第1話:実家暮らしの限界OL、気づけば推しゲーの世界へ
「ただいまー……」
「あらミオ、おかえりなさい。今日も遅かったわねえ。ご飯温め直す?」
「ううん、いい。もう胃袋も限界……」
深夜0時過ぎ。実家のリビングにゾンビのように這い入ると、パジャマ姿の母さんが呆れたような、でも心配そうな顔でお茶を淹れてくれた。
私、神崎ミオ、24歳。学生時代はそれなりにちやほやされる読者モデルだったのに、今の私はブラック企業に勤める正真正銘の限界OLだ。
「おいおい、元カリスマ読モ様がひどい顔してんぞ。またサビ残かよ」
冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、二つ上の兄貴がニヤニヤと笑いかけてくる。
「うるさいなぁ。お兄ちゃんみたいにホワイト企業じゃないのよ。……お父さんは?」
「父さんならもう寝たわよ。ミオの体調をずっと心配してたわよ。……本当にその仕事、辞めたほうがいいんじゃないの?」
「うーん……でも、今辞めても次がないし……」
家族の優しさが五臓六腑に染み渡る。実家暮らしだからこそ、こうやってボロボロになってもなんとか生き延びられているのだ。
適当にシャワーを浴びて、自室のベッドにダイブする。
「あー、やっと私の時間が来た……!」
重い体を無理やり起こしてPCの電源を入れる。起動するのは、私の一番の癒やしであるゲーム『アルケミア・クロニクル』。
メインは錬金術でアイテムを作るゲームだけど、戦闘あり、恋愛要素あり、素材集めから家造りまで詰め込まれた、超ド級のやりこみゲーだ。
「今日は新エリアのBGMでも聞きながら寝落ちしよう……あっ」
立ち上がろうとした瞬間、PCデスクの横に置いてあった未開封の荷物の段ボールに足の小指を思い切りぶつけた。
「いっっっっっっっっっっっった!!」
あまりの痛みに視界が明滅し、そのままバランスを崩して床に後頭部を強打。
ゴンッ! という鈍い音とともに、私の意識はあっけなく暗闇へと沈んでいった。
──実家の自室で足の小指をぶつけて気絶とか、ダサすぎるにも程がある。
「……ん、……朝?」
次に目を開けた時、そこは散らかった自分の部屋ではなく、木漏れ日が差し込むアンティーク調の部屋だった。
ふかふかのベッド。鼻をくすぐる、薬草のような不思議な香り。
「どこ、ここ……?」
起き上がって窓の外を見ると、石畳の街並みと、遠くに見える巨大な風車。
「嘘でしょ、これ『アルクロ』のはじまりの街じゃん!」
鏡を覗き込むと、そこには目の下のクマが完全に消え去り、読モ時代よりもさらに肌ツヤの良い健康的な自分の姿があった。
どうやら私、大好きなゲームの世界に転生(?)してしまったらしい。
「でも私、メインストーリーを追うのと推しキャラを眺めるのばっかりで、やりこみ要素とか全然手をつけてないんだけど……!」
錬金術メインの世界だというのに、レア素材の採取場所も、高度なクラフトレシピも、隠しキャラの存在も、私はほとんど知らない。攻略サイト片手に「へー、こんな要素あるんだ」と眺めるだけのライト層だったのだ。
部屋の隅に置かれた初心者用の錬金釜を見ても、基礎中の基礎である『傷薬』の作り方すら、自分の手で作ったことがないからピンとこない。
「あのブラック企業に戻るよりは全然マシだけど! 家族には急にいなくなって心配かけちゃうな……でも、どうやって元の世界に帰るのかもわからないし、まずはここで生きていくしかないか」
知らないことだらけの世界。でも、だからこそ攻略サイト通りじゃない、毎日が新しい発見になるはずだ。
元限界OLの、手探りだらけで新鮮な錬金術師生活が、今始まった。




