再会と別れ…再び 4
外はもう夜だった。時が経つのはこんなにも速い物だと、改めて実感する。
「來、おれはもう帰るから」
揚魅が、背を向けた。
「待てよ。もう少し位良いじゃないか」
「いや、早く親に会いたいし、服も欲しいし」
振り向かず揚魅が言う。そのまま何歩か歩いたが、何かを思い出したのか、來の所に掛け戻ってきた。ポケットに手を入れ、何かを取り出す。
「これ、やるよ。おまえ達の旅に役立つかもしれないし、な?」
手渡されたのは青い石だった。冷たくて、水の様な雰囲気を感じる。胸の奥で何かが疼いた。
「じゃあなっ!」
揚魅が手を振り、走って行く。呼び止める間も無く、その姿は家に帰る雑踏の中に紛れて見えなくなった。
キキッ。
振り返ると、グアンが居た。紗蘭の所から今、飛んで来たらしい。グアンを肩に乗せ、撫でてやった。
何か、もやもやした気持ちを抱えたままフレイアに乗り、待っていたブイオ達の所へ急ぐ。一行は、会話も無く静かに歩き出した。
「來、あんたに一つ、言っておきたい事がある」
いつの間にか、先頭に居たブイオが下がって来ていた。
「何だよ、改まって」
ブイオが横に並んだ。二人は今最後尾に居る。前を行く沙流まではかなりの距離があるから、声は届いていないだろう。
「あんたが愛している物って何だ?」
「愛している物って?」
「何でも良い。人でも、物でも」
考えた事無かった。そう言われれば、ある様な、無い様な…。
「無い…かな」
考えた末に出た結論だった。しかしブイオは、首を振る。
「それは無い。皆、生まれてから死ぬまで愛する物は絶対に持っているんだ。例えば、赤ん坊なら母親だし、歳を取れば孫や、配偶者、近隣住民とかだな」
そりゃ、そうかもしれないが…そう言われても、僕には思いつく物が無い。
「まあ、良いか。気付かない事だってある」
ブイオは横を向き、來と視線を合わせた。紅い瞳に射すくめられる。
「そして人は…俺とかもだけど、愛する物を守る為には命を投げ出すし、どこまでも残酷になれる」
「それが何なんだ」
「揚魅は何を、いや、誰を守りたかったんだろうな?」
その呟きは僕にではなく、遥か遠い何かに向かって言っている様だった。
揚魅は、何の躊躇も無く人を殺した。
それは、沙流を殴って気を失わせた男達に怒りを感じたからか?
それとも、撃たれかけた僕を守る為か?
分からない。考えてなかった。ブイオが來に視線を戻す。
「もう一つ、訊いて良いか」
「構わないけど」
「あの時、あんたは何を守りたかったんだ?」
あの時…それは、僕が怒りに我を忘れ、慕う者を殺した時。
「ずっと理解できなかった。あんたが怒りに我を忘れ、俺に切りかかって来たのは、何を守る為だったんだ?その後、あんたが泣く程慕っていた相手を殺したのは俺を守る為か?じゃあ何で、あの時俺を殺そうとしたんだ?」
答えられなかった。
あの時は、悪魔が怨めしかった。でも、その悪魔を助ける為に、命を一つ、奪った。事実だ。でもそれが、自分でも理解できない。
―僕が守りたいもの、愛しているものって何なんだ―
「つまり俺が言いたかったのは、あんたに自分の命を守って欲しいって事なんだ」
「命を守るって、どういう事だよ?」
ブイオは目を閉じ、大きく息を吸った。無理かもしれないけど、と前置きをして続ける。
「これから、あんたの愛する物、守りたい物が危険に見舞われる事があるかもしれない。でも、それを守りたいが為に、人を殺さないでほしい。命を投げ出さないでほしい。一つの物を、そこまでして守る理由がどこにある?」
ブイオはそこで言葉を切った。言うのを躊躇うかの様に視線を泳がせ、もう一度、大きく息を吸う。
「俺は、あんたが死ぬのを、罪悪感に苛まれるのを、見たくない」
珍しい。ブイオがそんな事を言うなんて…思わず、ブイオの伏せた視線を覗き込んだ。ブイオが顔を上げ、來の眼を見る。今度は強靭な、願いのこもった視線だった。
「殺人は、生き延びる為だけにやれ。命を投げ出すのは、世界を救う為だけにしろ。良いな」
ブイオが視線を前に戻す。遠くを見つめる様に少し上を向いたその横顔は頑強で、これ以上声を掛ける事が何故か躊躇われた。
気が付くと、大穴の前まで来ていた。人間界を、もう一度振り返る。思っていた通り、空には満月が冷たく輝いていた。
―僕は再び帰って来る。揚魅の所に、母さんの所に、そして、歌恋の所に―




