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Sweet&Cool  作者: みずの
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Link 6  side:Haruka


「『恋人ごっこ』? そう言ったの?一真が」

 翌日の1時間目は、担当の現代文の教師が出張で休講になった。真面目に自習をする生徒なんてそうはいない。例に漏れず不真面目に屋上へと移動して、私は華江からそんな問いを受けた。



 …昨日の、一真とタクミ先輩の会話について話していたところだ。



 私と一緒にその一部始終を目撃していた向井くんから、昨日大体の話は聞いていたらしい。心配そうにしてくれていた華江と、まだ何もしらない真帆に話をする為、2人をここへ連れてきた。


 ここならそう人は来ないだろうし…こういう話をするのにもってこいだと思ったから。



 華江の問いに、私は大きく頷き返す。反対側の隣で、真帆も軽く小首を傾げて見せた。



「…それって…どういうこと?」

「……さぁ」

 考えたってわかるわけはない。タクミ先輩から何か説明してもらえたわけでもないし、何より先輩に何かを尋ねてはいけない気がした。聞きたい気持ちは、もちろんあったけれど…。




 ただ私にもわかったのは、一真とタクミ先輩が昔からの顔見知り…ということは、恐らく同じ中学出身なのだろうということ。そこから推測されるのは、前に一真が「ずっと好きな人がいる」と言っていた相手がマナミ先輩なんじゃないかということ。


 タクミ先輩とマナミ先輩の自宅(それと出身中学)は、この高校からは相当離れた距離にある。そのせいで、毎年彼らの中学からこの高校へ進学してくる人はほぼ皆無だと聞いたことがあった。だから、今の在校生の中でも一真を除けば2人以外にはその中学出身の生徒はいないはずで…。そうなると、一真の想い人はマナミ先輩以外にありえなくなる。



「一真が春日先輩をねぇ…」

 意外そうに呟いて、真帆はどこか感心したように息を漏らす。

「でもそれだけでタクミ先輩にそんな態度? …何かあるわよね」

 華江も推理する探偵かのように…口元に長い指を当てて呟いた。



 …そう、きっと一真は何かを知っている。だからこそ『恋人ごっこ』なんて言ったんだろうし…。恐らく、私たちには未だ知る由もない…タクミ先輩とマナミ先輩の秘密を知っているんだろう。



「ねぇ、それだったらさぁ」

 持っていたピーチティーに口をつけて、真帆が改めて口を開く。華江とそちらを一緒に振り返ると、ストローを弄びながら続けた。

「一真に聞いてみれば済む話じゃない?そうしたら、何でタクミ先輩がハルカのこと気になりながらもマナミ先輩と別れられないのか…とか、『恋人ごっこ』の本当の意味とか……全部わかるんじゃない?」

「……」

 真帆の言葉を受けて、華江は何も言わずに私を振り向く。私の意見を尊重しようと、口を挟まないスタイルを通すようだった。



「…それは…いいや」

 少しだけ考えてから、私は小さくそう答えた。



 多分、真帆の言うとおりだろう。一真なら…私の気になっていることの大半を答えられる気がする。

だけど……。



「…それじゃ、意味がないんだ」

 ポツリと呟くように言うと、2人はただ私の言葉に耳を傾けてくれる。そんな2人を見つめて…私は、答えた。


「私が知りたいことは、確かにいっぱいあるよ。でも、その答えの全ては…タクミ先輩の口から聞かないと意味がないの。…あの時、私…先輩が全部話してくれるの待ってるって言ったし」

「……ハルカ…」

 他人の口からなんて聞きたくない。それはきっと…タクミ先輩の本意でもない。



「当たり前だ」

 華江が何か言いかけた時、私たちの後ろから不意に声が降ってきた。驚いて3人で振り返ると、そこに立っていたのは機嫌の悪そうな一真。それとその後ろには、私たちがここにいることを一真に話してしまったらしい向井くんの申し訳なさそうな顔。…恐らく、理不尽大王に脅されたんだろう。



「いくらムカついてるって言ったって、他人の話を俺がベラベラ喋るわけねぇだろ」

 …それは確かにそうだ。いくら一真でも、言っていいことと悪いことはわかっているはずで…。

 きっとタクミ先輩とマナミ先輩の事情というのは、そんな秤にかけるまでもないくらいに深刻なものなんだろう。



「でもな、一個言っといてやる」

 不機嫌そうに前髪をかきあげながら、一真はまっすぐに私を見下ろした。

「お前がいくら待ったって、拓巳准一はお前に本当のことなんて話さない」

「………」

 きっぱりと言い切った一真を、私は睨むわけでもなくただ見上げる。そんな一真の瞳に映った苛立ちは、私へ向けられたものではなかった。


「…何でよ。何でそんなことわかるのよ!」

 答えない代わりに、真帆が一真の方へ一歩進み出る。大声で問われた一真は、そんな真帆をチラリと一瞥した。

「『何で』?…そんなの、決まってる」

 鼻で笑うように、嘲った。



「あの男は、自分が一番かわいい『偽善者』だからだ」



 地を這うような、一真の低い声。それだけタクミ先輩への憤りが深いことを物語っている。けれど、私はそれをどこか遠くで聞いている感覚に陥ってしまっていて…。ただ眉をひそめて、一真をまっすぐに見た。



「…誰の…話をしてるの?」

 一真に、そう問う。



「一真の言ってるタクミ先輩の話は…私は別の人の話にしか聞こえない」

 どうしても、信じられない。タクミ先輩が、そんな風に言われるべき人とは思えないから。




 先輩が抱える真実がどんなものであるかなんて、知らない。だけど、それがどうあっても…私が知るタクミ先輩は変わらない気がする。


 無表情で無口で、ちょっとクールだけど…。

 でも、フワッと柔らかく笑ってくれる時があって。

 いつもさりげないところで優しく気遣ってくれる人。




「お前が信じるかどうかなんて、どうでもいい」

 吐き捨てるように、一真は言う。どうしてそこまで冷たい声が出せるのか…私はどこか冷静に疑問を抱いていた。


「だけど俺にとっては、それが事実だ」


 …かわいそうな人。

 …ただ、そんな風に思ってしまう。




 一真の言ってることは、恐らく正しい。『偽善者』で『自分が一番かわいい』タクミ先輩、それが一真の中での事実だ。





 誰かが、昔言っていた。

 事実は、人の数だけある…と。



 人によって、考えや感じ方は違う。同じ物事や人を見ても、それに対する印象は十人十色だ。

 だから、タクミ先輩にそういう負の印象を持っている一真を、誰も責めることなんてできない。それは一真の感じ方であって、そこに正しさは不問なはずだ。


 彼の中でのそんなタクミ先輩像が『事実』であり、私にとってはそうじゃないだけのこと。…それが、ただ一つの『真実』だ。





「…よし」

 そこまで考えて、私はポン、と手を打った。それまで肩を怒らせていた一真が、スッと眉をひそめる。

周りの3人も、不思議そうに私を見た。


「一真の言いたいことは、よくわかったよ」

 一歩彼に近づいて、私は再びその整いすぎた顔を見上げる。



「一真、今日の放課後、皆でカラオケ行こう」

「……は?」

 突拍子もない私の言葉に、4人が同時にそんな間の抜けた声を上げた。



「だって、よく考えたらタクミ先輩とマナミ先輩のことで私たちがケンカするなんておかしいでしょ?」

 ニッコリ笑って、そう言ってやる。

「だから、仲直り」

 続けた言葉に、4人はそれまでの流れも忘れてしまったかのようにキョトンとしていた。




 それから一瞬後、華江と真帆と向井くんが、同時に吹き出す。

「ハルカ、何を言うかと思ったら~」

「や、でも夏川らしい」

 笑う3人を前にして、一真は「はぁ」と大きくため息を吐き出した。呆れたような吐息の後に、改めて私を見下ろす。



 その目にはさっきまでの苛立ちは消えていて、代わりに「仕方ねぇなぁ」と言いたそうな色。



「お前ホントにバカだよなぁ」

 嘆息したような呟きを漏らした。


「…聞き捨てならないんですけど」

 笑って言うと、そこでようやく一真も苦笑いを零す。





 タクミ先輩が抱えていて、一真が知っている『真実』。


 一真が言うように、私がそれを知ることができる日はもしかしたら来ないかもしれない。



 それでもその道を選んだのは他でもない私で…。




 今更、それを後悔するはずもなかった。





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