再会と別れ…再び 3
「何であなたが行かなかったのよ」
フィアンマが睨んできた。わざとらしく溜息を吐いて見せる。
「あんたは、先を読む能力に欠けてるな」
「ちゃんと説明してよ!年上でしょう」
「ったく、気位は、あんたの方が数百倍高いよ」
「関係無い!」
ブイオは、もう一度溜息を吐いて見せた。
これだから、自分で考えようとしない奴は困る。全部人任せ、他人任せだ。でも、今はしょうがない。時間が無いんだ。説教は後にして、此処はひとまず教えておこうか。それでも一応、あいつの考える気が起きる程度に…
「あいつらが行った事も、直にばれるだろう。そうしたら、保健機関の奴らはどうするか…」
言葉を切る。フィアンマは一瞬黙り込んだが、直ぐに顔を上げた。どうやら答えが見つかったらしい。
「分かったわ。此処の人達は知らないけど、あたしだったら応援を送り込む。兵士を…そうね、五人位」
「その通り」
微笑み、立ち上がる。万生は既に扉の前に立って入口を睨んでいた。
「来たぞ」
立ち上がり、ゆっくりと振り向く。入口から五人の屈強な兵士達が入り込んで来た所だった。
皆、それぞれに武器を持っている。拳銃にマシンガン、爆弾に火炎弾、硫酸弾…なるほど、こいつらは中程度の兵士だ。新参者やプロならば建物に損傷を与えない素手やこん棒を持ち出して来る。負けるか勝つか、それだけの違いだ。此処は、分かり易い奴らで幸いだと言うべきなのだろう。
建物は二の次、まずは勝つ事。それだけの余裕しか持ち合わせていない奴らだから、厄介だとも言えなくはないが。
拳銃を持った男が進み出て、ブイオに銃口を向けた。まずは小手調べ、という所か。にやついているのは、勝利を確信しているからだろう。
―上等だ。それならばその自信、覆してやる―
ブイオは男に向かって指を二本突き出した。男が鼻で笑い、引き金を引く。幼い頃から動体視力が良かった為、弾丸が向かって来るのがしっかりと見えた。指先に力を込め、弾丸に向かって空気の弾を放つ。空気の弾にぶつかった弾丸は簡単に砕け散った。
手を降ろし、男の様子を窺う。男は青ざめ、拳銃を持った手は震えていた。ようやく相手の力量を理解したらしい。しかし男は、震える足で一、二歩下がったかと思うと、今度は狙いも定めずに立て続けに銃を乱射した。
このままでは万生やフィアンマ、他の客に弾丸が降り注ぐ事になる、そう判断したブイオはその弾丸全てを空中で破壊した。力は消耗するが、今はそんな事に拘っている場合じゃない。男はこれで完全に懲りたのか、顔面蒼白で仲間を掻き分け、逃げ出していった。
次に出て来たのは爆弾を持った男だった。仲間に下がれと命じ、手榴弾を一つ手の中で転がしている。飛んで来る所を空気の弾で破壊しようにも、これではスピードも遅いし大きすぎる。対象物の飛んで来る速さを利用して破壊するこの戦法では、撃ち落とす事が出来ない。男はそれを分かっている様だった。下卑た笑みを浮かべながら、手榴弾を投げつけて来る。今まで爆弾魔なんか相手にした事が無かったから、対処法が見つからない。もたもたしていたら倒されてしまうのに、動けない。
くそ、俺はなんて馬鹿なんだ…!
動いたのはフィアンマだった。矢筒から矢を取出し、弓矢につがえ、射る…。此処までの動作を僅か一秒足らずでやってのける。放たれた赤い矢は、まるで糸を辿っているかの様に美しい弧を描いて飛び、爆弾ごと男を串刺しにした。男にとって、刺された事自体はあまり深手にならなかったが、矢には爆弾が付いている。既に投げられた後だった手榴弾は爆発し、男は胸に大穴を空けて倒れた。
「凄い威力…」
フィアンマが目を瞬く。確かにこの爆弾には驚いた。普通の爆弾なら心臓に穴が開く程度の物だろうが、こんなに大きな穴が空くとなると、その何倍もの威力を持ち合わせている事になる。十倍、百倍…いや、もっとか?
この展開に心底怯えたらしい、残った男の内二人が、万生に向かって火炎弾と硫酸弾を同時に投げた。慌ててフィアンマが矢を射るが、硫酸弾は打ち返したものの、火炎弾は間に合わない。万生は特に慌てる様子も無く、避けず、抗わず、無表情のままじっと飛んで来る弾を見詰めている。
弾がほんの数センチまで目前に迫った時、ようやく万生が動いた。その跳躍力を生かして一メートル程跳び上がり、尻尾を鞭の様に振って火炎弾を絡め捕り、投げ返す。音も無く着地した万生は、相変わらずの無表情でじっとしていた。声も出ず固まっている男の胸に火炎弾は命中し、燃え上がる。炎に包まれ苦しむ男を見て、万生が一瞬悲しそうな表情を浮かべて、何かを投げた。それは開いた男の口の中に吸い込まれる様に消え…そして男は動かなくなった。
「何を投げたの?」
「水さ。ブイオは、分かるだろ」
ああ、と答えてフィアンマを見る。思った通り、訝しげな表情を浮かべていた。
万生が投げたのは、あの湖の水だ。毒の効果は、やはり大きい。楽に逝かせてやったって事か。フィアンマも納得したらしい。万生が持ち歩いている事の方が気になる様ではあったが。
残された一人の男は、マシンガンをこちらに向けてはいるものの、ちっとも撃ってこようとしない。
「こいつも楽にしてやるか?」
万生が訊いた。本当は、そんなに軽々しく命を奪ってはいけないと分かっているのだが、隠された半分の血が疼いている。気が付くとブイオは自分でも分からないまま頷いていた。
万生が男の元に歩み寄り、湖の水が入った小瓶を取り出す。そして男に差し出した。
「さっきはごめんな。さあ、疲れて喉も乾いただろ。少ししかなくて悪いけど、これを飲むと良いよ」
口元に笑みを浮かべ、優しい口調でそう言う。やはり気が動転しているらしい、男は万生から奪い取る様にして小瓶を受け取ると、一気に喉に流し込んだ。そして床に伏し…動かなくなった。
「呆気ないよな」
男の死体を担ぎ上げ、万生が呟いた。ブイオは、俯いたまま、動けない。
―止められなかった―
本当に命を大切に思うのなら、止められていた筈だ。
殺人に血が騒ぐのは本能の内。それを止めるのも本能の内。自分の身体に流れる血は、時に生命を奪い、時に人を救う。
今までは、母親の血が父親の血を隠し、残酷な悪魔として育って来た。しかし、今は父親の血が表面に滲み出ている。それを出してくれたのは、來だった。
傷付いた者を助ける慈悲心。
突然侵入して来た、それも敵と言われ続けてきた者を匿う無防備さ。
それまで、忌み嫌っていた物を曝け出して自分に接する來に、どう対応したら良いのか分からなかった。取り敢えず、その親切に甘えはしたものの、どう応えるべきなのか分からなかった。
でもその時、自分の中で何かが弾けた気がした。自分の心の奥底に隠されていた慈悲心、無防備さ、不用心、そんな物が表に出て来たのを感じた。
…それから俺は、不安定な存在だった。
残酷にもなれず、優しくもなれず、誰にも掴み切れない存在だった。
―居るべき居場所も掴めないまま、どうやって生きれば良いんだろう―
そんな事をいつも考えながら、ずっと生き続けてきた。
矛盾してる。でも、事実。生きる事に理由を求めて…。
銃声がした。來達が入っていった扉の奥からだ。一発…二発。
撃たれたか…!誰だ、來か、沙流か、それとも揚魅か?
万生が扉の奥に駆け込んで行こうとする。ブイオはそれを片手で制した。
「待て。二の舞になりかねない」
万生は不服そうな表情で扉の奥を睨み付けている。ブイオもまた、祈る様な気持ちだった。
どうか、銃声が幻聴であってほしい。これ以上、死人を出したくない。
扉の奥から足音が聞こえた。ふら付いている様だ。万生が身を固くする。ブイオは扉の近くに近づくと、指先に力を込めた。
扉が開く。
中から出て来たのは沙流だった。指から力を抜く。
「沙流!無事だったのか。來と揚魅は」
「二人は無事だ。今、元の体に魂を戻してる。でも…」
嫌な予感がする。二人が大怪我を負ったのか、あるいは別の事か。逸る気持ちを押さえ付け、先を促す。
「男は二人共…死んだ」
「死んだ!?じゃあ、さっきの銃声は…」
「揚魅が撃ったんだ」
…三年前の來と同じ状況か。
なるほど、やはり、父さんの言った事は間違って無い。後で來にも、忠告しておこう。
「ほら沙流、座れって。あいつらの所には俺が行くから」
沙流を椅子に座らせる。様子から見て、沙流は頭を強打した様だ。しばらくの休息が必要だろう。
扉の中に入る。長い廊下と幾つもの扉の間を抜けて辿り着いた先には、來と、人間の身体を抱えた揚魅がいた。
「その様子からして、失敗したのか?」
思わず尋ねる。來の頭脳をもってすればこんな事朝飯前だと思ったのだが、買い被りすぎたか。
來が違う、と言って事情を説明する。つまり、揚魅も謎の能力を身に着けたという事だ。頷いて見せる。でも、幾ら凄いとはいえ、俺の頭の中にまで入り込まれると色々とやり辛い。
「へえ、随分と便利なもんだな。けど、だからといって俺の中に入り込んで来たりすんなよ」
念の為に忠告をしておく。しないとは思うが、まさかという事も有り得る。
「分かってるって。そんな事して、後が怖い」
言う必要も無かったか。鼻で笑う。
沙流やフィアンマ、万生も待っているだろう。俺だってこんな所からは早く出て行きたい。二度と足を踏み入れたくもない。扉の方を指差す。
「さあ、戻りましょう。皆様、お待ちかねでいらっしゃいますよ?」




