2話 王との面会 その1
舗装された石畳の道を四つの車輪に支えられた鉄の箱、魔導四輪車が疾走する。
魔石を燃料にして周囲の景色を後ろに流すそれは、かなりの速度で移動しているにも関わらず、中にいる者に振動は伝えない。
「私物ですか?」
「そうだよ。これならガザード帝国まで2時間もかからない」
シオンの故郷、辺境の村である『リエッタ』は訪れる人物など殆ど居ない為、『リエッタ』と『ガザード』を繋ぐ唯一の道路も、石畳での舗装が魔導四輪車がすれ違える程度にしか引かれておらず、周囲は見晴らしのいい草原だ。
「飲み物でも飲むかい?」
「酒は飲めませんよ」
「心配しなくても、果実を搾っただけのものだよ」
足元からリンドが取り出したガラスの容器に入れられているのは、オレンジ色の液体だ。
「これは?」
「オレンジジュース」
「好きなんですか?」
「葡萄の方が好きなんだが、そちらはワインの製造に回されてしまうのでね」
二人が無駄口を叩いている間に、ガザードのシンボルである巨大な石の壁が見えてくる。
それはモンスターの侵入を防ぐだけでなく、内部に仕込まれた大砲などで防衛戦も出来る、ガザードの護りの要だ。
産まれてこの方『リエッタ』から出た事のなかったシオンがその威容に驚いていると、横からリンドが声をかけた。
「ガザードの悪い点を挙げるとすれば、余りにも汚い空気だ。『リエッタ』で暮らして居た君には少々きついかもしれないが、頑張ってくれ」
外壁の内部に作られた巨大な空間に魔導四輪車を停めてから、二人は地下道を歩いて王城へと向かっていた。
真っ暗な地下道では等間隔に並べられた魔石によるランタンが足元を照らす程度の灯りを灯している。
「本当は城下町を突っ切った方が速いんだけど、ぼくが居るとちょっとした騒ぎになってしまうからね。貴族区に出るまで我慢してくれ」
「別に気にしませんよ」
ガザードは空から見下ろすと、四角い形になるように外を石の壁が囲んでおり、その内部にはもう一つ、小さな円を描くように作られた石の壁がある。
リンド曰く、円の外は市民区と呼ばれる市民達の暮らすエリアで、円の中が貴族達の暮らす貴族区なのだそうだ。
「君はどうして冒険者に?」
ふと、リンドが尋ねてくる。
「・・・なんででしょうね?」
「どういう事だい?」
シオンが誤魔化すでも無く、本気でわからないといった対応を示した事にリンドは怪訝そうな表情をする。
というのも、シオンくらいの年齢の少年が冒険者になるのは非常に珍しい為だ。
冒険者とは言うまでもなく危険な仕事である。
冒険者組合に所属して魔石を集める他、冒険者組合を経由して他者から依頼を受けたり、時には国から魔物を討伐するよう命令されたりする。
また、シオンは当たり前のように魔物を殺しているが、実際にはシオンのように毎日食うのに困らない程度に稼げる冒険者の方が稀だ。
成人であろうと、子供程度の大きさしかないゴブリン数匹に殺される事だってあるし、その日食う飯すらままならず、あっさりと冒険者を引退する事も多い。
「たったの1ヶ月前に冒険者になったばかりですけど、明確な目的があった訳じゃありません。両親は俺を置いてどっか行っちゃいましたけど、お金は馬鹿みたいに残してくれているので、金に困る事は無いですし、2人の事を探そうと思った事もありません」
「じゃあ、本当になんで冒険者に?」
「んー、強いて言うなら、人を助ける為?うん、多分そうです。俺、それなりに強いんですよ。それこそ10歳くらいの歳の頃にはゴブリン五匹程度なら殺せるくらいには」
少し、リンドが驚いたような表情をする。
だが、それは気にせずシオンは話を続けた。
「初めてゴブリンを殺したのは、村の中にゴブリンが侵入してきた時だったんですけど、その時に村の人から感謝されてましてね。その時に何とも言えない感覚に襲われたんですよ。こう、人に認められるっていいなって」
「まさか、それだけのために冒険者を?」
「多分、ですけどね」
「面白い奴だな、君は」
そんな事を話していると、2人の先に小さな木製のドアが見えてきた。
リンドが胸元から取り出した鍵の束のうちの、小さな銀色の鍵をドアの鍵穴に刺すと軽い音がして、ドアが開く。
「おお、街を見るのは初めてですけど、中々に豪華ですね」
「まあ、貴族区だからね。普通の所よりは大分豪奢な造りの建物が多いよ」
石造りの建物が多く並び、石畳は指の入る隙間もない程にキッチリと敷き詰められている。
商店以外の建物は、殆どが屋敷のようなものばかりで、威圧するかのように建ち並ぶそれらは、シオンに少しばかりの窮屈さを感じさせた。
「そういえば、地下道を歩いていた時から思ってたんですけど、街の中で車を走らせたりはしないんですね」
「そうだね、人が歩く用の道と車が通るようの道を作ろうって考えはあったんだけど、それをやるにはこの街に住む人は多すぎるんだ。多分、車を使っても歩く程度の速度しか出ないよ」
「貴族区でも?」
「ここの連中は音楽などを日中から嗜むような奴らばかりだからね。あんなやかましい物が走っていたら、ぶちぎれるよ」
歩いている最中にリンドがそう言うと、それを聞いた数人がリンドを面白くなさそうに睨みつけた。
「仲、悪いんですか?」
「軍部と貴族連中の仲が悪いのは何処の国も同じだろう。それと、お互いの利用価値を分かっているから、下手に手出しをしようとは思わない点も」
「生憎と、俺は学が無いですからね。国の事なんて知りませんよ」
「そうかい?だったら、覚えておくといい。一流の冒険者になるのであれば、嫌でも国と関わることになる・・・ほら、着いたよ」
二人の視線の先に見えるのは白亜の城、周りの建物のどれよりも大きく、美しい、王の住まう城である。
周りには水の入った堀があり、唯一の通路として一本の橋が架けられている。正に陸の孤島というべき場所だ。
「ところで、この橋を見てどう思う?」
王城への橋を渡る最中にリンドが尋ねてくる。シオンは質問の意図を一瞬探るが、それを気取らせず、返答する。
「・・・立派な石造りの橋、としか言えませんよ」
「だよねえ、立派だよね。でもさ、信じられる?これ、跳ね橋なんだよ」
「え?」
跳ね橋、可動橋とも言われる事のあるそれは橋脚を回転軸にして、橋を持ち上げる構造をした橋の事だが、当然、橋の重量によって必要な力や橋にかかる負担は増加する。
全てが石造りであればそもそも自重を支えきれない場合もある。
「こんな物のために、大きい魔石を使える程に金と権力を持て余しているのが、君が今から会う人物だって事、自覚した方がいいよ」
「分かってますよ」
橋を渡りきると、そこで二人を待っていたのは赤い髪の毛をサイドで纏めた女性であった。
黒い軍服に包まれたその身体は細いが、ガッチリしていて可愛らしい顔立ちをしているにも関わらず、女性らしさを感じさせない。
「おかえりなさい。団長」
「カルテか、何か用かい?」
「殿下より、シオンの案内役を任されました。これ以降は私が引き受けるので、団長は普段の任務にお戻りください」
「そうかい?だが、この仕事は君より僕の方が適役だと思うがね」
「案内役が、ですか?」
「少なくとも、君みたいな王と仕事以外が目に入らないような奴に、年頃の少年を任せる訳にはいかない」
「王の命令ですよ?」
「そういうところだよ、それにこの案内役だって、僕の任務に支障をきたす程ではない。で、あるならば王のこの判断は愚行であると、僕は判断する」
「王への叛逆ですか?」
「騎士団長権限だ。それと、統括は王だが、君の直属の上司は一応は僕なんだけどね」
「っ・・・分かりました。では、ここは下がりましょう」
頭を下げて、一歩引いた女性にそれ以上構うことは無く、二人は王城へと足を踏み入れた。
内部は外観以上に豪華さを出しており、そこら辺に置かれた木製の台も、壁に何枚も飾られている絵画も、そのどれもが家よりは高い。
「随分と仲の良い軍ですね」
王城の中を歩く最中、シオンが口を開くと、リンドが驚いたようにシオンの方を見てから、ニッと楽しそうに笑う。
「おっと、随分といい皮肉だ。チョコレートでもあげようか?」
「結構ですよ。もしかして、割と話しづらい内容だったりします?」
「うん、だから、今の君には話せないかな」
「そうですか、なら良いです」
会話が終わり、新たな会話が始まるより早く、リンドが木製の他のものより一段と大きなドアの前で足を止める。
「ここが王の執務室、本来は玉座の間とかなんだけど、今回は特例だ」
言いながら、リンドがドアを押せば軋む音など一切立てず、滑るようにドアが開いた。
そして、シオンの視界に映ったのは一人の老人、白髪混じりの黒髪をオールバックにしたシワの深い男性であった。
「我が王よ、シオンを連れてきました」
リンドが頭を下げるのと同時に、シオンもそれに倣う。
すると、嗄れた、けれども確かに通る声をその老人は発した。
「面をあげよ」




