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「王として、友として、誓います」(リースゼルグ視点)2

ブリジッティの傷は、綺麗に完治していた。

傷痕すらどこにもなく、怪我をしていたことすらわからない。さすがはミア様のお力だ。


 怪我を理由に私を強請(ゆす)ろうとしていたブリジッティは、ぽかんと口を開けていたものの、やがてはっと我に返るように声を荒らげる。


「な……治せばいいって問題じゃないでしょう! 聖女様、彼は私に暴力をふるったのよ⁉ 一国の王が女性に手をあげて、許されると思っているの⁉」

「いえ、あなたが自分でやったんでしょう?」

「は、はあ⁉ 何を言っているのですか、聖女様! 一体、何を根拠に!」

「リースゼルグは、そんなことをする人ではありませんから。私は、彼を信じています」


(ミア様……)


 私は彼女の言葉に胸を打たれたが、逆にブリジッティは激昂していた。


「何よそれ! 私は傷つけられたのに、私よりリースを信じるっていうのぉ⁉ 仮にも聖女なら、もっと公平に……あ、まさか」


 彼女は、何かに気付いたかのように目を見開き、直後ににやりと笑む。


「あなた達まさか、デキているんじゃないの?」

(……は?)


 下衆な勘繰りに、思わず眉間に皺が寄るのを感じた。

 だが、ブリジッティは「お前達の弱みを握ってやった!」と言わんばかりにニヤニヤと笑ったままだ。


「聖女様、あなたはあの騎士と結婚すると聞いたけど、二股をかけていたわけ⁉ 国王の愛人というわけね! 聖女だなんて清い存在かと思いきや、とんでもない男好きなのねえ……! 騎士団長と国王を落とすあたり、身分の高い男に目がないって感じね、強欲な女」


 目の前が歪み、沸々と怒りが込み上げてくる。まるで、身体を巡る血が燃えているかのようだ。


「こんなの、とんでもないゴシップよね。皆に言いふらしてやるわ! それが嫌なら、私に謝罪と賠償を……」

「ブリジッティ」


 これまで出したことがないような、冷たい声が喉を抜けた。

 ブリジッティもそれを感じ取ったのか、ビクッと肩を揺らす。


「ミア様とヴォルドレッドは、確かな愛で結ばれている。ミア様は、浮気などするような御方ではない。侮辱の言葉を撤回するように」

「な……何よ、ムキになっちゃって! ますます怪しいじゃない! あなた達は愛人関係なんだって、言いふらしてやるわよ⁉」

「それで困るのは君の方だ。故意に虚偽の情報を流せば、相応の処罰が下されることになる。国王と聖女の地位を失墜させよう目論み、偽の噂で名誉を傷つけたとなれば……どれだけの罪になるか、君も貴族ならわかっているだろう?」

「な……⁉」

「先程の傷の件にしたって、真相水晶を使って、君の自作自演を皆の前で証明することもできるんだ。これ以上愚かな真似をすれば、君の身を滅ぼすだけだよ」


 私の言葉が、脅しなのではなく本気なのだと、声のトーンから伝わったのだろう。自分の立場の悪さをようやく理解してきたのか、彼女の顔が青ざめる。


 ミア様を侮辱された怒りは、まだおさまっていない。

 だが、だからこそ、穏やかに笑いながら告げた。……声を荒らげたり、手をあげたりしてしまえば、相手の思う壺だからだ。


「ブリジッティ。早急に、自分の屋敷に帰ってくれ。そしてできれば、二度と顔を見せないでほしいな」

「そ、そんなっ……」

「今後、用もないのに王宮を訪れることは厳禁とする。次に同じことをすれば、処罰の対象となることを、肝に銘じておいてほしい」


 こちらが穏やかに微笑めば微笑むほど、ブリジッティは顔を青ざめさせるのだった――



 ◇ ◇ ◇



 結局ブリジッティは、悔しそうにハンカチを噛みながらも、王宮を出ていった。

 ミア様は、先程の私の様子を思い出してクスクスと笑う。


「ふふ。リースゼルグのブチギレは初めて見ました。大声を上げるわけではなく、笑顔で冷静に怒るというのも、なかなか効果的ですね」

「はは。ミア様を見ていて、大切な人のために怒るということは、尊いことなのだと思っていたのですよ。……実際にはっきり言ってやると、なかなか清々しいものですね」


 二人で笑い合い――だけど先程までのことを思い出し、私は目を伏せた。


「まあ……私の結婚については、彼女の言っていたことも、一理はあるのですが」

「え?」

「私には、結婚相手と跡継ぎが必要ですから。……いずれは、誰か王妃を迎えることになるでしょう。政略結婚として……」


 ミア様が、じっと私を見る。

 そこで、「しまった」と思った。


(国王が、こんな弱音のような言葉を吐くべきではない。まして、ミア様の前で……)


 彼女の前だと、「国王」ではなく、ただの「リースゼルグ」になってしまう。……彼女が私を、大切な友のように接してくれるから。


「すみません、おかしなことを言ってしまいました。忘れてください」

「あの、リースゼルグ。あなたが結婚を望んでいるのであればともかく、本当は嫌なのに、立場のことを考えて自分の気持ちを押し殺してしまうようなら……無理に結婚したり、子どもを作ったりする必要はないのでは?」

「お心遣いありがとうございます。ですが、世継ぎを残すことは、王の務めの一つです」

「だけど、現国王であるあなた自身、前国王の子ではないでしょう? ……血統ではなく、能力的に不足のない人間が国のリーダーになればいいのではないでしょうか。私が元いた国では、王政ではありませんが、国のリーダーは血筋に関係なく選出されていました」


 彼女の斬新なアイディアに、目から鱗が落ちる思いだった。


 確かに私自身、国民の投票によって王座に着いたものだ。「国のリーダーになれるのは、リーダーと血の繋がった息子だけ」という固定観念に囚われすぎていた面はあるかもしれない。


「もちろん、今の制度を変えることは決して容易なことではないですし。そもそもリースゼルグがこの先、心から結婚したいと思える人物に出会えたなら、杞憂ですが。でも、世襲制、王政という制度自体、考え直す余地はあると思います」

「……さすがはミア様。既存の価値観に囚われていた私に、新たな発想をくださいました」

「いえ。私は元の世界でのことを言っただけですし……。それに、リースゼルグが何か悩んでいる様子だったので。何か、力になれればと思って……」

「はは。国王でありながらこのようなことで悩んで、お恥ずかしいかぎりです。もっと民のために邁進しなければ……」

「恥ずかしくなんて、ないですよ」


 苦笑を浮かべていた私に、ミア様は曇りのない視線を向けてくれる。


「私は……この世界で『やりたいことをやる、やりたくないことはやらない』というモットーを貫いています。でも、皆が皆自分のやりたいことだけをやっていたら、世の中は回らないというのも、現実ではあると思います。皆が皆、自分のやりたいことだけを主張していたら、そこには必ず衝突が生まれます。リースゼルグは、物事を円滑に進めるため、自分の感情よりも、国王としてすべきことを優先しようとしていたのでしょう」


 ……私は。

 人々のためであれば、個人的なことは我慢して、呑み込むのが当然だと思っていた。実際、国王という立場上、そうしなければならないときはある。


 周囲が私に結婚を望むのであれば、愛のない相手とでも結婚して子どもを作るのが当然だとも思っていた。


 それが王の務めだと思うのと同時に、自分は卑劣な人間であるような気がしていた。

 だが、ミア様は……そんな私に、「恥ずかしくない」と言ってくれる。


「黙って我慢するのは、心にも身体にも悪いです。我慢しなければいけない人なんて、少しでも減ればいいと私は思います。でも……そうせざるをえないときもあるし、それは、周りのことを考えて、自分が泥をかぶろうという、強さでもあるのでしょう。もちろん、その善意につけ込む奴は悪ですけどね」


 そう言って、彼女は微笑んでいた。

 彼女は、人に対して怒りを爆発させる……「ブチギレる」こともよくある。

 だけどそれは、自分の尊厳や、大切な人達を守ろうとしているからこそだ。


 彼女は本当は、こうしてとても穏やかな笑顔を浮かべてくれる、とても……とても、優しい人なのだ。


 私は、そんな彼女のことが……。


「リースゼルグ。あなたはいつも、私に優しいと言ってくれます。だけどあなただって……あなたは、優しいですよ。すごく、優しいです」

「…………ミア様」


 ――目の前のこの人は、私の想いを何も知らない。

 今この瞬間、この胸がどんな音で鳴っているか。本当はどれだけ、あなたに焦がれているか。

 永遠に、知らないままでいい。

 何も知らないまま、どうか愛する人(ヴォルドレッド)と幸せになってほしい。

 あなたの笑顔が少しでも曇るところなど、見たくはないから。

 私には、あなたが私にくれた幸福だけで、充分だから。


「私は、この国の王です。あなたが私を、王にしてくださいました。そのおかげで前国王の支配の時代が終わり、この国の多くの人々を笑顔にできて……私は、とても幸福なのです」


 彼女はもう少ししたら、結婚式でヴォルドレッドと愛を誓う。

 だから、自分は……今この場で、別の形で。

 彼女に、誓おう。


 決して打ち明けることのない想いを秘めたまま、それでも誠実に、彼女に向き合う。


「私は、この国の王として、そして……あなたの友として。これからも、この国を良き方向へ導くことを誓います」


 あなたが選んでくださったこの世界が、この国が。他のどんな場所よりも、あなたを笑顔にできるように。


 私はこの誓いを胸に、これからもこの国で、王として生き続けるだろう。

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