水路での任務:2
「準備はいいか?」
水路の周りに集まった集団のうち、一人が皆に問いかける。
今回、警備隊の任務は水路に密集発生したヒル型の怪物の討伐である。
問いかけを行ったのはボンド・レリス。
集まった隊員達は彼の問いかけに頷きだけでこたえる。
「隊長、地上部隊準備整いました。」
ボンドは手に持っていた箱型の魔術具に話しかける。
するとその魔術具からも「了解」と警備隊隊長、エレノアの声が返ってきた。
これは電気と音の白魔術を組み上げた魔術具である。
組み上げるには白魔術錬金術を使って素材を作り上げなければならないのだが、その分利便性は抜群。
2個1対になっており、離れた場所からも通話が可能という代物だ。
しかし、親機の方は背負うほど大きなケースを持ち歩かねばならず、そのケースがないと子機との連絡は取れないのだが………
「では隊長、武運を祈ります。」
場所は変わり、地下水路内。
「ああ、地上の方の指揮は頼んだぞ。」
エレノアはそう言い、子機の通話を終了する。
「聞いての通りだ、ルカ。」
エレノアは自分の持つリードの先、ぷるぷる震えている大型犬に目をやる。
「ひえぇ……はいぃ………」
もうそれはもう慌てまくっており、後ろ脚はガクガクと小鹿のように震えている。
「なんだ?武者震いか?」
エレノアが皮肉っぽくいうと
「そんなわけないじゃないですか!怖いんですよ!!」
と泣きながら返ってきた。
(だんだん返しに遠慮がなくなってきたな。)
そう思うエレノアだが、それだけ余裕がないのだろうと思うと哀れに思えてきた。
「心配するな、何匹か漏れ出てもそこは我々で駆除してやる。」
エレノアはぽんぽんとルカの肩を叩くが、ルカの顔には心配しているのはそこじゃないという表情が読み取れた。
(なんかだんだんコイツ……可愛く思えてきたな。)
ゴブリンを使役している商隊でもゴブリンの世話係はだんだん愛着がわいてくるらしい………
もしかすると自分もそんな感じになってきているのかもしれない。
「隊長、そろそろ……」
地下部隊のメンバーがエレノアに話しかける。
「ああ、そうだな……各自、装備の点検を入念にしておけ.、少しでも隙間があったら感電するぞ。」
地下部隊が現在装備しているのは対電気装備である。
これもまた白魔術錬金術によって編み出された伸び縮みする特殊な素材を使い作られた装備で、服の内部に水が染み込んでくることもなければ、電気も通さないと言う代物だ。
「あのー……それなんですけど……」
ルカはおずおずとエレノアに尋ねる。
「私、その……ソレないんですけど………」
ルカが来ているのは【神隠し事件】依頼ずっと着ていたため、すっかりボロボロになってしまった区庁舎の制服であった。
あの日、希望に胸を膨らませ袖を通した名残は見る影もない。
「お前のその脚に合うものがなくてな……すまない。」
今のルカの後ろ脚は犬のような形状をしているため、ズボン型のこの装備は着用できないのである。
「えっと……私感電しちゃうんじゃないかなぁ……って………」
ルカは苦笑いをエレノアに向け、訴える。
「感電しないように注意するしかないな、脱出の際は私が背負うしかないか。」
エレノアから返ってきた答えはだいぶあっけらかんとしたものだった。
「では、ルカ……突入してこの放電魔術の込められた筒を奴らの中枢に設置してこい、お前が戻って来しだい、放電魔術を解き放つ。」
エレノアはそう言いながらルカに起動スイッチを見せる。
「……………はい…」
ひどく頼りない返事をしながら、ルカはとぼとぼと怪物達の密集している方へと歩き出した。
「大丈夫なんですかね……あの怪物」
部下の一人がエレノアに尋ねる。
「大丈夫だろ、文句を言いつつもやることはやる奴だ。」
エレノアは実際彼女をそう評価している。
一般人だった彼女が急に怪物に改造されて、警邏とはいえ、一つの任務をやり遂げた………。
普通だったら自暴自棄になってもおかしくはない。
「あれで肝は据わっているからな。」
そういうエレノアの眼差しの中にはヒル型の怪物の群れの前で「うわぁ……」とか「ひぅ」とか言いながら恐る恐る暗闇に入っていくルカの姿があった。
ルカは悪戦苦闘しながらも奥へ奥へと進んでいく。
進むたびに怪物の密集度合いは強くなっていき、踏み出したり、手を出したりするたびにヌチャァ……とかネチョォォとか聞こえて来る。
その度にルカは「うぅ……」とか「うぇぇ……」とか言いながら進んでいる。
しかし触ろうが、踏んづけようが、周りの怪物達はなんの反応も示さない。
まるでルカが周りのヒル型の怪物と同じようにただただそこにいて当たり前の存在だと示すように。
(うぅ……やっぱり私…怪物になっちゃったんだ………)
ルカは心のどこかでまだ動物と縫い合わせられ、くっつけられただけで怪物にはなってないんじゃないかと思っていた。
だからこそ今回の任務も不安だったりしたのだが………
これで否応なく自身が立派な怪物であると証明されてしまったわけだ。
「襲われなくて安心したような……現実を突きつけられて悲しいような…………」
ルカはため息を漏らすと身体に当たる感触をなるべく意識しないように我慢して進む。
(だいたいこの身体……尻尾のせいでいらないところにも触覚があって嫌なんですよ……)
尻尾という本来ないはずの部位が足されているせいで通った後の道もヒル型の怪物の粘液に悩まされてしまう。
尻尾だけではない。
脚だっていままで慣れ親しんできた足とかってが違うせいで上手く前進できず、結果長くこの空間に居座らなければならなくなる。
「もう冷水でいいから早く返ってこのネトネト落としたい………」
そう文句を言いつつも前進をしていると、やがて硬い壁に行き着いた。
どうやらここが終着点のようだ。
(ここがこの水路の終わり……ということはやっと引き返せる!!)
ルカはパァッと気分が明るくなるのを覚えた。
こうなったらさっさと引き上げてこんなところからおさらばしよう!そう思えたのだが………
(待って………中間点ってどこ………?)
今の今まで必死に前進していくことしか頭になかったために中間点を探るのを失念していた。
それよりもこの怪物達が密集している中で、景色も大して変わらない水路の中でどう目星をつければいいものか。
(これって………もしかして…………)
ルカは嫌な答えを導き出しそうになっていた。
感情がそれを否定する。
しかし理性はそれこそが答えだと告げている。
「何往復か……しないと…………ダメ…………?」
ルカは自分が奈落に落ちていくような感覚を覚えたが、すぐにネタリ…とした感触が現実に引き寄せて来る。
「ひうっ!」
情けない声をあげ振り向くと、ちょうど自分の尻尾の上をヒル型の怪物がのそりのそりと通過していくところであった。
実際は短い時間であったが、かなり長く感じてしまう。
「な…………なんでこんなことに……………」
ルカはぶつくさ文句を言いながら来た道を引き返していくのだった。
また往来することを覚悟して…………