第233話 未払い賃金の扇動
革が擦れる音に続き、レオニスがホルスターから銃を抜き出した。
彼は銃のグリップの底で、机の上に置かれていた通信機の筐体を打ち据える。
硬質なプラスチックが割れる高い音が部屋に響き、内部の配線がむき出しになった。
彼は引きちぎった太いコードを手に取り、机に伏せさせられた男の腕を背後に回して縛り上げる。
コードの被膜が男の衣服の布地に食い込む摩擦音が鳴る。
男の口から漏れた呻き声は、床に転がされた際の鈍い衝突音に掻き消された。
私は机の上に散らばった紙幣の束をかき集め、空になった金庫の底にあった厚手の布袋に放り込んでいく。
束の端が擦れ合う乾いた音が室内に連続する。
「未払い賃金と退職金の現物支給ね」
袋の口の紐を引き絞り、持ち上げる。
布地が重力で引っ張られ、繊維が軋む音が鳴った。
「手数料を引いても、労働者たちに配る分は十分に確保できているわ」
レオニスは倒れた男から離れ、壁に固定された大型の配電盤の前に立つ。
彼は銃の先端を金属カバーの隙間に差し込み、手前に向かって強く引く。
金属が歪み、固定用のネジが外れて床に落ちる音が響いた。
カバーを床に放り投げ、むき出しになった配線の束を革手袋で覆われた手で掴む。
彼が腕を後方へ引き抜く。
火花が散り、焦げた樹脂の匂いが室内の空気に混ざった。
直後、天井のランプが明滅を繰り返し、完全に消灯する。
壁の下部に取り付けられた非常用の赤いランプが点灯し、部屋を低い光量で照らし出した。
「警備システムと電子錠への電力供給を物理的に切断した」
レオニスが引き抜いた配線を床に捨てる。
「収容区画の檻の固定機構が外れる」
彼は配電盤の横に設置されたマイクの台座へ顔を向けた。
私は袋を足元に置き、マイクの前に立つ。
台座の金属スイッチを指の腹で押し込む。
カチリという音の直後、マイクの先端から低いノイズが漏れ始める。
「施設内で労働している全員に告げるわ」
私の声がマイクに拾われ、施設中のスピーカーから出力される。
壁の向こう側、施設の深部から、反響した自分の声が重なって耳に届いてくる。
「あなたたちの未払い賃金と退職金は、私たちが回収した」
私は足元の紙幣の入った袋を靴の先端で軽く叩く。
布越しに紙幣の束がぶつかる重い音が鳴る。
「タダ働きを終わらせる時間よ。出口を塞ぐ警備を殴り倒して、自分の金を受け取ってから帰りなさい」
マイクのスイッチを元に戻す。
低いノイズが途切れ、室内に静寂が落ちる。
コンクリートの壁の奥、下層の区画から物理的な振動が伝わってきた。
無数の靴底や素足が床を蹴る音。
金属のツルハシや鉄棒が壁や檻の柵を打つ硬い衝突音。
大勢の怒声が重なり合い、巨大な騒音の塊となって建物全体を震わせ始める。
階下の通路から、警備の軍靴が慌ただしく走る音が聞こえてくる。
短い発砲音が鳴るが、怒号の波に飲み込まれてすぐに掻き消された。
レオニスが銃を構え直し、部屋の扉の方へ体を向ける。
「暴動が始まった。警備の注意が下層へ向かっている間に、引き込み線の機関車を確保する」
彼は扉の取っ手に手を掛け、内側へ引いた。
私は足元の布袋を持ち上げ、肩に掛ける。
重量が肩の筋肉に食い込むのを感じながら、彼の後に続いて薄暗い廊下へ足を踏み出した。
下層からの騒音が、通路を伝って鼓膜を強く圧迫し続けている。




