第九章:令和の「鬼」は、パンケーキにひれ伏す
あの最悪で最高の「衝突」から数週間。
どういうわけか、小田壱伽は、歴史オタクの巨漢大学生・権藤勝利を、自分の「専属ペット」兼「プロデュース対象」として、文字通り連れ回しておりました。
「ちょっと、ゴンちゃん! 背筋伸ばして! せっかく私が選んだジャケットなんだから、クマが服着てるみたいに見えないようにしてよね」
表参道の眩しい光に目を細めながら、壱伽は勝利の背中を「バシッ!」と小気味よい音を立てて叩きました。
勝利は「ひゃ、ひゃいっ!」と、およそ猛将とは思えぬ情けない声を上げ、まるで針金を入れられた操り人形のようにギクシャクと胸を張ります。
「す、すみません、壱伽さん……。わたくし、いや、俺……こういうお洒落な場所は、どうにも城攻めより緊張いたしまして……」
「何言ってんのよ、令和に城攻めなんてないでしょ。ほら、今日はここのパンケーキを食べるって決めてたんだから。並ぶわよ!」
壱伽が指差したのは、女子大生が列をなす、原宿でも一番人気の「ふわふわスフレパンケーキ」の店。
勝利は、周囲の可愛らしい女の子たちの中で、一人だけ岩山が動いているかのような異彩を放っておりました。
あまりの緊張に、勝利の手は小刻みに震え、無意識のうちに「……北ノ庄の寒さに比べれば、これしき……」とブツブツと呪文のように唱え始めております。
ようやく席に着き、目の前に運ばれてきたのは、雲のように白く、プルプルと揺れる三段重ねのパンケーキ。
勝利は、その未知の食べ物を前に、まるで爆発物でも処理するかのような真剣な眼差しでフォークを握り締めました。
「な、なんという柔らかさ……。これは、敵の策略か……? 下手に突けば、中から伏兵が現れるのでは……」
「いいから早く食べなさいって! 冷めちゃうでしょ!」
壱伽に急かされ、勝利は意を決して一口、口に運びました。
その瞬間、勝利の脳裏に、かつて北ノ庄で市様が淹れてくれた、あの温かな白湯のような、優しく包み込むような甘みが広がりました。
「……う、美味い……。これは、まるで市様の……いや、壱伽さんの優しさが溶け出したような味がいたします……っ!」
感動のあまり、勝利は大粒の涙をポロポロとこぼしながら、野生の熊のようにパンケーキを頬張り始めました。
しかし、案の定。勝利の大きな鼻の頭には、真っ白な生クリームが「ちょん」と、まるで冬の越前の初雪のように乗っかってしまったのでございます。
「あーあ、もう! だから言ったじゃない、子供なんだから。じっとしてなさい!」
壱伽は呆れたように笑うと、バッグからあの赤いハンカチを取り出し、身を乗り出して勝利の顔を覗き込みました。
そして、母親が泥んこ遊びをした息子を叱るような、けれどどこまでも慈しみに満ちた手つきで、彼の鼻の頭を優しく拭い取ってやるのです。
「ゴンちゃんは、本当に……。放っておくと、何をしでかすか分からないんだから。……私がいないと、あんたダメになっちゃうわよ?」
至近距離で見つめ合う二人。
壱伽の瞳の中に宿る、春の陽だまりのような温かな光に、勝利の鼓動は「ドクン、ドクン」と、戦の太鼓よりも激しく打ち鳴らされました。
「……壱伽さん、俺……俺は、ずっと、あなたにこうして欲しかったような……そんな気がするんです」
勝利の不器用な、けれど真っ直ぐな言葉に、今度は壱伽の方が「……バカね、何言ってんの」と、顔を真っ赤にして視線を逸らしました。
四百年前、血と炎にまみれて交わした「誓い」は、今、生クリームの甘い香りと、若者たちの笑い声に包まれて、最高にハッピーでコミカルな「恋の予感」へと書き換えられてゆくのでございました。




