一話 《毒耐性》
《毒耐性》
それが駆け出しの冒険者を始めて1ヶ月であったシオンが始めて手に入れたスキルであった。
突然手に入れたスキルについて、シオンは冒険者組合の受付嬢に尋ねてみる。
「おや、シオンも遂に『スキル』を持つようになったのかい」
「ファリアおば「ん?」・・・お姉さん、スキルって何です?」
19歳28ヶ月だから、自らを10代だと誇張するファリアは、シオンから聞こえかけた若干失礼な言葉を最後まで最後まで言わせず、彼の質問に答える。
「スキルってのは冒険者としての特殊能力、魔法や闘技も広義の意味ではスキルって呼ばれるものなの。ただ、今回貴方が手に入れたのは、使おうと思って使う『能動的』ではなく、常に恩恵がある『受動的』の物ね。人に教えてもらったり、魔導書を見たりして手に入れられる『能動的』とは違って、これの取得は完璧に運頼りになるから、凄いラッキーよ」
「へえ」
シオンは手元のプレートを見る。
それは『ステータス』と呼ばれる、冒険者にとっての身分証明だ。
名前と所属する冒険者組合、自分の冒険者等級の他、6の項目で記される身体能力と所有しているスキルなどが記されている。
冒険者を始めた頃より、だいぶマシになった身体能力欄の下には、《毒耐性:G》というスキルがあった。
「このGって言うのは?」
「それはそのスキルの強さ、G〜Aまでの幅があって、Aに近づけば近づく程にスキルも強くなるわ。これまで《毒耐性》持ちの人を見た事がないからわからないけど、Gだと精々が毒草を食べても平気ぐらいだと思うよ。でも、スキルは使えば使うほどに成長するから、弱い毒を偶に取り入れて、スキルのランク上げを行うのもありね」
「成る程、じゃあ今度試してみます」
「うんうん、結果は聞かせてね。要件はこれで終わり?」
「いえ、換金もです」
「お、じゃあ見せてちょうだいな」
言われて、シオンは小さな鞄の中から何やら入った袋を取り出した。
それをひっくり返すと、小さな色とりどりの宝石が散らばる。
それは魔石と呼ばれる冒険者の収入源だ。
魔物やモンスターと呼ばれる、獣ともまた違う化け物の体内にあるそれは、人の営みの多くで活躍する物である。
消耗品であるため、常に需要があるそれは冒険者登録していれば、冒険者組合でお金と交換してもらえる。
「3700ロレアだね」
魔石を引き出しにしまいながら、ファリアが3000ロレア紙幣と100ロレア紙幣を7枚取り出す。
毎日の食費が500ロレア程度、今借りている家賃が月8000ロレアなので、日の稼ぎとしては十分だ。
「冒険者になって一月、それでこれだけ安定して来たなら、ちょっと早いけど、来月の昇級審査受けてもいいんじゃない?」
冒険者には等級がある。
どんな冒険者でも7級から始めて、月に一度の昇級審査に合格するか、特殊な魔物を討伐するかすれば等級をあげられるのだ。
上に行けば行くほど、禁止区域や秘匿情報などの規制が緩くなるため、基本的に上げて悪い事は無い。
「うーん、考えておきます」
「楽しみにしてるね」
そう答えたファリアに軽く礼を告げてから、シオンは冒険者ギルドを後にする。
シオンはまだ分かっていなかった。その時はまだ、《毒耐性》スキルがあんな事態を引き起こすことになるなんて思いもしなかったのだ。
♢☆♢☆
スキルが発現してから3日目、その日も森の中での魔物狩りを終えたシオンは自生していた毒性の弱い毒草を摘んで、帰路に着いた。
「換金お願いします」
「はいはーい」
シオンの暮らす村はギルドの支部こそ置かれているものの、辺境と言われても文句の言えない場所であるため、ギルド職員はファリアを含めて四人しかいない。
その為かは知らないが、ファリアはシオンの担当のようになっている。
「えーと、4050ロレアだね。ほい」
「どうもです」
「で、どう?《毒耐性》は」
「結構使えそうな感じです。相変わらずGですけど、この辺の毒草なら殆ど無害でした」
「・・・全部試したということには突っ込まないでおくよ・・・、まあ、それなら一つランクが上がれば、実戦でも使えそうな感じだね」
「魔物の毒を無効化出来るようになれば、本当に強い能力ですよね」
そんな事を話していると、ギルドのドアが勢いよく開け放たれた。
こんな乱暴な開け方をする冒険者や職員はこの村には居ないため、山賊か何かかとシオンが振り返る。
だが、予想に反してそこに居たのは、ある意味なによりも山賊からはかけ離れた存在であった。
「騎士?」と、シオンが呟く。
一目で高級であると分かる白いコートを羽織り、その胸にはここから遥か遠くにある大国『ガザード』の紋章、龍を貫く槍がある。
赤銅色の髪の下には端正な顔があり、腰に吊るした剣もまた一級品だ。
「失礼だが、シオンという冒険者は居るか?」
男性の言葉に一瞬だけ、冒険者ギルドが静まりかえるが、すぐにギルドの奥から、この支部の最高権力者である男性が飛び出してくる。
「は、はい!何でしょうか?シオンに何か用が?」
「呼んでくれ、話がしたい」
「は、はは!それならば、そこに居るガキがシオンであります」
「そうか・・・シオン、少しいいか?」
少しばかり誤魔化したくなったシオンであったが、何もせず毎日酒ばかり飲んでいるとはいえ、このギルドの実権を握る男性に睨まれては断る訳にもいかない。
「良いですよ」
半ば、諦観を滲ませながらシオンは吐き出すように言った。
ギルドの奥、通常の冒険者では滅多に訪れることのない執務室に通された赤銅色の髪を持つ青年は少しばかり顔を顰めた。
当然だろう、多くの酒瓶が転がっており、気化した酒の残りの所為で酒気が漂っているのだから。
「《浄化》」
青年が呟けば、部屋に漂う酒気が一瞬で晴れる。どうやら、耐えかねた彼は魔法を使ったらしい。
「さて、これでも汚いがまだマシだろう。座って貰っても?」
「ええ」
現在、ここに居るのは青年とシオンだけだ。
執務室を使うと言った時に顔を青ざめさせた執務室の持ち主や、ファリアなどには青年が頼んで、外に出て貰っている。
「さて、自己紹介からさせて貰う。僕はリンド・サウロ。ガザード帝国の第二騎士団で団長を務めさせて貰っている」
「それは・・・」
「あ、いや、警戒しないでくれ、僕は堅苦しいのが嫌いでね」
ガザード帝国第二騎士団、彼らはたったの2師団で小国を落とし、その領土の全てをガザードの皇帝陛下、ウィル・ガザードに捧げたという逸話で有名だ。
緊張や警戒をするなという方が無理な相談である。
「今回、僕がここに来たのは世界で初めて、《毒耐性》というスキルを発現した人物、つまりは君に会う為だ」
「世界で初なんですか?」
「ん?ああ、そうか、駆け出しの冒険者では知らなくても無理ないね。この世界において、『受動的』のスキルが被るという事はほとんどない。まあ、そもそも『受動的』を発現する者が殆ど居ないしね。と、そんな事よりさっさと目的を話しちゃおう」
そう言いながら、リンドは懐から書状を取り出した。
王の刻印が押されたそれによると、どうやらシオンにはガザード帝国への招集がかけられているようであった。
「何故?」
「さあ?『受動的』持ちは珍しいからね、一目見ておきたいんじゃないかな」
正直に言えば、気乗りはしない。
だが、ここで断った所でシオンでは確実に目の前に座る青年には勝てない。
恐らく、無理矢理にでも連れていかれるだろう。
「・・・わかりました」
「ん、ありがとうね。余計な手間が掛からなくて済んだよ。その御礼と言ってはなんだが、ガザードまでの道中、君に不自由はさせない事を誓おう」




