「王として、友として、誓います」(リースゼルグ視点)1
本日から、各メインキャラ視点のエピローグをお届けいたします。今日と明日はリースゼルグの話です。
ある日のこと。いつも通り、執務室で王としての仕事に励んでいた時のことだ。
扉をノックされ、入室の許可を出すと、臣下が入ってきて……。
「陛下。クルーシェル侯爵令嬢がいらしています」
「何? ……今日、彼女と会う約束はなかったはずだが」
「はい。ですが令嬢が、元婚約者なのだからお会いしたい、としつこく申しておりまして……。追い返しますか?」
「いや……今日は書類仕事だけで、外出や会談の予定はないからな。一応、会ってみることにしよう」
クルーシェル侯爵家の令嬢……ブリジッティは、確かに私の元婚約者だ。
自分は、もともとは公爵だった。しかし前国王により爵位剥奪され、自然と彼女との婚約も消滅となった。
最後に別れるとき、彼女は自分を冷たい目で見て、吐き捨てるように言った。
「国王陛下に楯突くなんて、おかしいんじゃないの? 余計なことさえしなければ、この先も公爵としての地位が約束されていたっていうのに……あなたって本当に馬鹿ね」
私が公爵のまま彼女と結婚していれば、彼女は公爵夫人としての未来が確約されていたのだ。その未来を、私の爵位剥奪という形で壊されたのだから、そのくらい言われて当然だったのだろう。彼女には、悪いことをしたと思っている。
それでも、前国王の悪事を、黙って見ていることなどできなかったのだ。罪のない善良な民が難癖をつけられて処罰されたり、処刑されたりするなど、間違っている。それを見て見ぬふりをしながら生きてゆくことは、私にはできなかった。
(しかし……ブリジッティが、今更私に会いたいと言うなんて)
私との婚約が破談になったとはいえ、彼女は侯爵令嬢だ。他にも結婚の申し込みは多数あり、婚約解消後すぐに別の男性と婚約が決まったはずだったが……。
「久しぶり、リース!」
ほどなくして、臣下に案内されたブリジッティが応接室にやってきた。
私達は、テーブルを挟んで向かい合う。使用人が温かい紅茶を運んできてくれた。
「久しぶり、ブリジッティ。元気だったかい?」
「まあね。でも、あなたがいつまでも私のところに来てくれないから、寂しかったのよ? もしかして、あなたからは来づらいのかなと思って、私から来てあげたの」
ブリジッティはそう言って、得意げに笑う。
まるで、「私に会えて嬉しいでしょう?」とでも言いたげだ。
「ええと……特に君に会わなければならない用事はなかったからね。私達の婚約はもう解消となったわけだし」
「それは、あなたが爵位を剥奪されてしまって、私達の身分が釣り合わなくなったから……。でも、あなたは晴れて国王になったわけだし。また以前のような関係に戻ってもいいと思うの」
「…………」
元婚約者だった相手を、あまり悪く言いたくはない。だが、私が国王になったから手のひらを返してきたのだな、ということは、すぐに察しがついた。
もっとも、少しでもいい条件の相手を結婚したいと思うのは当然のことだ。だが、彼女は婚約者がいる身のはずでは? その婚約者に対して不誠実な行為ではないだろうか。
「ブリジッティ。君にはもう、新しい婚約者がいるんだろう? 私は、君と元の関係に戻るつもりはないんだ。今は、国王としての仕事が忙しいしね」
その言葉に、彼女はぴくりと反応したあと、にっと唇の端を上げた。
「だからこそ、よ。リース、今のあなたは国王なんだから。早く王妃を迎えて、世継ぎをつくらなきゃ駄目じゃないの。皆言っているのよぉ? 国のためにも、陛下は早く結婚して子どもをつくるべきだって」
「……はは」
「ね、リース。民を安心させたいでしょう? あなたが私を王妃を迎えて、この国に王子が生まれれば、皆お祝いしてくれるわ。皆、以前みたいなフェンゼルには戻りたくないと思っているんだもの。でも、あなたに跡継ぎがいないんじゃ、この国は不安定なままなのよ? 結婚して子どもを成すことは、あなたの王としての、最も重要な務めだわ」
ブリジッティはきっと、国のことや民のことなど考えていない。ただ自分が王妃となり、周囲から持て囃され、贅沢な暮らしをすることだけを望んでいるのだろう。「国のため」というのは単なる建前だ。
だが――
国王として王妃を迎え、世継ぎをつくる。これは確かに、王としての、自分の務めである。
今のフェンゼル王権は安定してきたが、自分に何かあったとき、跡を継いでくれる存在はいない。これは、火種となりえる状況である。次期国王となる王子が生まれてくれれば民は安心する――それに関しては、彼女の言う通りだ。
臣下も、民も、世継ぎを期待している。
自分が乗り気になれないのに、結婚や子どもを周囲から望まれることは、重荷だ。
しかし、自分は王である。個人としての感情など、抑えなければならない。
(ブリジッティと元の関係に戻る気はない。それでも私はいずれ、誰かを王妃として迎えることになるのだろうな。……愛のない、政略結婚になってしまうだろうが)
あの魔竜以外、誰にも明かしたことはない。
だが私の心の奥底には、ミア様への想いがある。
ミア様はヴォルドレッドと固い絆で結ばれており、叶わない想いであることは百も承知だ。ヴォルドレッドは彼女と出会うまで、呪いによって不遇な人生を送っていたし、彼にも幸せになってほしいと思う。……あの二人の邪魔をする気などないし、祝福している。
それでも、あの二人が愛し合っていることを重々わかっていてもなお――ミア様への想いを、消し去ることができない。
私はミア様を愛している。いつだって眩しくて、自分の行きたい道を突き進み、けれど他者を見捨てることなく優しく掬い上げる彼女に、強く惹かれている。
彼女以上に愛せる女性には、きっとこの先一生をかけても、巡り合えないだろう。
だからこそ、王として世継ぎを望まれていることが憂鬱だった。
自分だけの問題ならば、いい。個人の感情を押し殺し、国のために尽くす。それが国王なのだから。
だが結婚と出産は、相手あってのことだ。
王妃を迎えたとして、自分はその女性を、心から愛することはできないだろう。
一人の女性、そして生まれてくる子どもに、空虚な思いをさせてしまうかもしれない。王族や貴族の結婚などそういうものだと頭では理解しているのに、薄暗い気持ちがあった。
「ね、リース。私達ならきっと上手くやれると思うの! 私、実はずっと王妃様になることに憧れてたのよ! 元婚約者のあなたが、まさか国王になるなんて夢みたいだわ! 昔のことは水に流して、また仲良くしましょう?」
(……王妃になるのが、ブリジッティだったら……)
彼女は自分を愛しているわけではなく、王妃という地位が欲しいだけだ。
だからこそ、私の心に他に愛する人がいても、悲しませてしまうことはないかもしれない。彼女は最初から私を愛していないのだから――
(いや……何を考えているんだ、私は)
王の結婚など、そんな理由で決めていいものではない。それに、言っては悪いが彼女のような自分本位な人間を王妃にすれば、いずれ民が苦しむことになるだろう。自分の欲望のことしか考えていない者が民の上に立てばどうなるか、自分は以前の国王や王女を見てきて、知っているではないか。
「ブリジッティ。もう一度言うが、私は君と元の関係に戻るつもりはない。君は、君の婚約者を大事にして、幸せになってくれ」
そう告げると、彼女は予想外だと言うように固まって――その後、プライドが傷ついたのだろうか、唇を噛んで震え出した。
「ひどい! もとはといえば、以前はあなたの爵位剥奪が原因で婚約解消になったのよ⁉ あなたが前国王陛下のやり方に口出しなんかしなければ、私達は結婚していたんじゃない! あなたが馬鹿なことをしたのを、水に流すって言ってあげているのに! 二度も私を傷つけるわけ⁉ 最低!」
ガシャン、と大きな音がした。ブリジッティがティーカップを床に叩きつけ、カップが砕け散ったのだ。
すると、そこで――
「リースゼルグ? あの……廊下を歩いていたら大きな音が聞こえたんですが、大丈夫ですか?」
今の音で、異変に気付いたのだろう。ミア様が応接室に顔を出した。
ブリジッティは焦ることなく、何故か、にやりと唇の端を上げる。
「聖女様ぁ、ひどいの! リースが、私に怪我をさせたのよ!」
彼女はミア様に、血の滲んだ頬を見せた。
一瞬の隙にティーカップの破片で、自分で自分を傷つけたのだろう。最初から、こうすることを企んでいたのかもしれない。
「女に怪我をさせるなんて、ひどい! 聖女様もそう思いますよねぇ⁉ リース、どう責任をとってくれるのよ⁉ 責任、とってくれるんでしょう⁉」
ブリジッティがこちらへ詰め寄る。
このまま「責任をとれ」とゴリ押して、王妃の座か、それは無理でも何らかの利益を貪ろうというのだろう。
軽蔑や呆れよりも、落胆が強かった。仮にも元婚約者が、こんな行為で自分の欲望を満たそうとしていることが。
ミア様は冷静に私達の様子を窺い、次の瞬間、聖女の光を放って――
「あなたの傷、治しましたよ」
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