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Sweet&Cool  作者: みずの
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Link 18  side:Haruka


 私の今の気持ちと裏腹な天気が、少しばかり恨めしかった。真っ白い大きな雲を、絵に描いたような快晴。クーラーのない教室では、下敷きで扇がないと汗が滲んでくる。こんな時に、近くのお金持ちな私立高校が本気で羨ましくなったりした。



「ハルカ、今日放課後なんかある?」

 昼休みになって、お昼を食べ終えた頃に真帆がそんな声をかけてきた。

「んーん。何もないよ。なんで?」

「じゃあさ、駅前のカフェ寄ってかない?」

 そう言う真帆の瞳が、キラリと光った気がする。…何となく嫌な予感がして、「……何かたくらんでる?」と聞いてみた。



「だって、まだ昨日のこと何も聞いてないもん」

 真帆がはっきりとそう言うと、前の席で華江が「そうねぇ」とニッコリ笑顔で同意した。

「あれから2人で消えちゃってさ。何かあったでしょぉー」

 嫌なニヤニヤ笑いで続ける真帆は、漫画ならまるで悪役のようだった。そんな2人の様子に肩を竦めながら、そ知らぬ顔で私は食べ終えたお弁当の箱を片付け始めた。…大体、『2人で消えた』って人聞きの悪い言い方をしないでほしい。そのまま解散、って言ったのは皆の方なのに。



「別に、特には何も…」

「うそばっかり!ハルカが行方不明になったって知った時のタクミ先輩の慌てぷりっからして、何もないわけないもん」

「……」

 時々、妙なところで真帆は鋭い。観念して、私は大きくため息を漏らした。元より、今すぐには説明するのが面倒だっただけで、隠すつもりはなかった。

 それに、私の方にも2人に聞きたいことはあった。結局、マナミ先輩が一緒にいたのは一真だったのか、とか。そもそもどうしてそういう状況になったのか…とか。



「わかった、今日の放課後話すよ」

 約束して、私はお弁当の包みを鞄の中に戻した。



「ハルカちゃん」

 そんな私に、クラスの女の子が声をかけてくる。そちらを振り返ると、一番廊下側に近い席の子がそこに立っていた。名前は知っているけれど、それほど話をしたことはない相手だ。

「廊下で、ハルカちゃんのこと呼んでる人がいるけど…」

 続いた彼女の言葉に、私はドキと胸が一瞬跳ねるのを感じた。…タクミ先輩なわけはないけれど、前にこういうシチュエーションがあっただけに、一番に先輩の顔が浮かんでしまったんだ。



 ……そんなわけ、ないのに。


 先輩が私を訪ねてくるなんてこと、きっともう2度とない。私から会いに行かなければ、もう顔を合わせることもほとんどない。前に先輩から『迷惑だ』と言われて…一度疎遠になってしまった時、全然会えなくなってしまったように…。


 でもそれも今回は私自身が選んだ道なんだから、後悔することはないけれど。



「……あ」

 廊下に出た私の姿にそんな声を上げたのは、長身のシルエットだった。それが誰なのかを認識して、私はタクミ先輩じゃなくて残念なようなホッとしたような…不思議な感覚に襲われた。

「ごめん、急に呼び出して」

 少し慌てたように言って、隣のクラスの長谷川くんはニッコリ笑って見せた。



 教室のドアのところで話していても邪魔になるだけなので、数歩だけ横に移動する。それについてきてくれた長谷川くんに、「どうしたの?」と尋ねてみた。

「あ、実は…良かったらこれ、一緒にどうかなと思って…」

 そう言って長谷川くんが出してきたのは、映画のチケットだった。前から私が見たかった…というか、明らかに女子高生受けしそうな恋愛もの。それが長谷川くんとは接点がなさそうなものだったので、私は思わず瞬きを繰り返してしまった。


「いや、あの、無理にとは言わないんだけど…これ、人からもらったやつだからせっかくだし…」

 少し赤面しながら言う彼は、かわいらしい感じがした。クールなタクミ先輩とは違う…全く別の男の子だ。


「前のカラオケも、昨日の七夕祭りも…俺、夏川とあんまり話できてないから」

「……」

 そう続けた長谷川くんに、私はどう返事をしようかと思いながらも不意に顔を上げた。だけど、差し出されたチケットから彼の顔を見上げる瞬間…長谷川くんの後ろに、ちょうどそこへやってきた人影が目に映る。

「!」

 その姿を両の目で捉えて……私は思わず、大きく息を飲んだ。



 長谷川くんの声が、聞こえてしまっていただろうか。いつもの無表情…むしろ目線は私たちの方を見ようとはしないタクミ先輩が、そこにいた。


 私の驚いた顔を見て、長谷川くんも後ろを振り返る。タクミ先輩の姿に気づいて、彼は何かを言おうとしたのか口を開きかけた。

 長谷川くんはタクミ先輩の弓道部の後輩だから…もちろんお互い知らない仲じゃない。挨拶でもしようとしたのかもしれなかった。だけど、それもタクミ先輩の行動に遮られる。長谷川くんが何かを言うより前に、タクミ先輩はちょうどそこにある教室のドアから出ていこうとした人物を見つけて、声をかけた。


「向井くん」

 呼びかけられた向井くんの方は、そこにタクミ先輩がいるのに少なからず驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔を浮かべて見せた。

「タクミ先輩、こんにちは。昨日はありがとうございました」

 礼儀正しく頭を下げる辺り、向井くんは律儀だと思う。つられて少し笑い返したタクミ先輩が、「こちらこそ」と言いながら何か持っていたものを彼に差し出した。何かの資料なのか…数枚の束になった紙だった。


「来週からの風紀委員の登校指導、当番だから渡してくれって頼まれたんだ」

「あー、そっか。そうですよね。そろそろ回ってくるなぁとは思ってたんです」

 受け取りながら、向井くんはそう相槌を打った。

「あれ?そう言えば当番は各学年縦割りだから…タクミ先輩とは一緒ですよね」

「そうだね」

 同じF組だから…だ。向井くんの言葉に軽く頷いたタクミ先輩は、「それじゃ」と身を翻そうとした。



「わざわざありがとうございました」

 お礼を言う向井くんに、タクミ先輩は笑って首を振る。そのまま歩いて行ってしまいそうになった彼に、「タクミ先輩」と声をかけたのは他でもない、長谷川くんだった。

 呼び止められた先輩が振り向くと、長谷川くんは「こんにちは、お疲れ様です」と体育会系の部員にふさわしい挨拶をする。「お疲れ」と笑って応じた先輩は、それでもそのまま踵を返して行ってしまった。



 …私の方は、見ないままに。聞かれてしまったのかもしれない。長谷川くんとのやり取りを…。昨日、タクミ先輩に嘘まで吐いて拒んだ私が「聞かれたくなかった」なんて言うのは身勝手だってわかっているけれど…。

 それでもやっぱり、聞かれたくなかった。

 「好きになりそうな人がいる」と嘘をついたけれど…それが長谷川くんなんだろうかとか、具体的な勘違いをされたくなかった。本当に、自己中心的な思いだ。



「…長谷川くん」

 タクミ先輩への挨拶を終えてこちらを向き直った彼に、私は呼びかける。自分を見下ろす優しそうな彼をまっすぐ見つめてから、私は頭を下げた。

「…ごめんなさい。映画は…行けません」

 ここでタクミ先輩への想いを失った痛みを、長谷川くんで癒せたならどんなに良かっただろう。だけどそんなのは彼に失礼だと思ったし、何より今の私に他の男の子と遊びに行くなんて精神的余裕はない。


 昨日、七夕祭りでつないだ手を離したのは私だけれど…。でも、長谷川くんとデートしたところで、思い出すのはきっとあの時のタクミ先輩の手の温かさだろうから。


 だから私は、はっきりと断る以外にどうすることもできなかった。




 長谷川くんは本当にイイ人で、「そっか」と呟くと笑って「ごめん、時間取らせて」と言ってくれた。そのまま去って行く後ろ姿に、申し訳なさはもちろんあったけれど…。どうすることもできずに、私はそれを見送るしかない。




「賢明な判断だな」

 不意に頭上から声が降ってきたのは、その数秒後のことだった。


 ちょうど長谷川くんが角を曲がって、その後ろ姿が見えなくなった頃。頭の上からのそんな一真の声に、私は仰向くように上を向いた。

「どこ行ってたの。お昼先に食べちゃったよ」

 言うと、一真は「お前は俺の女か」と苦笑い気味に言った。


「ちょっと屋上で休もうと思ったんだけどな」

「うん?休めなかったの?」

「……まぁ、それは後だ。それよりお前、意外にちゃんとしてんだな」

 『意外に』という言葉が引っかかったけれど、一真が言わんとしているのは恐らく長谷川くんにきっちり断りを入れたことだろう。盗み聞きしてたの、とか、色んなツッコミはしたかったけれど一真が真顔だったので敢えて言わないでおく。


「それより、屋上がどうかしたの?」

「お前、今日の放課後時間あるよな」

 私が尋ねると、一真がそんな質問返しをしてくる。…いや、質問というよりは…有無を言わさぬ確認と言ったところだ。


「放課後はダメだよ。真帆と華江と約束があるもん」

 はっきりと言うと、私は教室の中へ入る。自分の席へ向けて歩き出すと…一真もそれについてきた。

「そんなもん明日でもいいだろうが」

 また始まった、と思いながらも、私は「今日は何」と眉を寄せて尋ね返す。


 一真の俺様発言にはもう慣れている。一応聞くだけ聞こうとして尋ねると、そこにいた真帆と華江も何事かとこちらに興味を示した。

「今日、ちょっと付き合ってほしいとこがあるんだと」

「……誰が?」

 第三者のことを指し示すような言い方だったので、私は眉を上げて一真を見た。互いに隣同士の自分の席に座りながら、一真が続ける。

「愛海先輩が」

と、意外な一言を答えとして寄越してきた。



「……マナミ先輩が? 誰に?」

 思わず目を見開いて聞き返すと、一真は「俺とお前」と指を指しながらはっきりと答える。ますます意味がわからなくて首を傾げたけれど、一真はそれ以上詳しい話はしてくれそうになかった。



 何となく空気を読み取ってくれたらしい華江と真帆が、「うちらのことは明日でいいよ」と遠慮して言ってくれる。それに頭を下げて謝っておいて、私はふとマナミ先輩のことを思った。



 マナミ先輩が…私と一真に、何の用があるんだろう?



 考えたってわかるわけはなかったけれど、どうしても頭の中から離れない。そんな疑問符を抱きながら、私は放課後までの長く感じられる時間を過ごすことになった。






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