4ー3 『少女』の一番長い日
「はあ……」
深い息を吐き出す。冷たい空気が、疲れたようなそれを白く染めた。
リアを探して王都中を駆けていたアルトは、二時間の経過を確認して事務所の前に戻って来ていた。
ハルカから受け取った魔法結晶を手の平で転がし、二度目の溜め息を吐く。
雨で冷えた体を魔法で温めようかと考え、事務所の看板を一瞬だけ見上げた。簡単な熱を生み出す魔法が良いだろう。
アルトはそれを思い出すと、ふと、足音が近づいて来る方に向き直る。ハルカだ。
「はぁはぁ……アルト」
ハルカはアルトの前まで走って来ると、荒い息をつきながら、彼を見上げた。金色の髪と黒い制服が濡れている、しかし瞳は悲しみの色に濡れてはいない事を確認し、安堵する。
アルトはある程度の緊張を含み、ゆっくりと口を動かした。
「見つからなかったみたいだな」
「……うん」
「でも諦めてない」
「うん、絶対に諦めたく無い、絶対にだよ」
ハルカの言葉にアルトは頷く。今更だと、改めて実感した。心配する必要はない、彼女はハルカ・ウェイアーズだ。
アルトは笑みが浮かぶのを必死で抑える。きっと簡単では無い、だが、コイツなら上手くやるだろう。自分はそれを全力で支えれば良い。この、最高にお人好しな魔法使いを。
「じゃあ、行くか」
「え? アルト、リアの居る場所分かるの?」
「世の中奇跡ばっかじゃ通んないからな。必然は俺が引き受けるさ」
アルトはそう言うと、雨粒を弾いて歩き出した。
頼りになる視線を背に受けながら。
○
王都が見える。
冷たい雨と闇に覆われたアルフィールが。
リアは窓を伝う雨粒をなぞるように、指を滑らせた。
冷たい窓ガラスの感覚。それが「もう触れる事は出来ない」そう言っているような気がして、思わず顔をしかめた。
手足を投げ出し、息を吐く。周囲をぼんやりと見回した。
カビ臭い空気。乗客の事を考えていないであろう、固い木の椅子、天井を見上げれば、荷物を載せる為の格子棚が自分を見下ろしている。何の変哲も無い列車の中だと分かる。
「もう少し、かな」
呟いた。時刻表を見れば分かる事だが、始発は午前七時。先程時計を確認した時には午前五時の少し前だったので、後二時間以上の余裕がある。決して短い時間ではない。
と言っても、乗客用の通常運行ならだ。
アルナス王国と隣国のカルシア共和国。鉄道開通以来五十年、両国の貿易手段は、街道を通るものから、国境都市を通しての鉄道貿易に変化した。貿易用の貨物車、両国のそれが行き交う時間は午前五時と午後三時の二回。
リアが座って居るのは、その貨物車に繋がれた車両の中だった。
後数分……。
列車が出たら、ハルカ達はもう追い付く事は出来ないだろう。
視線を落とす。これからの事はもう考えてある。不確定要素は全て排除した。不安は無い、無い筈だ。
「それなのに……、なんで……?」
零れた雫が答える事は無い。分かってる。分かってるのに。
ゴウン……!
リアの涙が落ちるのと同時に、魔法を用いた動力機関が唸り、獣の呻きのような重低音を響かせた。
動力機関から生まれた力は圧縮され、車輪を、巨大な鋼鉄の塊を、ゆっくりと動かし始める。
大気が揺れ、景色が変わる。
窓を伝う雨の筋が、天蓋を流れる星のように、ゆっくりと、ゆっくりと落ちていく。
――終わる。そう、これはリークスフィア・フォン・アルナスのエピローグだ。
――私の終わりだ。私の勝手な幕引きだ。
目を閉じ、そう思った瞬間。
「え……?」
視界が光に塗り潰され、窓ガラスが雨粒と共に砕け散った。
透明なそれは霧散し、美しく、雪のように散る。
あまりに常識外れした光景だ。
走り出したばかりとは言え、列車の中に外から入り込める人間がいるだろうか? 窓ガラスを粉末状になるまで砕ける人間は?
いるはずがない。
「リア、お待たせ」
「悪い、待たせた」
リアの前に立つ、会いたくて会いたくない彼女達以外には。
後書きを読んで下さった方、感想をくれると嬉しいです。




