「リボンをかけて、贈ります」(メイ視点)
私が異世界から元の世界に戻ってきて、数ヶ月が経った。
毎日学校に行って、勉強して、友達と好きなアニメとかについて話したりして……。
そんな何気ない日々を過ごしていると、異世界に行ったなんて夢だったんじゃないか、なんて思ったりもする。
(でも、あれが夢だったはずがない)
私は異世界で、小さい頃に私を育ててくれた、ミアお姉ちゃんと会った。
お姉ちゃんと異世界で、街を見て回ったり、舞踏会で踊ったり、たくさん思い出をつくった。
異世界に行ってしまった当初は、元の世界にはもう戻れないんだと諦めて、落胆を隠してなるべく普通にふるまっていたけど……。ミアお姉ちゃんは、私の寂しさに気付いて、私が元の世界に戻れるように、手を尽くしてくれた。横暴な勇者にも屈せず、魔竜だって倒してくれた。お姉ちゃんは……本当に優しくて、素敵だった。
異世界で過ごした日々に思いを馳せながら、街中を歩く。
今日は休日だから、何か本でも買ってこようと思ったのだ。
異世界転移を経験した今、前から好きだった異世界系作品が、もっと好きになった。そういう作品を読んでいると、お姉ちゃんと過ごしたあの世界の空気を思い出せるみたいだからだ。
(ん……)
書店に行く途中の道――小さな雑貨店の前を通り過ぎるところで、窓辺にとあるものが飾ってあることに気付く。
(これ、ミアお姉ちゃんが好きそう)
細かく細工がされた、とても綺麗な小物入れだ。だけどお値段は私でも手が届く範囲だった。
(そういえば、もうすぐお姉ちゃんの誕生日だ)
お姉ちゃんにプレゼントしたいな、と思うけど……。
(買ったところで、もうお姉ちゃんには渡せない……お姉ちゃんには、会えないんだよね)
一瞬そう考えてしんみりしてしまい――あえて軽く首を横に振って、お店の中に入った。
「すみません、この小物入れをください。プレゼント用にラッピングしていただけますか?」
「ありがとうございます。ラッピングですね、かしこまりました」
私は異世界に行った当初、「元の世界に戻ることはできない」と言われていた。だけどミアお姉ちゃんは、その不可能を可能にしてみせた。無理だと言われていた元の世界への帰還を、成し遂げてくれたのだ。
ならその私が、「もうお姉ちゃんに会うことは不可能」なんて、くよくよするのは嫌だ。私も、お姉ちゃんみたいに心の強い人になりたい。たまに落ち込む時があったって、なるべく前を向いていたいんだ。
(どんなに無謀だと思ったって、また会える可能性は、ゼロではないかもしれない)
だってお姉ちゃんは、今も異世界で生きているんだから。……なら、また会えるって信じていてもいいはずだ。
そんなことを考えているうちに、店員さんがラッピングを終えてくれた。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます!」
これは私にとって、お姉ちゃんとの再会を信じる、お守りのようなもの。
(もしもまたお姉ちゃんに会えたら、渡そう)
淡い祈りのような感情を胸に、店を後にした。
◇ ◇ ◇
(うん。いい買い物ができた)
ホクホクした気持ちで帰路を歩いていくと、ふと向かい側から、男子の集団が歩いてくるのが目に入った。私服だから一瞬わからなかったけれど、同級生の人達だ。
「お、阿久井じゃん」
彼らはニヤニヤと、ちょうどいい暇潰しの道具でも見つけたかのように笑う。
「なあお前さ、ちょっと前、一週間行方不明だったんだろ? 何してたんだよ」
「なんか、ヤバいことしてたんじゃねえの」
「もしかして男関係? お前、おとなしそうな顔して、そういうトコあるんだ」
「なあ、俺らともイイコトしようぜぇ」
(……馬鹿だなぁ)
彼らに対して冷めた気持ちになるのと同時に、お姉ちゃんのことを思い出す。
傲慢な自称勇者やその婚約者に絡まれても、いつも毅然としていたお姉ちゃん。
私も、お姉ちゃんに胸を張れる自分でありたい。
「私が行方不明だった理由は異性関係じゃないし、それをあなた達に説明しなくちゃならない義務もないよ」
「は? なんだよ、その言い方」
「事実を言っているだけ。私が行方不明になっていた間、あなた達が想像するようなことをしていたなんて、証拠もないでしょう? 大体、親しくもないのに、どうして私のことを詮索するの? 私とあなた達は他人なんだから、踏み込んでこないで。変なからかい方だって、普通に失礼だからね」
多分彼らは、私が何も言い返せずしゅんとするとか、あるいは「ひど~い」なんて言う反応を期待していたんじゃないだろうか。予想外の反応をされて、明らかに焦っている。
「な、なんだよ……そんな言い方することないだろ。ちょっとした挨拶みたいなもんじゃんか」
「本気で、それが挨拶だと思っているの? だとしたら、コミュニケーションが失敗してるよ。言われた私は、すごく嫌な気持ちになってるんだから」
「テメー、生意気だぞ! 調子乗んなよ!」
彼は、ぐっと拳を握り固めていた。殴られるんじゃないか、と思ったものの、怯えた顔なんて見せたくなかった。だから、淡々と言い返す。
「暴力をふるう気? そんなことしたら私、すぐにお医者さんに行って診断書を貰うよ。学校でも、すぐ噂になるだろうね。同級生に暴力をふるった生徒なんて、いい大学に進学したり、就職も難しくなるだろうね。言っておくけど私、絶対に泣き寝入りなんてしないから。殴って一瞬すっきりしたところで、全てを失うのはあなた達の方だよ」
私の言葉に、彼らは何も言えなくなってしまう。こんなことで暴力はまずい、という理性くらいはギリギリあったようだ。私は内心でほっと胸を撫で下ろす。
「おい、もう行こうぜ」
「チッ、面白くねー女」
彼らは、捨て台詞のようにそう言って去っていった。あんな人達に「おもしれー女」なんて言われても嫌だから、別にいい。
(こ……怖かった)
正直、かなり危ないことをしたかもしれない。
お姉ちゃんには聖女としての力があるから、万が一のことがあっても、自分の身を守ることができる。だけど異世界ではないこの世界で、なんの力もない私があんなことを言うのは、今思えば無謀だった。本当に暴力をふるわれる可能性だってあったのだから。今回は上手くいったけど、次からもっと安全を守ることも考えた方がいいだろう。
それに、怯まず自分の意見を言えた自分のことは褒めてあげたいけれど、嫌な気持ちには変わりない。
(なんなんだろ。アリサさんといい、ブレードルといい、あいつらといい……。私って、ああいう人達を引き寄せるオーラでもあるの……?)
お姉ちゃんの元カレも酷い人だったらしいし、私達の血には、駄目な人々をおびき寄せる効果でもあるだろうか。嫌すぎる。
(……『こいつはどんなふうに扱ってもいい』なんて、雑にされるのは、悲しい)
落ち込んだ気持ちから、嫌なスイッチが入ってしまったように、思考が暗くなる。
思えば私は、母親に望まれて生まれてこなかった。
実の母親であるアリサさんのことに関して、あまり覚えているわけじゃない。ただ、私が彼女に期待されていたのは、「子ども」であることではなく、将来の介護要員としての役割だ。
私には優しいお父さんもおばあちゃんも弟達もいて、恵まれているんだろうけど。友達とかがお母さんと仲良くしているのを見ると、少しだけ胸が締めつけられる。
私も……ちゃんと、「私」として、受け入れてほしかった。
私も、望まれて生まれてきたかった――
「……!?」
そこで、ふわりと何かが目の前に現れた。
手紙だ。封蝋がされていて、そこにはフェンゼルの紋章が浮かんでいた。
「うそ……! お姉ちゃん!?」
私がこちらの世界から向こうへ手紙を送ったように、お姉ちゃんからも手紙を送ってくれたのだろうか。もしかして、お姉ちゃんに何かあったとか?
ドキドキしながら、手紙を読むと――
『メイちゃんへ。
久しぶり、ミアです。メイちゃんがくれたお手紙が嬉しかったから、私も手紙を書いてみることにしました。
私は最近、そちらの世界と行き来する魔法を研究中です。またいつでも、あなたに会えるようになりたいから。メイちゃんと過ごした日々が、とても楽しかったから。
メイちゃんはいつも私に、「お姉ちゃん、大好き」と言ってくれましたね。その言葉をもらうたび、私は本当に幸せな気持ちでした。今はまだ会えなくても、あなたが元の世界で元気に頑張っている姿を想像すると、私も元気をもらえる気がします。
そうそう、報告なのですが、私はヴォルドレッドと結婚することになりました。最近は結婚式の準備をしています。ヴォルドレッドはああいう人だから、一緒にいると愛が重すぎてツッコミに忙しかったりもするけれど、そんな日々も楽しいと思ってしまっている自分がいます。
もしかしたら、いつか、彼との間に子どもも生まれるかもしれません。
赤ちゃんを抱いたら、きっと私は、小さい頃のあなたを思い出すと思います。
子どもの頃のあなたも、とても可愛かったから。幼い頃のあなたの、楽しそうな笑顔や、心地よさそうな寝顔を、今でもよく覚えています。あなたと過ごした日々は、私の宝物です。
メイちゃん。あなたはいつまでも、私にとって特別な子です。
私はあなたの親ではないけれど、それでも、この言葉を贈らせてほしい。
あなたが、生まれてきてくれてよかった。
私と出会ってくれて、ありがとう。
また会える日まで、どうか元気でいてください』
――手紙を読み終えて、目からは涙が零れていた。
私を雑に扱う人達はいる。
でも……私を大切にしてくれる人も、いる。
さっき買ったお姉ちゃんへのプレゼントを、ぎゅっと抱きしめた。
私はこれからも、たとえ会えなくたって、お姉ちゃんの誕生日が近付くたびに、プレゼントを買うだろう。
お姉ちゃんが好きそうなものを選んで、可愛い包装紙に包んで、リボンをかけて。
いつか、また会う日のために。
私からも、プレゼントと一緒に、お姉ちゃんにこの気持ちを贈るため。
――「お姉ちゃんも、生まれてきてくれてありがとう」って。






