黙って我慢していてもいいことなんてなかったので、これからは幸せになります(ミア視点)
上岸真来は私の元恋人であり、婚約者だった。
真来には、高校生のときに告白された。自分に自信がなく、この先誰も恋人なんてできないんじゃないかと不安だった私は、「私なんかのことを好きになってくれる人がいるなんて」と、彼の告白をOKしてしまったのだ。
それから、彼にとって理想的な恋人になろうと、お弁当を作ったり部屋を掃除してあげたり、彼に尽くしてきた。
やがて成人して、真来は私にプロポーズしてきたのだ。
――「美亜、俺と結婚してくれ。俺、お前のこと幸せにしてやる!」
今にして思えば、「どの口が言ったんだよ」と真顔になってしまう。妹と浮気して私を捨てて、幸せどころか不幸のどん底に突き落としたくせに。
だけど当時の私は、喜んでそのプロポーズを受けてしまい、真来とは婚約者ということになった。
だけど、私――
本当に、真来と結婚したかったんだろうか?
真来からプロポーズされたとき、確かに私は「安心」していた。
恋人くらいいなければ「普通」じゃないと、年頃になったら結婚するのが当たり前だと思っていたから。
世間の定義した「普通」から外れることが怖くて、目に見える「普通」のレールに乗ることで安心を保とうとしていた。だから真来みたいな男からのプロポーズでも、喜んで受けてしまったんだ。
だけど、「世間」とか「普通」って、一体なんだったんだろう?
私は、誰の目を気にしていたんだろう。
両親? 近所の人達? 名も知らない社会の人々?
どうして、私は――
自分を大事にしてくれない人達の顔色ばかり窺って、黙って我慢しながら生きてきてしまったんだろう。
◇ ◇ ◇
「よし! 今日から、新しい挑戦よ」
ある日のこと。私はヴォルドレッドと共に、王宮の庭園に出ていた。
「本日は何をなさるのですか、ミア様?」
「異世界と繋がる実験。手紙を送ることには、おそらく成功したし。次の段階に進もうと思って」
メイちゃんから返事があったわけではないので、手紙が本当に彼女に届いたのかは定かではないとはいえ……。私の書いた手紙が、魔法陣によって、少なくともこの世界からは消えた。確証こそないけれど、多分物質を異世界に転移させる魔法が成功したのだと思う。
「今日実験するのは、異世界との通話よ」
「通話……伝令魔石を用いた、遠く離れた相手との会話のようなものですか」
「そうそう。そんな感じ」
異世界に、肉体ごと行き来することはかなり困難だ。メイちゃんのときだって、魔竜の宝玉を使ってやっと実現したレベルである。
だけど魔力を使った通信なら、できるかもしれない。それができれば、またメイちゃんと会話することだってできる。
私はさっそく、聖女の力で魔法陣を展開させる。これまで、メイちゃんを元の世界に送ったり、手紙を届けたりしたときの魔法を応用して構成した魔法陣だ。
魔法陣が強い光を帯びる。異世界と繋がることに成功したのだろうか? ためしに、呼びかけてみることにした。
「もしもし、もしもーし、美亜です。……誰か、聞こえてる人、いませんか?」
「……美亜?」
「えっ……」
魔法陣から、声が聞こえてきた。
私を呼ぶ声。だけど、メイちゃんの声ではない。
この声は――
…………私の、実の両親だ。
「美亜⁉ 美亜なの⁉」
「お前、今までどこで何していたんだ!」
一瞬だけ、「もしかして心配してくれていたのかな」なんて思ってしまったが――
「お前が突然いなくなったせいで、俺達がどれだけ大変だったと思ってるんだ!」
「この親不孝者! 早く帰ってきて、昔みたいに家事をやりなさい! 今こそ親に恩を返すため、私達のために働くべきでしょう!」
自分の親とはいえ、あまりの成長のなさに愕然としてしまった。
あなた達は、何も変わらないのね。
でも、私は変わったの。
もう、黙って我慢していた私は、どこにもいないのよ。
すっと息を吸い込み、冷静に告げる。
「久しぶりに娘の声を聞いて、かける言葉が、それなの? 信じられないわ。そんなふうに、私を心配してくれもせず便利に使おうとする人達のところに、帰るわけないでしょう」
「な……なんだ、その言い方は! お前、離れている間に、ずいぶん生意気になったな!? 嘆かわしい!」
「そうよ、そんな言いぐさ、酷いわ! 私達が悪かったってこと!?」
こう聞かれて即答で「そうだよお前が悪いんだよ」とはっきり返せる人って、あまりいないと思う。優しい人ほど、相手に面と向かってそう言うのを躊躇してしまうから。こんなの、こちらに罪悪感を植え付け、「そんなことないよ」とか「そうじゃないけど」とか、そういう言葉を引き出すためのやり方じゃないだろうか。
だけど、私はもう我慢も遠慮もしない。
ひどく冷めた気持ちで、怒鳴ることも泣くこともせず、ただ静かに告げた。
「そうよ。逆に、自分達が悪くないと思っているならびっくりだわ」
「な……」
声だけでも、両親が驚愕しているのがわかった。
何年経っても、この人達の中で私は、自分達が支配できる子どもであり、便利な道具だったのだろう。
「私はあなた達のお世話ロボットじゃないわ。意志のある、一人の人間なのよ」
「なんなの、その口の利き方! 誰が産んでやったと思ってるのよ!」
「まともに育ててくれなかったくせに、見返りだけは求めようなんて図々しいのよ。それに私は、昔からずっと家事をやっていたでしょう。今まで十分働いていたわ」
「俺達を見捨てるのか!? なんて冷たいんだ!」
「見捨てられるようなことをしてきたのが悪いんでしょう」
「人の心がない! 悪魔!」
「あなた達の召使いみたいにこき使われ続けるくらいなら、悪魔で結構よ」
過去の私は、誰かのために尽くすことこそが優しさなのだと思っていた。怒るのであれば、他人のために怒ることこそが正義であり、自分のために怒ることは我儘なような気がしていた。
だけど、私は私のためであっても、怒ってよかったのだと。今は、そう思う。
だからもう、何を言われても惑わない。
私を大切にしてくれない人々の言葉なんて、従うだけ無駄なのだから。
「信じてくれないだろうけど、私、異世界にいるの。こっちの世界で愛する人を見つけて、幸せにやっているのよ。もう結婚式の日取りも決まっているから。あなた達のもとには戻らないわ。絶対に」
私が元の世界と行き来する方法を探しているのは、メイちゃんに会いたいから。そして、元の世界の物事をヴォルドレッドと共有して楽しみたいからだ。
元の世界に帰ったとしても、両親のところに戻って世話をする気は毛頭ない。
「異世界? 何よそれ、わけのわからないことを……。だけど、結婚するのね? なんだ、そこだけはまともにやっているのね。いつまでもお嫁にいかないなんて、おかしいものね」
「まともか? よくわからないが、結局、男に縋って生きていく気なんだろう? 甘えた娘だ、恥ずかしい」
(……馬鹿らしい)
結婚するのが普通だとか、逆に結婚しないことこそが正しいとか、どうでもいい。何が幸せかなんて人によって違う。自分と違う道を選んだ人達を否定したいわけでもない。
ただ、私は私の進みたい道を進む。それだけだ。
「あなた達がどう思おうが、何を言おうが、私は自分にとって幸せな人生を、自分で選択しただけ。……そして」
今まで淡々と話をしてきたけれど、私はふっと、笑みを浮かべる。
それは、憑き物が落ちたような。晴れやかで、清々しい笑顔だ。
「私の幸せな人生に、あなた達はいらないわ。……さようなら、家族『だった』人達」
そう言って、通話を切った。
浅く息を吐き出す。なんだか心が軽くなって、だけど満たされている気がした。
意図せず両親に繋がってしまったときは、運が悪かったと思ったけれど、ある意味よかったかもしれない。
過去と、決別できたから。
……どうして昔の私は、周りの目なんて気にしながら生きてきてしまったのだろう。
世間の声なんて気にしていたって、そんな人々が、私の人生に責任を負ってくれるわけではないのに。
昔は、周囲に嫌われることが怖かった。お前は優しくないと、心がない人間だと言われるのが怖くて。理不尽だと思うことにも「嫌だ」とはっきり主張することができなかった。
(だけど、今は違う)
「お見事でした。さすがはミア様。あなたは本当に、清々しくて心地のいい人です」
「……ふふ。ありがとう、ヴォルドレッド」
黙って我慢していた私は、もういない。
私の愛した人は、今のこの私を愛してくれる。誰よりも、私を大切にしてくれるから。
「……あのね。私、昔は、誰かに幸せにしてもらえるのを待っていたのかもしれない。黙って我慢して、人の言うことを聞いていれば、いつか報われる日が来るんじゃないかと思っていた。でも……」
愛おしい紫の瞳をまっすぐ見つめ、告げる。
「誰かに幸せにしてもらおうとすることが、多分間違いだったわ。自分のことは、自分で幸せにする」
「ミア様……」
「だから、ヴォルドレッド。私はあなたの隣で勝手に幸せになるから、あなたも私の隣で勝手に幸せになりなさい」
なんて ロマンチックさの欠片もない言葉。
でも、こういうのが、私達にはお似合いなのだ。
「はい。あなたの隣にいられること自体が、私にとってかけがえのない幸せですから」
「あら、奇遇ね。私もなのよ」
「気が合いますね、私達」
「ふふ、そうね」
クスクスとくすぐったい笑い声が重なり、曇りのない笑みを交わす。
私は私を幸せにする。そんな私を見て、彼も幸せになってくれる。
ヴォルドレッドとなら、この先もそんなふうに生きていける。そう信じられる。
(ヴォルドレッド。あなたと出会えて……本当に、よかった)
穏やかに笑い合いながら、溢れ出る幸福が涙の粒に変わるように、目の奥が熱くなった――
◇ ◇ ◇
……そうして、私とヴォルドレッドの結婚式の日が訪れた。
「ミア様、ヴォルドレッド、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「美しい花嫁姿だな、ミア」
「二人の結婚、誠にめでたいぞ!」
リースゼルグやフローザ、リュー、それにユーガルディアの国王陛下も来てくれている。皆、皆、私にとって大切な人々だ。
大勢の人々からの、めいっぱいの祝福を受けながら――愛する人と向かい合う。
「……ミア様」
新郎の衣装を着たヴォルドレッドは、息を呑むほど美しい。そんな姿で見つめられたら、幸福でとろけてしまいそうになるけれど……なんとか自分を律し、彼の瞳を見つめ返した。
「愛しています。この先も、共に幸せになりましょう」
「ふふ。ええ、もちろんよ」
やがて唇を寄せられ、目を閉じた。
心から幸福を感じる。人生で一番幸せだけれど、ここがゴールなんじゃない。
私達の人生は、この先も続くのだから。きっとこの先も、「今が人生で一番幸せ」と思える日を、何度も重ねてゆくだろう。
もちろん、黙って何もしないままでは幸せは手に入らない。彼とこの先も幸せで在り続けるために、私は私のやるべきことをする。私はこの先も、そういう自分でありたい。彼に好きになってもらえる自分……そして、自分で自分を好きになれる、自分に。
「私も愛しているわ、ヴォルドレッド。……この先も二人で、幸せな道を突き進むわよ!」
この作品はこれにて完結です。
私がなろう様で連載した中では一番長く続けられた作品であり、ネット小説からは初の書籍化で、久々に出版させていただいた作品でもありました。
ここまで続けてこられたのは、読んでくださった皆様のおかげです。
完結まで見守っていただき、本当に、本当に、ありがとうございました!!
なお、書籍版2巻は本日発売です。TOブックス様の新レーベル、Celicaノベルス様より発売中です。書き下ろし番外編があり、イラストも美麗ですので、お手にとっていただけますと最高に嬉しいです~!






