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第20話 夢奇ヶ丘神社。

 その後しばらくの間は、咲良と絢音の関係が何だかずっとおかしかった。


「さ、咲良くん、おはよう」

(手を繋ぎたい手を繋ぎたい手を繋ぎたい!)

「あ、ああ、おはよう、絢音」

(手を繋いだりしてどさくさ紛れで抱きしめたい!)

「き、昨日ね? よさこいソ―ランを見てきたんだけど……」

(隣歩いてる! 手が近い! 小指が触れた!)

「え、なんで時期的にも距離的にも全くのウソをついたの!?」

(やばいベッドでした匂いと同じ良い匂いがする抱きしめたい!)

「あ、え、うん、その、うふふふ、そうよね、それはそうよね」

(手、触れた! 今触れた! あ、咲良くんがちょっと指絡めてきた……!)

「うん、そうそう、つくならもっとそれっぽいウソじゃないと」

(絢音の指細いし手は柔らかいしなんかもう抱きしめたいどうしよう)

「き、昨日ね? 一人でしすぎちゃって気絶しちゃったの」

(あれ? 私今何て言った? あれ、咲良くんがすごく強い力で手を握ってきた? あれ?)

「……それは全くのウソ? それともちょっと盛ってるの?」

(あれ? この子は俺に押し倒せと言ってるのかな? そうなのかな? ていうか気絶するまでってどういうこと? それは流石に……)

「……2回気絶しました」

(私何言ってるの!? あれ、咲良くんに肩を掴まれた!?)

「……すごいね」

(盛るどころか減らしてた! ていうかやばい、勢いで肩掴んじゃった!)

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「あ、お―い。そこの鬱陶しくてまだるっこしくてほんとめんどくさい絡みをしてるお二人さ―ん!」

『ひどくない!?』


 などという風に未悠にからかわれたり、恵美里に「う~ん、この状況で未だにヤってないってなんなのかな~? 年齢制限でもかかってるの?」などと言われる日々が続いた。


       ×  ×  ×


「ここも久しぶりね……ふふ、変わらないわね」

「2週間ぶりだけどね」


 咲良と絢音は、恵美里と出会ったカフェで放課後を過ごしていた。一時の浮かれ切った波は過ぎ去ったが、まだまだ二人はどことなく浮ついていた。


「ところでさっきの店員さんが案内する時の台詞は……」

「言わないで、言わないで咲良くん」



――先程、咲良と絢音が店を訪れた時。


「いらっしゃいませ―。何名様ですか?」

「二人です」

「は―い、カップル一丁! 前回ご来店時よりも明らかに関係が進んでるよ―!」

『数年後に【僕たち、今度結婚するんです】って独身の友人に笑顔で言って複雑な顔をされちまえ―!』

『!!?!?』



「……あの人たち、覚えてたんだね……」

「言わないで、ほんと今恥ずかしくて死にそうなのよ」

「ご、ごめん……」


 顔を真っ赤にして俯く絢音を見て心底悶えていると。


「あれ? お二人さん、こんにちは~」


 ゆるりとした声が咲良の耳朶を優しく打った。振り返ると、若干服が夏らしくなり、艶めかしい身体の露出を増やした恵美里が立っていた。


 ぴっちりしたタンクロップからは白い腕と首が露出して、豊かな胸元が強烈な主張をしている。ショ―トパンツはわざとかというほどぱつぱつで、後ろから見れば男を誘っているようにしか見えないだろう。


「恵美里さん。こんにちは。……なんていうか、その格好は……」

「エロいかな~? もうすぐ夏だし、隙あらば……ね」

「なんで今舌なめずりしたんですか!?」

「この身体だと触ることは出来ても、それ以上のことは生身の身体より楽しめないっぽいのよね~……だから、二人の関係が進んだら、心置きなく絢音ちゃんに取り憑いて……ね?」

「何が『……ね!?』なのよ!? あなた……どんどんあけすけになってるわね……」

「本当ならもっとオ―プンに自分の欲求を話したいんだけどね~。二人の関係がまだるっこしいから、言うに言えないのよ~」

「……いいわよ、言ってみなさいよ」

「いいの~?」

「いいから、ほら」


 絢音の言葉に、恵美里は顎に人差し指を当ててう~んと可愛らしく唸る。あ、可愛い……と咲良が少しばかり見惚れると、絢音に獰猛な犬のような目で睨まれたのに気付き慌てて恵美里から視線を逸らした。


 そうね、はっきり言っちゃうと……と、恵美里が艶やかに微笑み、咲良の隣に座った。咲良の手にそっと恵美里の手が重ねられた瞬間、あ、何かやばいのが来るかも……と、咲良と絢音は直感的に危機を感じたが――止めるのが遅かった。



「あたしね、成仏しようと思ったら咲良くんと本番までしないとダメっぽいの。それも一回だけとかじゃなくて、三日三晩ね。


 あたしの中に何回も真っ白なのを注がれて、身体も真っ白でどろどろに汚されて、シャワ―を浴びてそこでもめちゃくちゃにされて、一生懸命身体を洗うとお返しで身体のあちこちをまさぐられて、寝てる間も繋がって、めちゃくちゃに打ち付けられる衝撃で目が覚めて、ご飯食べる時も繋がってて、あたしのトイレの時はその間もぐもぐしてあげて、咲良くんのトイレの時はお掃除してあげるの。


 頭が痺れて、真っ白になって、身も心もぐちゃぐちゃになってどろどろになってどうしようもないくらい幸せな気持ちになったとき――あたしは成仏できる、かもしれない。


 もちろん仮定だけどね? それでも、今あたしが本当にしたいことは何なのかなって突き詰めて考えたら今言ったことに行き着いたの。三日三晩がダメなら七日七晩でもいい。とにかくめちゃくちゃにされたい。


 監禁状態でも問題ないっていうか、ずっと二人きりじゃないと意味が無いの。あたしの中に常に咲良くんがいる状態じゃないとダメなの。


 ただ、これをしようとすると流石に絢音ちゃん本人が咲良くんとまだしてない状態で……っていうのは無理があると思うのね。


 だから、あたしの計画としては、二人が夏休み前に週七日でヤるくらいの関係になってから、絢音ちゃんの家が都合良く持ってる別荘とかに食料を買い込んで泊まって、そこでめくるめく狂乱の夜を……」



「出来るか――――――!!!!!!!」


 店中に響き渡る声で絢音が叫び、店員が全員ビクリと飛び跳ねた。

 絢音に対して恵美里は至極涼しい顔でくりんと首を傾げる。


「……だめ?」

「当たり前でしょう! 何その……え、エッチすぎる願望は! そんなの無理よ!」

「う―ん、結構現実的だと思うんだけどな~」

「なんでよ!?」

「絢音ちゃんがエッチにあんまり興味が無かったらあたしの願望は拷問みたいなものになっちゃうけど……絢音ちゃん、大概だよね?」

「大概って言うな!」

「後は本当に二人の勇気と、環境だけだと思うの。絢音ちゃん育ちが良いから、そういう都合の良い場所とか本当に持ってそうだけど……どう?」

「……親が半年に一回くらい仕事の都合で使うマンションの一室があるわ。私が使いたいって言ったら好きに使わせてくれる」

「……本当に持ってた……って、あれ?」

「……咲良くん?」


 喋り続けていた二人が、ふと咲良を見る。

 ティッシュで鼻を押さえていた。ちょっとふらふらしている。


「……死ぬ……」

「……ご、ごめんね? お姉さん、ちょっと飛ばし過ぎた……」

「咲良くん、大丈夫? 大丈夫?」

「あ、絢音、頭撫でるのやめて、すごく恥ずかしいから……」


 咲良は穴に入りたい気持ちでいっぱいだった。


       ×  ×  ×


 散々からかわれた後、恵美里と別れた咲良と絢音は、夕暮れに安らぐ町を歩いていた。


「夕方に行きたいところがあるからって時間を潰してたけど……どこに行くの?」


 カフェでの調子そのままに軽い口調で咲良が尋ねると、


「……絢音?」


 絢音の雰囲気がつい先程までと明らかに違うことに気付く。最近よく見るようになった可愛らしい絢音ではなく、初めて出会って食事をした時の絢音でもなく――


 ……なんだか、俺の目の前で飛び降りたときみたいな……。


 咲良の目の前で命を絶った時の、優しくて、儚げで、どこまでも自己犠牲の精神に満ちたような顔。咲良の胸がざわついた。


「今日はね、これから……あそこに行きたいの」


 咲良の不安を他所に、絢音は不自然なくらい明るい口調で遠くの一点を指差した。


「あそこって……確か、夢奇ヶ丘神社?」

「そう」


 絢音が指差したのは、この町の人なら知らない人はいない神社だった。


――夢奇ヶ丘神社。


 何百段もの石段を登った先にある山の上の敷地を持った神社で、歴史は数百年とも千年とも言われている。敷地の広さと町の人々への浸透度から、交通の便の悪さにも関わらず毎年ささやかながら祭りが行われているという。


 咲良は高校からこの町に通っているため祭りに行ったことはないが。この町出身の人曰く「あの祭りに行ったことがない子どもは多分いない」というくらい、夢奇ヶ丘町の人々にとっては馴染みの場所だ。


「この町には数知れない怪談がある訳だけど……怪談が生まれやすい学校の次に、あの神社にはそういった話が多いのよ」

「へえ、そうなんだ。帰っていい?」

「もう少し粘ってよ!? ……えっとね、あそこ、すごく高いでしょ?」

「ああ、そうだね。登るまでに時間が結構かかりそう」

「そうなの。あそこを昇り降りするときは……よく会うのよ」

「……小学校の時に転校しちゃった友達に?」

「なんで神妙な顔でボケたのよ! ……分かるでしょ?」

「……うん」

「もうすぐ黄昏時になるけど、特のこの時間帯は会いやすくなるのよ」

「……誰そ彼、って言うんだっけ? すれ違う人が、この世のものかあの世のものかの境目が曖昧になるっていう……」

「そう、話が早いわね」


 それでね……と、徐々に見えてきた神社に続く石段を見ながら、絢音が説明を続ける。咲良がそれとなく方向転換しようとする度に、襟をひっつかんでもとに戻された。


「あそこは昔から霊験あらたかな場所で、度重なる絶望で今にも死にそうな人や強い恨みを抱えた死人が沢山やってくるの。

 その影響で、昇り降りしている時は、生きている人は死人に近く、死人は生きている人に近付いて境界線が曖昧になるのよ。他の場所で迎える黄昏時とは比べ物にならないくらいにね。

 特にこの時間帯に祭りで賑わっているときなんかは、見える人が見たら本来の人通りの3倍くらいの多さに見えるわよ」

「……絢音も、それくらい見えるの?」

「……そうね。子どもの頃お母さんに連れていってもらったんだけど……『お母さん、人がいっぱいいるね! 道をゆずりっこしなきゃ』と言った時の母の驚いた顔は今でも覚えているわ。あの時お母さんは『そうね』と返して笑みを浮かべてくれたけど、その後二度と連れていってもらえなかった」

「……そっか」


 咲良は絢音の言葉を上手く呑み込めずにいた。のんびりと生きてきた自分と違い、絢音は苛烈な人生を歩んできている。


 強すぎる霊感と。

 死ぬ時までは死なないという力。


 この2つが、絢音から普通の女の子として生きる術を奪っているように思えた。

 咲良には、絢音が今まで歩んできた道をどうこうすることは出来ない。


――だから。


「……今日は、そこに行って困っている人がいたら助けようって考えてるの?」

「そうよ。……あそこにいる人って結構ヘビ―な案件が多いけど、大丈夫……かな? ここまで誘っておいて難だけど……」

「ん、大丈夫だよ。……今さら遠慮される方が寂しいんだけどな~」

 ていうかさっき俺の首根っこを掴んでたよね……とは言わずにおいた。

「あ、ご、ごめんっ! ……その、ありがとうね? 私が巻き込んだとはいえ……咲良くんがこうして協力してくれるのは、本当に……嬉しいの」

「……う、上目遣いは……反則……っ」

「え、何で鼻血が出てるのよ咲良くん!? ティッシュティッシュ!」


 咲良は、やれることをやることにした。

 目の前で可愛らしく慌てる女の子の心に、もっと近付くために。


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