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あの伯爵令嬢には悪魔が憑依している。後編


 部屋から出るなと言われ、やることもなくて暇なので私は中の人との対話を続けました。まあ分かったことといえば、この人は気弱な私とは真逆の、強気で勝気な性格ということくらいですが。


 ふと窓の外に目をやると空は夕焼け色に染まっています。

 思えば半日も部屋に閉じこもっていました。決して出ないように言われましたが、そろそろ一度出てみましょうか。ご飯やおやつはメイドさんが持ってきてくれたものの、やはり夕食とその後のお茶は自分で好きなものを選びたいですし。学園で辛い思いをしている私は家でくらいは自由にのびのび暮らす権利があると思います。


(あんたって結構ず太い神経してるな、気弱なわりに。学園でのいじめも辛いと言いつつ平気そうだった)


 学園なんてあと一年で卒業ですし、その後にものを言うのは家の力です。あのリーダーの令嬢はよく分かっていなかったようですけど、いずれ思い知りますよ、伯爵家と男爵家の力の差を。

 それより、あんたではなく名前で呼んでください。自己紹介したでしょう。


(気弱で陰気か……、えーと、何て名前だっけ?)


 ネイミアですよ、ネイミア。


(そうだったな、……うん、ネイミア?)


 どうかしたのですか?


(いや、聞いた覚えがあるような……、ないような……)


 まさか記憶が戻りそうなのですか? 私の名前はお婆様にあやかって付けられたものです。お婆様は若くしてご病気で亡くなったそうですけど、王国正騎士団の団長までお務めになった立派な方だったらしいので。


(……本当に何か思い出しそうだ。そういえば、この屋敷もこの部屋も、私は知っている気がする)


 それってどういうことでしょう。

 私が首を傾げたその時、扉をノックする音が室内に響きました。


「ネイミア、少しいいかしら」


 扉の向こうから聞こえてきたのはレアベルお母様の声です。私が返事をするとそのまま用件を。


「内務調査局の方があなたから話を聞きたいと仰っているのよ。こちらにお通しして構わないかしら?」

「な、内務調査局ですか……!」

「怖い気持ちは分かるけど、女性の方お一人だから安心して。あなたは私に似て気弱だけど、神経はず太いからきっと大丈夫よ」

「……私、そんなに神経がず太いでしょうか。まあ、お通ししてください」


 そう応じるとお母様は部屋の前から去っていきました。

 私がため息をついていると、中の人が何やらそわそわしているのが伝わってきます。


(ネイミア、今の人は……)


 私の母、レアベルですよ。それがどうかしましたか?


(分からない……、けど無性にそわそわする)


 さっきからおかしな悪魔さんですね。

 それより、大変なのは内務調査局の方がここに来るということです……!

 内務調査局とは王国内の治安を司る騎士団の部局で、主に貴族や騎士の不祥事を担当します。案件によっては人や事実を闇に葬るという噂も。騎士団の機関の中でも影の掃除屋と呼ばれている恐ろしいところです。

 悪魔に憑依された私も闇に葬られてしまうのでは!


(おいネイミア、もう私を悪魔で確定させてないか?)


 もう悪魔でも何でもいいです、この際! あなたに戦ってもらうしかありません……!

 などと思っている間に再び扉をノックする音が。


 部屋に入ってきたのは、聞かされていた通り一人の女性騎士でした。スラリとした体型で髪が長く、目つきは少し鋭い美人な方です。年齢は二十代半ばくらいでしょうか。

 彼女はまず私に対して一札。


「内務調査官のエレノーラです。ネイミア様、あなたとあなたの中におられる方について、少しお話を伺ってもよろしいですか?」


 や、やはり悪魔憑依の件で調べにきたのですね!


(このエレノーラという騎士……、かなり腕が立つぞ)


 別に知りたくもないのに内側から情報が寄せられ、私の焦りは加速します。よく見ると彼女は剣を二本も持っていますし、早々に私を葬るつもりかもしれません!

 私の視線が自分の武器に釘付けになっているのに気付き、エレノーラさんは微かに笑みを浮かべました。


「ネイミア様を捕まえる気も、まして斬り捨てる気もありませんよ。多くの貴族が通う学園で起きた事件ですので、一応私達がきちんと調査しているだけです」

「そうなのですね……。ですが、私の中の人は全く記憶がないようでして」

「そのようで。しかし、ここまでの学園とこの屋敷での調査で、その正体に一定の見当がつきました」

「本当ですか! やっぱり悪魔ですか!」

「悪魔ではありません。今からそれを確認したいので、ネイミア様、中の方と代わっていただけますか?」


 と要望をいただきましたが、表に出ますか?


(出よう、私も自分が誰なのか気になる)


 私が体の主導権を移すと、エレノーラさんはすぐにそのことに気付いたようです。持っていた二本の剣のうちの一本をこちらに渡してきました。

 受け取ったそれをまじまじと見つめる私。


「不思議だ、とても手になじむ」

「特別な物ではなく、騎士団で使われている一般的な剣ですよ。手合わせ、お願いします」


 言うが早く、エレノーラさんは剣を鞘から抜いていました。気付いた時には刃がもう私の首元まで。


 は、速い! 斬り捨てられてしまいます!

 しかし、首が胴から離れるより先に私の抜いた剣が受け止めていました。

 心臓が口から飛び出そうな思いとは裏腹に、私の顔には余裕の笑みが。


「ふふ、やっぱりいい腕をしている。望むところだ」


 こっちは全く望んでいません!

 私が内側で悲鳴を上げている間に、もう一人の私とエレノーラさんは幾度も剣と剣を合わせていました。

 やがて体の主導権が戻ってきた時、私は放心状態に。


(いやー、楽しかった。おい、大丈夫か?)


 ……だ、大丈夫です。何度か死ぬかと思いましたが、ず太い神経のおかげで何とか大丈夫なようです……。

 ぐったりとベッドに腰かける私を見て、エレノーラさんは申し訳なさそうに頭を下げてきました。


「ネイミア様には刺激が強かったですね、すみません。あともう一つ、中の方に確認です。魔法は雷属性の他に水属性も扱えますね?」

(ああ、その通りだ。騎士の基本は二属性習得だからな)

「使えるそうです。え、あなた、悪魔じゃなくて騎士なのですか?」


 私の問いに答えたのはエレノーラさんの方でした。


「はい、ネイミア様。あなたの中におられるのは、剣姫と呼ばれた先々代の騎士団長にしてあなたのお婆様、レイミア様です」

「へぇー……、……え! お婆様なのですか!」


 衝撃の事実に私は思わずベッドから立ち上がっていました。

 ……私が聞かされていたお婆様のイメージとずいぶん違う気がするのですが。いえ、それよりもしそうなら私は偉大なお婆様をずっと悪魔呼ばわりしていたことに……。


(別にいいよ。そっか、私の名前はレイミアか。うーん、もうちょっとで色々と思い出せそうなんだけど、今一つ記憶がぼやけてるな)

「今一つ記憶がぼやけているそうです」


 そう伝えるとエレノーラさんは一冊の本を取り出しました。


「これはネイミア様のお母様、つまりレイミア様の娘であるレアベル様からお借りしたレイミア様の日記になります」

「なるほど、それを読めば思い出すかもしれませんね」

「はい、ですがもっと効果的な方法がありますよ」


 とエレノーラさんが言った直後、部屋の中の空間が突然ジジジジッと歪みはじめました。

 なななな何ですかこれは! まるで現実が侵食されているようです!


(落ち着け、大きな魔力の波動を感じる。たぶん彼女の魔法だ)

「エレノーラさんの魔法なのですか!」


 尋ねると内務調査官の女性は頷きつつ日記のページをめくりました。


「私の固有魔法で〈空間再現〉と言います。名前の通り、過去にその場で起こった事柄を見ることができる魔法です。聞いた話によれば、この部屋はかつてレイミア様がお使いになっていたそうですよ。今から最後の日記が書かれた日の彼女に会いにいきます」


 エレノーラさんが説明を終えると空間の歪みは一層激しく砂嵐のように。


 ――――。



 思わずしゃがみこんでいた私は、砂嵐が収まっているのに気付いて立ち上がりました。

 部屋の設えは変わっていますが、ベッドは同じ場所に置かれています。そこで私とよく似た女性が体を起き上がらせて日記を書いていました。年齢はおそらく三十前後でしょうか、かなりやつれて見えますし体調も悪そうです。

 日記を書き終えた彼女はそれを横の机に置き、頭の髪飾りを外しました。


「……もう、あまり長くないか。窮屈な家に生まれたけど、それなりに好き勝手に生きてきたから後悔はない。……ただ一つ、思い残すことがあるとするなら、レアベルのことだ。まだ四歳で、あの気弱な性格……。あの子を置いていくことだけが、心残りでならない……!」


 そう呟くと彼女、レイミア様はゆっくりとベッドに横に。涙を浮かべながらぎゅっと髪飾りを握り締めました。


「……できることなら、この先、何年も何十年も一緒にいて、あの子の力になってあげたい……!」


 ……見ているこちらにも、痛いほどにその思いが伝わってきます。

 私の中で一緒に過去の自分を見ていたレイミア様が、いつになく静かな声で言いました。


(…………、……思い出したよ、全部思い出した。……私はこの数日後に世を去ったんだ)


 その後は、気付いたら私の中にいたそうです。

 これをエレノーラさんに話すと彼女は頷きを返してきました。


「おそらく、髪飾りが媒介となってネイミア様の中に転生したのでしょう」

「……そんなことって起こりうるのでしょうか?」

「実際に起きていますし、思いと状況が重なったゆえの奇跡かもしれませんね」

「なるほど……」


 ……確か、髪飾りを壊されそうになったあの時、私自身も誰かに助けを求めた気がします。レイミア様は私の呼びかけに応えて、時間を越えて助けにきてくれたということでしょうか。


 いつの間にか周囲の風景は元の私の部屋に戻っていました。

 周りを見回しながらふと私の中に疑問が。


「エレノーラさんはどうして、私に憑依したのがレイミア様だと見当がついたのですか?」

「こちらの屋敷に伺う前に、まず学園の調査を行ったと言ったでしょう。現場の教室でも〈空間再現〉を使いまして、それでもしやと思いました。男爵家の令嬢を組み伏せた技は騎士団の格闘術でしたし、纏っている魔力も王国でトップクラスの量でしたので。あとはこちらでレアベル様から髪飾りについて伺い、日記を読ませていただいて確信しました」


 こ、この人、すごく仕事ができます……! たった一人で、事件からわずか半日で真相に辿り着くなんて!

 本人の能力が高い上に〈空間再現〉なんて便利な魔法まで使えるとか有能すぎでは……?

 余計なこととは思いつつそう私が言うと、エレノーラさんは大きめのため息をつきました。


「おかげで、私のところには奇妙で厄介な案件ばかり回ってくるのですよ……。とにかく、レイミア様に約束していただいてください。令嬢方にむやみに雷を撃たないと。もちろん氷漬けにするのも駄目です」

(……記憶が戻ったからもうやらないって。私はこの王国の民を守る組織の長だったんだぞ……)

「もうやらないそうです。獣に理性が芽生えたように別人になりました」

(一言多い孫だな)

「ではこれで調査は終了です。きちんと報告を上げておきますので、ネイミア様は今まで通りにお過ごしください」


 とエレノーラさんは部屋の扉へと歩いていきます。


 ……はぁ、よかったです。私には今まで通りの日常が戻ってくるのですね。いえ、もういじめられることもないでしょうし、今まで以上の日常では? 最高ではないですか!


(うんうん、よかったな。なんだかんだ私のおかげだぞ)


 …………、あれ?

 私は急いでエレノーラさんを追いかけ、その体にすがりつきました。


「全然今まで通りではないです! 私はいつまでお婆様と体を共有するのですか!」

「……お亡くなりになる前、何年も何十年も、と仰っていたのでそれくらいかと」

「ほぼ人生ずっと一緒では!」

「……調査は終わりましたので、私はこれで」


 無情にも私を残してエレノーラさんは去っていきました。

 体の内側からやけに陽気な雰囲気が伝わってきます。


(こうなったものはしょうがないし、これからよろしくな、我が孫よ)


 ……本当に、もうしょうがないですよね。よろしくお願いします、レイミア様……。

 とりあえず、今から会いにいきますか?


(ん? 誰にだ?)


 私のお母様であなたの娘にあたる人に、ですよ。


(あ、ああ、そうだな……。会いに、いこうか)


 レイミア様からは、今度は少し緊張しているような雰囲気が伝わってきました。


 事情を理解したレアベルお母様とレイミア様がどのような再会を果たしたか、野暮なので言わない方がいいですね。


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