と妄想が、異性を必要以上に美化してしまい、交際への過度の期待によって、輝かしい未来を幻視してしまう。地に足が着いていませんね」

「いいいんだよそういう年頃なんだから!」

「若さを理由にしてしまう幼さ……」


 ふぅ、と繭墨はため息をつく。

 そういう反応をされると地味にキツい。

 恥ずかしさでいたたまれなくなる。なんか叫びたくなる。


「でも、そうですか……。告白されたら相手を意識してしまうもの、なんですね」

「そうそう、だから……」

「今はシフクのときということですね」

「至福?」むしろ失意のときだろうに、と首をひねる。


 ――すぐに誤変換を訂正。雌伏だ。


「突然、告白してきたかと思えば、翌日にはそれをなかったかのように振舞う相手――。気にならないわけがありませんよね」

「んん?」

「まもなく期末テスト期間に入りますし、ちょっと距離を置いたとしても、それが駆け引きだとは思われないはずです」

「……あの、繭墨さん?」

「さすがに、クリスマスという期日は難しくなってしまいましたが……、ここはひとつ、進藤君の心にまいた種が、いつ芽吹くのか、それを待つ楽しみができたのだと、そう考えることにしましょう」

「いや、もうフラれてるし」

「いいえ、そんなことはありません」


 繭墨はシーツをまくって、ベッドの上で立ち上がった。


「一方的に告白をしただけです。まだ返事はもらっていません」

「あ、そうなんだ」


 気づいてしまったか。


「もちろん、進藤君はどう断ったものかと悩んでいるでしょう。しかし、わたしが告白などなかったかのように振舞えば、その態度に疑問を感じて考えるようになります。わたしのことを」


 繭墨は自分の胸元に手を添える。


「進藤君がわたしの告白を断らず、そして、わたしのことを考えてくれているうちは、まだ失恋ではありませんよね」

「飛躍しすぎじゃない?」

「恋心には翼があるんです」


 あ、これもう何を言っても無理なやつだ。

 完全に声が届かないところまで飛んで行ってしまっている。


「つまり……、しばらく様子見をするってこと?」

「いいえ、恋の風待ちと言ってください」


 まだ飛んでなかったのかよ。




「フリだけでもいいから元気がない感じでいた方がいいよ」


 敢然とベッドに立つ繭墨にそう声をかけて、僕は保健室を出た。


 その翼はしょせん、蝋で固めた作り物だ。

 僕が叩き落してやろう。


 ――なんて、いつかのように彼女を否定する台詞を吐くことはできなかった。

 しくじってしまった失意でそれどころではなかったのだ。


 儚げ? どこが?

 数分前の自分に教えてやりたい。繭墨ヤツはそんなか弱い女子じゃない、と。


 繭墨はすっかりいつもの調子を取り戻してしまった。

 窓から差し込む陽の光は後光みたいなのに、繭墨の背後にはどす黒い魔女めいたシルエットが見えるかのようだった。


 


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