「幸せと、意味を知ります」(ワンドレア視点)1
いつも読んでくださってありがとうございます!
今回はシリアスで切なめの話ですので、苦手な方はご注意くださいませ。
「聖女ミア様が、ヴォルドレッド様とご結婚なさるそうだぞ! めでたいな!」
「ああ! 俺も以前、ミア様に呪いを解いてもらったからな。何か俺にもできる祝福はないものだろうか」
ある日のこと。牢獄の中で、看守達のそんな会話が聞こえてきた。
(そうか……聖女、結婚するのか)
幸せになってほしい、という願いの片隅で、ズキンと胸が痛む。
どうせ叶うことのない想いだから目を逸らすようにしてきたが、この胸の痛みは……やはり、これは「恋」だったのだなと、思い知らされるようだ。
(……初めて、本気で人を好きになったんだがな)
俺は、聖女ミアのことが好きだ。
だが、俺が彼女から好かれることはない。
俺は、最初から最後まで、最悪な間違いを重ねてきたのだから。
自分のこれまでを振り返りながら、ふと考える。
俺の人生は、どこからが間違いだったのだろう、と。
◇ ◇ ◇
幼い頃から、ひたすら周囲に甘やかされて生きてきた。
父上は子どもが嫌いだったので冷たかったが、乳母やメイド達はこぞって俺を着飾らせ、甘い菓子を与え、常に俺のことを褒め称えた。
俺に足りないものなど、何もないと思っていた。妹が生まれてからは、父が俺よりもイジャリーンを可愛がるので、寂しいと思うこともあったが……。
それでも、王宮でも夜会でも人々から持て囃され、自分は至高の存在なのだと思っていた。今にして思えば、「調子に乗っていた」のだと思うが。
俺の容姿と、王子という立場に女達は食いつき、誰もが俺の気を引こうとしてきた。十代半ばにもなると、俺は「王子様」に擦り寄ってくる女達を適当に食い散らかし、飽きたら捨てた。
その頃から既に、この国は腐敗していた。だが、当時はそれに対しなんの疑問も抱いていなかった。
父上や妹が多くの人々を処刑するのを、ただ黙って見ていた。愚かな平民が高貴な王族に逆らえば処刑されるのは、当然だと思っていた。
リースゼルグが追放されるときだって、俺は黙っていたし……。従属の呪いで日々摩耗してゆくヴォルドレッドを傍で見ていたって、何もしなかった。俺には、王族として奴を救う力があったにもかかわらず、だ。
俺は国の現状や、王族としての役割から目を逸らし、ただただ夜会や遊技場で自堕落に遊び惚ける日々を送っていた。金は使えるだけ使い、欲しいものも特に欲しくないものも、なんでも自分のものにしてきた。
――それでも、そんな俺でも、父上も母上も、周囲の女達も、誰も何も言わなかった。
俺は「王子様」だったから。
俺は無敵であり、父を除けば誰も俺に逆らえる者などおらず、好き勝手に我儘に生きていた。
彼女に出会うまでは。
◇ ◇ ◇
この国に瘴気が満ち、人々が困窮し……父上と母上は、他国に救援を要請するという名目で国を空けた。その間に、俺は「聖女」を召喚しようと思った。
人々を助けるためではない。伝説の聖女を召喚することで、民から更に崇められたかった。そして父上にも、俺の存在を認めてほしかった。
いわば俺は、自分で召喚した聖女を使うことで、英雄になりたかったのだ。
だが召喚した聖女は、俺の抱く「聖女」というイメージを、見事に打ち砕いてくれた。
聖女ミアは、王子だからといって俺を特別扱いすることなく、それどころか、口付けしようとしたらぶん殴ってきた。
俺にとって、そんな女は生まれて初めてだった。
そして更に、イジャリーンによって王宮を追放される時、彼女は言った。
――『あなた達の愚かさに、罪のない国民が巻き込まれるのは、後味が悪いです。もしも本当に反省しているというのなら、少しは王子として、国民達を守ることを考えたらどうですか』
民を、守るということ。
王子として生まれ、次期国王であることを理由に周囲に威張り散らしておきながら、俺はまったくそれを考えたことがなかった。
他でもない彼女に言われ、生まれて初めて「誰かを守る」ということを考えた。
そして実行しようとし――愕然とした。
俺は今までずっと王宮で過ごし、出かけるとしても高位貴族の夜会などだったので、庶民の暮らしなどろくに知らなかった。
毎日汗水垂らして働いているのに、病にかかっても医者に行くことすらできず、その日の食べ物にすら困る人間達がいるなど、知らなかった……いや。
俺は、「知ろうとしてこなかった」のだ。
ほんの少し街に出て、民の様子を見ていれば、すぐわかったことだったのに。
それまでの俺は、民など眼中になかった。高貴な自分は、汚らしい庶民のことなど考える必要ないとも思っていた。
だが、平民街へ出て人々と接し……その後、牢の中でもう王子ではなく囚人として労働を重ねていく中で。今までの価値観は、音を立てて崩れていった。
平民はこんな暮らしをしてきたのかとか、労働とはこんなに大変なものなのだとか。新しいことに気付くたび、思い知らされる。
過去の自分が、いかに間違っていたか。
自分が――人々に、どれほど酷いことしてきたか。
聖女のおかげで、俺は少しずつ、まともな人間になっていっているような気がする。
だけどまともな思考に近付くほど、過去の自分の、取返しのつかない行いに吐き気がする。
どれだけ人生をやり直したいと願っても、時間が戻ることはない。
(聖女……ミア。俺は、どうしたらいいんだ?)
もう一度君に会えたら、俺は何を言うのだろう。自分でも、自分がわからない。
だが、そもそも――俺と彼女がまた会うことなど、あるのだろうか?
彼女は、ヴォルドレッドと結婚する。
大嫌いな俺のことなど、もう顔も見たくないだろう。
彼女はもう二度と俺と会うことなく、ヴォルドレッドと愛し合って生きていくんじゃないだろうか。
(聖女とは……もう二度と――)
ガチャン、と牢が開かれる音がした。
看守が、外側から鍵を開けたのだ。
「囚人ワンドレア。聖女ミア様が面会にいらした。面会室まで来るように」
――えっ?






