第256話 聖戦の宣言
コンクリートの段を靴底が打つ音が、狭い縦穴に反響する。
階段を上るにつれて、壁面を這う配管の太さが増していく。
レオニスが前を歩き、彼の手にある鞄の革が階段の手すりに擦れる音が連続して鳴る。
踊り場に到達し、平坦な通路へ足を踏み出した。
私は壁に這う金属の管に耳の側面を押し当てた。
目を閉じ、管の内部を伝わる音を拾う。
大量の電流が流れる低いハム音。
真空管が熱を帯びる微細な破裂音と、複数の機械を冷却するファンの回転音。
「この通路の突き当たりよ」
私は目を開けず、壁に向かって口を動かす。
「建物の全ての音声出力と、電力の供給を管理している部屋の作動音が集約されているわ」
レオニスが靴音を殺して通路の奥へ進む。
私も壁から顔を離し、抱えたファイルの表面を強く握り直して彼の背中を追う。
突き当たりの金属扉の前に立つ。
レオニスが鞄を床に置いた。
底面がコンクリートに触れる鈍い音が鳴る。
彼は扉の取っ手に手を掛け、押し下げると同時に肩から扉に体重をぶつけた。
金属の蝶番が限界まで曲がり、扉が壁に激突する大きな音が鳴る。
部屋の中には、壁一面に並んだ金属の計器類と、多数の配線が繋がれた操作盤が設置されている。
操作盤の前に座っていた男が、肩を跳ねさせて振り返った。
男の手が腰へ伸びる前に、レオニスの靴が床を蹴る。
レオニスは男の胸倉を掴み、そのまま背後の計器盤へ向かって体を押し込んだ。
男の後頭部が金属のパネルに激突し、硬い衝突音が部屋に響く。
男の体から力が抜け、椅子の脚が床を擦る音を立てて崩れ落ちた。
私は部屋に足を踏み入れ、背後の扉を閉める。
抱えていたファイルを操作盤の空いたスペースに置き、表紙を開いた。
ファイルの間から、金庫室で回収したもう一つの物品、黒い円盤を取り出す。
表面に細かい溝が刻まれたレコード盤。
私はそれを操作盤の隣に設置された蓄音機の台に置き、中央の金属軸に固定した。
操作盤の表面には、建物の各所へ伸びる真鍮の端子と、それを繋ぐケーブルの束が並んでいる。
計器の針が不規則に揺れ、ランプが明滅を繰り返している。
部屋の隅に設置された確認用の小型スピーカーから、男の声が絶え間なく出力されていた。
教祖の肉声。
上層の広間に集められた群衆に向けて、マイクを通した声が反響している。
『我々の財を奪い、信仰を汚す者たちが外にいる』
スピーカーの表面を覆う布が振動し、低い音を室内に吐き出す。
『聖戦の時だ。不浄なる者を排除し、この街を教団の手に取り戻すのだ』
声の波に合わせて、遠くの天井越しに群衆の怒号と足踏みが地響きとなって伝わってくる。
床のコンクリートが微かに揺れ、計器のガラス面が軋む音を立てている。
「広間の信者たちを暴徒に変えて、街の警備と衝突させるつもりね」
私は操作盤の端子から、広場の外部スピーカーへ繋がるケーブルを引き抜いた。
金属の接続部が外れる高い音が鳴る。
「免税された寄付金を武器に変え、暴動を盾にして自分だけが安全な場所へ逃げる。債務者の逃亡手続きとしてはありふれた手法だわ」
レオニスが床に倒れた男を部屋の隅へ引きずり、配電盤の主電源の前に立つ。
彼は両手に厚手の革手袋を嵌め直した。
「音声の経路を切り替える準備をしろ。合図とともに元の配線を物理的に切断する」
私は蓄音機の横にある切り替えスイッチに指を掛ける。
金属のレバーを押し込み、出力先を先ほど引き抜いた外部スピーカーの端子に繋ぎ変える。
針の先端をレコード盤の溝の上に移動させ、指先で金属のアームを固定した。
スピーカーからの教祖の演説がさらに音量を増し、群衆の足音が建物の構造を揺らし続けている。
レオニスが配電盤のカバーを素手で掴み、金属の板を強引に引き剥がした。
固定のネジが床に転がる音が、演説の声の下で乾いて響いた。




