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捨てられた転生者、金色の竜と旅に出る〜時空間チートで巡る、帰る場所のある旅路〜  作者: mizu
第二章 王都クローネ

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鐘が急いだ日と、まだ空いた椅子

あれから三日間、何も起きなかった。


 朝は荷を検めて、昼は使いに出て、夕方には棚を整える。ヴェルナーさんが地図に線を引いたあの日から、俺の一日は何ひとつ変わらなかった。


 変わったのは、通りの方だった。


 薬屋の店先で、店主たちが束を持ち上げている。届け出は今日も上がっているらしい。ギルドの前を通ると、掲示板に新しい紙が増えていて、その前で誰かが指で数えていた。


 偽物が見つかることと、偽物が止まることは、別の話だ。見つけては、突き返す。その繰り返しをしながら、通り全体が、どこか落ち着かない様子だった。


*


 四日目の朝、ヤンが店の裏に来た。


 珍しく、指笛は鳴らさなかった。裏口の戸を三回叩いて、俺が出ていくと、いきなり用件を言った。


「北門の外、荷が止まってる」


「止まってる?」


「昨日の朝から、一台も出てない。門の脇に人が立ってて、荷を通してないらしい。うちのやつらが見てきた」


 ヤンは、それだけ言って、少し考えるような顔をした。


「あんた、あそこの話、知ってるだろ?」


 俺は、答えなかった。


 ヤンは、ふん、と鼻を鳴らした。この子の笑い方だ。


「いいよ。聞かない。……ただ、うちのやつらが見たことは、あんたに言う。それだけだ」


「助かる」


「駄賃は別だからな」


 銅貨を二枚渡すと、ヤンは掌の上でそれを弾ませて、路地の方へ消えた。


 俺は、しばらく裏口に立っていた。


 荷が止まっている。ヴェルナーさんが動いた、ということだ。令状が出たのか、それとも別の何かか。俺には分からないし、聞きに行くのも違う気がした。


 ここから先は、私の番だ。


 あの言葉を、もう一度、頭の中でなぞった。


*


 鐘が鳴ったのは、その日の昼下がりだった。


 最初の一つは、丘の上から鳴った。城の鐘だ。低くて、長い。


 あの日と同じ音だった。


 二つ目が、来た。


 ——速い。


 間が、短かった。一つ目の余韻が消える前に、二つ目が重なって、三つ目が追いかけてきた。畳みかけるみたいに、鐘が急いでいた。


 通りの人が、みんな手を止めて、丘を見上げていた。


「マルタさん」


 振り向くと、マルタさんは店の戸口に出ていた。エプロンで手を拭きながら、丘の方を見て、それから、長く息を吐いた。


「……祝いの鳴らし方だ」


 その声が、少しだけかすれていた。


*


 通りが、沸いた。


 誰が最初に声を上げたのかは分からない。気づいたら、あちこちの店から人が出てきて、口々に何か言い合っていた。向かいの店の親父が、うちの店先まで来て、マルタさんの肩を叩いていった。


「陛下が目を覚ましたぞ!」


「聞こえてるよ」


「聞こえてるって顔じゃなかったぞ、あんた」


 マルタさんは、何も言い返さなかった。それが答えみたいなものだった。


 ハンスは、通りの真ん中で飛び跳ねていた。それにつられてルーチェも台所から出てきて、ハンスの真似をして、二人で意味もなく跳ねていた。


 王が目を覚ましたのは、三日前の朝だという。すぐには公にせず、容体を見て、今日、鐘を鳴らした。


 それを三日隠して、三日後に鳴らす。


 王が倒れたときと、同じやり方だった。


*


 夜、ヴェルナーさんが来た。


 前より、顔の疲れが濃かった。マルタさんが出した湯を、今度はすぐに口へ運んだ。


「まず、集積所を押さえた」


 それが最初の一言だった。


「三日前に、内々に、調べるために、すぐには荷を止めず、帳面と人の出入りを確かめた。表立って封じたのは、昨日の朝からだ」


「三日前……」


「陛下が目を覚ました朝と、同じ日になった。偶然だがな」


「……偶然、ですか?」


「薬を止めれば、いずれ陛下は目を覚ます。それだけのことだ」


 ヴェルナーさんは、湯を一口飲んだ。


「陛下の薬は、集積所で中身を入れ替えられていた。市中の偽物も、同じ場所で作られていた」


「同じ草を、ですか?」


「いや、使われた草は別だ。だが、荷札の付け替え方と、帳面の消し方が同じだった。扱った人間も重なっている」


 王を眠らせるために、薬へ別の草を混ぜる。本物のハクハ草を抜いて、代わりの草を市中へ流す。


 二つは別の荷だった。それでも、触っていた手は同じだった。


 橋の下のエミも、その手で中身を減らされた薬を飲んでいたかもしれない。


「名前は、まだ言えない」


 ヴェルナーさんは、俺の顔を見て言った。


「言えないが、一つだけ教える。捕まえた者の中に、薬草を扱ったことのない人間は、一人もいなかった」


 混ぜているのは、薬草を知っている人間だ。


 あの日、この卓で、この人が言ったとおりだった。


*


 その夜の賄いは、いつもより品が多かった。


 マルタさんが、祝いだからと言って、腸詰めを一本余計に焼いた。ハンスは三本食べた。ルーチェは二本食べて、三本目に手を伸ばしかけて、マルタさんに手の甲を叩かれていた。


 卓には、匙が四本、並んでいた。


 三本しか、動かなかった。


 誰も、そのことを口に出さなかった。ハンスは今日の鐘の話を三回して、ルーチェは笑って、マルタさんは黙って湯を注いだ。四本目の匙は、置かれた場所から動かないまま、灯りを跳ね返していた。


 王が目を覚ましたのだから、あの子は、父親のところにいる。


 当たり前のことなのに、椅子がひとつ空いているのを見ると、胸のどこかが、すっきりしなかった。


*


 片づけのあと、マルタさんが言った。


「坊や。あの子は、しばらく来ないよ」


「……分かってます」


「分かってないね」


 マルタさんは、卓の上の四本目の匙を取って、布で拭いてから、引き出しに戻した。


「陛下が目覚めたからには、あの子には王女様の仕事が戻るのさ。前より忙しくなるよ」


 俺は、何も言えなかった。


 眠っていた方が、そばにいられた。


 そんなことを思ってしまう自分に、驚いた。あの子の父親が目を覚ましたのは、いいことだ。


「顔に出てるよ」


「……よく言われます」


「そういう顔をしておきな。ごまかす奴より、よっぽどいい」


 マルタさんは、引き出しを閉めた。


*


 寝る前に、屋根裏の窓を開けた。


 丘の上の城は、いつもより灯りが多かった。窓という窓に火が入っていて、遠くからでも、人が動いているのが分かる。祝いの支度か、後始末か、たぶん両方だ。


 あの灯りのどこかに、あの子がいる。


 長い机の、決まった席に座っているのだろうか。それとも、目を覚ました父親のそばにいるのだろうか。後の方だといい、と思った。


 鞄の底には、写しが一枚入ったままだ。読めない一行。大書庫の閲覧許可は、王の名がいる。


 王が目を覚ました。だから、道はできた。


 ——それは、数えるべきじゃない。


 あの夜、自分にそう言った。今日も同じことを言う。順番を間違えたら、俺はたぶん、あの子の顔を見られなくなる。


 窓を閉めて、ルームを開いた。


 ルーチェは、もう寝床で丸くなっていた。腹が上下している。頬に色が戻ってから、この子はよく眠る。


 部屋を閉じて、毛布に潜った。


 今日、鐘が急いで鳴った。町の人が喜んだ。眠っていた人が目を覚まして、悪いことをしていた人たちが捕まって、荷が止まった。


 少し前の騒動が嘘みたいに、いいことばかりだ。


 いいことばかりの日に、椅子がひとつ空いているのを、俺は数えている。


 明日も、俺の一日は変わらない。


 四本目の匙だけは、また並べようと思った。

※2026/9/16 台詞を少し修正しました(内容の変更はありません)。

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