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Sweet&Cool  作者: みずの
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Link 24  side:Haruka


 マナミ先輩の衝撃的な話を聞いて、その夜安眠できるはずもなかった。体の疲れは感じるのに目が冴えてしまっているこの状態を、ここ最近でどれだけ経験しただろう。

 眠りにつけたのは明け方近くになってからで、せっかく訪れたそれもどこか浅い。やっと本格的に意識を手放した時には、枕元に置いた携帯電話がけたたましいメロディーを奏でた。



 相手を確認するより早く、そこに浮かび上がっている時間を見てしまう。お昼前を指し示すそれに内心で驚きながらも、意外に自分が思ったよりは深く眠れていたことに安堵する。今日が休日で良かった。学校のある日だったら遅刻どころの騒ぎではない。



「…はい」

 寝ぼけながらも通話ボタンを押して、電話を耳にあてた。時刻を確認するのに気をとられて、相手の名前は見ないままだ。

『おはよう、お寝坊さん』

 それでも休日に似合う爽やかすぎる声の主が誰なのか一瞬で気づいて、私は思わず全身を悪寒が駆け巡るのを感じた。



「休みの朝から気持ち悪い」

 思わずといった感じで呟くと、電話の向こうで一真は「…なんだと」といつもの声色に戻して凄む。

『お前が昼まで寝てやがるから爽やかに起こしてやったんだろうが』

 ありがたくもない親切を押し付けられて、私は苦笑い気味にため息を漏らした。


「何か用?珍しいね、休みの日に電話してくるなんて」

『まぁ1時間くらい前から電話もメールも何回もしてるんだけどな』

「えっ、嘘っ!全然気づかなかった」

『……お前、昨日の今日でよく眠れるよな』

「……これでも明け方までは眠れなかったんだから」

 答えると、電話の向こうで一真が声をたてておかしそうに笑う。何がおかしいのかこちらにはさっぱりだったけれど、あえてそこには突っ込まずに本題を切り出した。



「それで?どうしたの?」

『お前、今からうちに来いよ』

 相変わらず突拍子もない男だ。平然と何でもないことのように言って、こちらの返事を待つ。…いや、『待つ』という言葉は正確じゃないかもしれない。どうせ有無を言わさないに決まっているんだから…。



「何で?」

 代わりに、理由を尋ねてみた。正当な返事が返ってくるとは思えなかったけれど、私だっていつでも言うことを聞くわけじゃない。

『まさかお前、警戒してんのか』

 理不尽大王は鼻で笑うように、そんな問いを投げかけてきた。


 だから、私も言い返す。

「当たり前でしょ」

 ベッドから床へ足を下ろして、ゆっくりと立ち上がった。

「いくら友達でも、男一人暮らしの家に行くわけないでしょ」

 そう続けると、電話の向こう側からは今度こそ本格的な笑い声が聞こえる。その声に思わずムッとしたが、一真にそれが伝わったかどうかは定かじゃない。


『俺がお前に手出すとでも思うか?』

「万が一ってことがあるでしょ」

『お前がAカップのうちは安全だから安心しろ』

「失礼ね!これでもBはあるわよ!」

 挑発されるように大声で言い返してから、私はハッと我に返る。マズイと思った時にはもう、一真は見えない向こうで大爆笑していた。


『じゃあな、今から30分後にお前の家の近くまで直に行かせるから』

「さ、30分で用意できるわけないでしょ!?しかも何!?向井くんがいるなら最初からそう言いなさいよ!」

『直だけじゃねぇよ。うちには真帆と華江もいるし』

「最初からそれ言えばさっきの会話必要なくない!?」

 あぁ、ダメだ。これじゃ完全にあっちのペースだ。わかってはいるのだけれど、私は叫ぶのを止められない。喚くように言い捨てて、私は電話を切ってから猛スピードで着替えと身支度を整え始めた。




******



 奇跡的に30分で全ての用意を終わらせた私は、家を飛び出して少し行った先で向井くんと合流した。そこから一真の家までは電車で一駅乗ればすぐだった。私は行ったこともないその場所に、向井くんは何度も訪れたことがあるらしく慣れた調子で案内してくれる。


「そもそも、何で今日皆が集まってるの?」

 私の歩く速度に合わせてゆっくり歩いてくれている向井くんを仰ぎ見ながら、私はそんなことを尋ねていた。


 七夕祭りは例外だったけれど、休日に5人が勢ぞろいしたことは今までにない。女同士や男同士で遊びに行ったりしたことはあるし、向井くんと華江が一緒に出かけたりすることはあるみたいだけれど、全員が揃うことはなかった。

 どう説明しようか考えめぐらせたのか、しばらく目を所在なげに動かしていた向井くんがやがてこちらを振り返る。

「それは後で一真に聞いて」

 答えにならない答えを返されて、私は小さく吐息を漏らした。




 一真が住んでいるというマンションは、高校生が一人で住むとは思えないような高級マンションだった。…前から気になっていたんだけれど、一真は結構なお坊ちゃんなんだろうか。金銭的に裕福さを感じさせるところが今までにもあったから、そんなことを漠然と思う。

 元より、昨日マナミ先輩の家に驚いたばかりなので、今の私はちょっとやそっとくらいの金持ちじゃビックリもしないかもしれないけれど。


 オートロックをエントランスで開けてもらって、向井くんに促されるまま8階へと向かう。5部屋しかないうちの一番奥まで行くと、鍵を開けてくれてあったらしく向井くんがそのままドアを引いた。


「意外に早かったな」

 玄関に踏み入ると、奥から顔を出した一真が俺様口調でそう言う。

「おかげさまで」

 プゥッと頬を膨らませながら短く答えて、私は玄関で靴を脱いだ。短い廊下を抜けた先に、一人暮らしにしては贅沢なリビングがある。入った瞬間に少し焦げたような香ばしい匂いがして、私はその元を視線で追った。



「こ、焦げた!華江!」

「あら、どうしようかしら」

 どうやらそこにあるカウンターキッチンで、真帆と華江が何やら昼食の用意をしているらしい。後ろから近寄ってそこを覗くと、裏面がびっちり焦げてしまったお好み焼きにパニックになった真帆とそれでものんびりしている華江。

 どうしようもなにも焦げてしまったものは仕方ないだろうし、そもそもどうもできないと思う。後ろから真帆の手にしたフライ返しを奪い取り、私はその無残なお好み焼きをひっくり返してみた。


「これくらいなら大丈夫でしょ」

 裏面を下に戻して隠しながら、私はそれをそのままお皿に盛り付ける。

「あら、ハルカ早かったわね」

「えぇっ?でも真っ黒だよ!?」

 どこまでもマイペースな華江のセリフと、お好み焼きの焦げにこだわる真帆の言葉が同時に重なった。そのどちらにも頷いて返して、私はニッコリ笑って見せた。

「大丈夫大丈夫。これくらいの焦げ、人間なら無理でも理不尽大王様なら…」

「聞こえてんだよ、ハルカ」

 近くにいないと思っていた理不尽大王が、いつの間にか戻ってきて後ろにいたらしい。冷たい声音で私にそう吐き捨ててきたので、思わず私は肩を竦めて見せた。…大体、お昼時だからってこの2人に料理をさせる辺りが間違っていると思う。そもそもこの「お好み焼き」というチョイスがよく分からない。



 不器用な2人に代わって手早く人数分のお好み焼きを作るのを引き受けると、お皿に移し終えた頃には全員から「おぉー」と賞賛と拍手をもらった。お好み焼きくらいでこれほど褒められるとは思わなかったけれど…。


「で、今日は何なの?」

 テーブルについて、いただきます、と手を合わせた後、私はそこにいた全員を見比べながら尋ねた。ダイニングテーブルは狭いので女三人で占領し、一真と向井くんはソファの前にあるローテーブルで箸を進めている。当の一真は答えそうにないと思ったのか、私の目の前で真帆が「実はね」と口を開いた。



「今日一真に呼ばれてさ、話、全部聞いたんだ」

「…話?」

 小首を傾げながら尋ね返した私の手からソースを取りながら、真帆は小さく頷く。

「春日先輩の、話」

 返ってきた言葉に、思わず私は隣のテーブルの一真の方を振り返った。



 マナミ先輩の話……というと、昨日私と一真が聞いたというあの話だろう。

 彼女の傷すら全て曝け出してしまったのかと思うと少し複雑で、私は眉を寄せて一真を見る。だけど理不尽大王の方は、その視線に気づきながらも何食わぬ顔で焦げたお好み焼きを口に運びながら答えた。

「頼まれたんだよ」

と、短く。



 怪訝な表情をして、私は無言で続きを促した。

 それがわかったからか、一真もまっすぐにこちらを見つめ返してくる。



「昨日の夜、愛海先輩から電話があった」

 持っていた箸を一旦そこへ置いて、一真はそう続けた。

「できれば、真帆たちにも自分の話をしておいてほしい…って。ちょうど今日は休みだし、誰が聞いてるかもわからない学校でするような話じゃなかったからな」

 …だから、真帆たち3人をここに呼んだ…ということだろうか。それにしてもどうしてマナミ先輩が真帆たちにまで昨日の話を聞かせたかったのかがわからない。本当なら、誰にでも話せる話じゃないと思うのだけれど…。



「七夕祭りで迷惑かけたから、って言ってたな」

 私の疑問なんてお見通しなのか、タイミングよく一真がそう言葉を継いだ。

「あの時、俺たちの中に入ってきたことと、そのせいで色々気を遣わせたことを気にしてたみたいだ」

「………」

「…まぁ、それだけじゃねぇと思うけどな」

 続いた一真の言葉に、私だけでなく真帆たちも首を捻りながらそちらを振り返る。



「本当は、ハルカに気を遣ったんじゃねぇかと思う」

「……私?」

「だってお前、今までタクミ先輩のこととか真帆たちに相談してたのに、今回全てがはっきりしたからってこいつらに全部話せたか?」

「………」

 尋ねられて、私は思わず口ごもった。

 確かに、私は今まで感謝してもし足りないくらい真帆たちには相談に乗ってもらってきた。できれば自分の状況を全て報告していきたいところだけど、今回ばかりはそうもいかないと思っていたところだ。マナミ先輩とタクミ先輩の関係の真実がわかっても、それを全て私が話してしまうのはどうかと思ったから。

 いくらなんでも人の過去を晒すのは気が引ける。



 マナミ先輩は、そんな私の考えもお見通しだったのかもしれない。だからこそ、真帆たちには全てを話してもいいと言ってくれたのかもしれなかった。



 もちろん、真帆たちが決して口外しないことも先輩はわかっているんだろう。




「…で、お前はどうするんだよ」

 不意に、一真がそう話をこちらへ振る。恐らく、私をもここへ呼んだのはそれが聞きたかったからなんだろう。

「『どうする』って…どういうこと?」

 聞き返さなくても分かっていたはずだけれど、私はこの時こう返す以外に術がなかった。




「昨日、別れたらしいぜ、あの2人」

 続いた一真の言葉に驚いたのは、私だけでなく真帆たちもだった。全員が箸を止めてバッと顔を上げる。そこにいた全ての視線を受けながらも、一真はピクリとも表情を変えずに続けた。

「愛海先輩が電話で言ってたから間違いねぇよ」

「………」

 瞬時に胸の中を何かが駆け巡っていく感覚に襲われ、私は目を見開いたまま動けずにいる。受けた衝撃のあまりの大きさに対応しきれず、そのまま一真をまっすぐに見つめ返すしかなかった。



「お前はどうするんだ?」

 2回目の、同じ質問。

 尋ねられて、私は思わず視線を逸らしてしまう。自問するように、一真の問いを胸の内で繰り返した。



「……どうもできないと思う」

 逡巡した挙句、そんな情けない一言が口から零れ落ちる。そう言った途端、一真がスゥッと目を細めたのがわかった。



「私には、どうする資格もないと思うから」

「……拓巳先輩が愛海先輩じゃなくてお前のこと好きなのはもういい加減分かっただろ?」

 私のセリフに言葉を重ねてきたその問いに、小さく首を振るしかできない。

「それでも…私、先輩に嘘をついたから」

 まだ4人に話していなかったことを、私はポツリと口にした。華江がどこか心配そうに、真帆が少し驚いているように私を見ているのが分かる。



「七夕の時…私、先輩に嘘をついたの」

 その時のことを思い出して、ズキリと胸が痛んだ。先輩が言おうとした「何か」と…それを遮ってついた嘘を。思い出すだけで、胸が悲鳴を上げて軋む。



「他に、好きになりそうな人がいる、って」

 まっすぐに私を凝視する一真の前で、向井くんが私に気を遣ってくれたらしくこちらからわずかに視線を逸らした。今の私は、自分で思うより相当ひどい顔をしているんだろう。それだけ胸の痛みは肥大して止まない。



「だから、先輩のこともう待てないって…先輩のこともう好きじゃないって、言った」

 私の痛みを感じ取ったのか、真帆が泣きそうに顔を歪めた。



 そう、全てが遅すぎたんだ。今マナミ先輩とタクミ先輩が別れたところで、既に私にはどうすることもできない。不本意とはいえ、あの嘘でタクミ先輩を傷つけたのは事実だ。そんな私が、今更どうやって「嘘でした」なんてまた彼の前に出られると言うのだろう。少なくとも、そうできるほど私は神経が太くない。



 だけど、後悔はしていない。

 だってあの時はああいう以外自分には方法がなかったから。ああやってタクミ先輩を遠ざける以外、自分は器用には立ち回れなかっただろうから…。



「だから、仕方ないの」

 私の言葉の強さから決意のようなものを感じ取ったのか、誰もそれに意義を唱えることはなかった。ただ、一真がポツリと呟く。いつもの俺様口調ではなく…どこか深い静かな声で。


「…バカだな、お前も拓巳先輩も」

 その一言に、私は悲しい表情で苦笑いを浮かべるしかなかった。






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