3ー5 誰かの景色
加速します!凄くゆっくりと……!
どこまでも続く白い石畳、所々に細かく施された装飾。幅の広い街道は思わず靴を鳴らしたくなる空気が印象的だ。
リアはそんな雰囲気に押され、思わず石畳を鳴らすように踏むと、軽快な音が響いた。
王都街道と呼ばれるそこは、今も昔も、多くの人間に親しまれる初代国王、カイウェル王が歩いた道だ。
「凄く広い……」
「そりゃそうだ、アルフィールで一番広い道だって言われてるからな」
興奮気味に街道を踏み慣らすリアに、アルトは言った。
実際に馬車が四台程すれ違えそうな幅があるこの街道。実はカイウェル王が歩いたというだけで、舗装されたのは百年程の昔なのだが、あまり知られていない為か、カイウェル王が作ったと勘違いされる事が多い。
以前読んだ観光パンフレットには誤った記述があった事を思い出し、アルトは石畳の装飾を見た。多少の傷や汚れはともかく、物質としての劣化は無い。
魔法による劣化防止が出来る以上、一目で作られた年代を図るなんて事は出来ないのだ。
そんな事を考えながら暫く装飾を眺めていると、露天を見ていた筈のハルカが声を上げた。
「アルト!リアは!?」
「え?」
思わず顔を上げる、今は昼の一時過ぎだ。この時間帯は食事や昼休みで人通りが最も少ない。すぐに見つかる筈だったのだ。しかし。
「いない?」
目を離した数秒で消えた?いや、不自然すぎる。
まさか……。
嫌な汗が頬を伝う。
「くそっ!」
次の瞬間、アルトは小さく吐き捨てると走り出した。石畳を蹴り上げ、人の波を掻き分けて進む。
景色が目まぐるしく入れ替わる。
周囲の露天が騒がしい、しかしそれ以上に石畳を鳴らす音が響く。打楽器を打ち鳴らしているようだ。
今は逸る心音が耳障りで、アルトには不協和音にしかならないが。
暫く走り、周囲を見回す。
アルトは開けた道では無く、薄暗い路地を捉え、其処に駆け込んだ。
アルトの勘が半分、経験が半分の判断だ。今回は多少勘の方が大きいが。
昼とはいえ魔法灯が申し訳程度にしか設置されていない路地は建物の影で薄暗い、アルトはその闇を裂くように走りながら、刀を振るう。
光が闇を絶ち、一瞬、二人の人間のシルエットが浮かび上がった。
アルトは瞬時に影を見極め、片方はすぐにリアだと認識した、しかしもう片方は……見えない、認識出来なかったのだ。
視界には写っている、だが魔法的な妨害が掛かっているのかどうしても認識出来ない。
「……予想より早いですね」
「え?」
影のそんな言葉と共に、光が路地に満たされた。
アルトは認識妨害を払い、リアの隣に立つ人影を見る。
目元まで隠れてしまう長いローブに身を包んだ長身の−先ほどの声から恐らく男だろう−人物だ。
一目で普通では無いと分かる、もしコレが最近の流行だというのなら、アルトは普通とファッションの意味を書き換えなくてはいけなくなるだろう。
「リア!」
誘拐か? 暗殺か? 相手の姿から様々な思考を頭に浮かべる、だがアルトはそれを刀に乗せ、振り払うように踏み込んだ。
「しゃがめ!!」
「え! アルト!?」
リアが驚きながら振り返るのを見て、アルトは刀を放り投げた!
「なっ!」
ローブの男も予想出来なかったのだろう。驚きを含んだ声を上げ、懐に手を入れる、だが男はそれに対応しきれず、刀は見事な軌道を描き、ローブの男へと向かっていく−−筈だった。
涼やかな金属音。
刀は男の眼前で、見えない壁に弾かれたように宙を舞った。澄んだ音は刀が石畳の上に転がった物だ。
干渉を許さない壁、いや。
「その行動は少し予想外だったな」
「俺の方が予想外だ、物理不干渉と時間停滞の複合技何て使いやがって」
「君も彼女に怪我をされては困るだろう?万全を期したまでだ」
男はアルトの声に至極真面目な声で返すと、リアの頭を撫でた。
「私は彼女に危害を加えるつもりは無い」
「じゃあ何だ、無目的の愉快犯か?」
「……語る必要は無いな、ただ今は退くさ」
男は嘆息したように言葉を吐き出すと、ローブを返し、手近な建物の屋根に登る。
ローブの下では微笑を浮かべていそうな程余裕のある動きだった。
「迎えに来るまでの間、彼女を頼むよ」
「待ちやがれ!」
アルトは刀を拾い上げ叫ぶが、これで待つ人間はいないだろう事も承知している。
男の姿がすぐに見えなくなり、無駄な事を確認すると、アルトは刀を鞘に納めた。
確認しなくてはいけない。アルトが振り返るのと同時に、ハルカが息を切らしながら路地に走り込んできた。
「リア、アルト、大丈夫!?」
「俺は問題無い、それよりリアだ、治癒魔法の増幅器はあるか」
「うん大丈夫」
アルトはハルカがリアの無事を確かめるのを横目で見ながら、曇り始めた空が今にも大粒の雨を落としそうな事に気づき、顔をしかめた。
嫌な天気だ、今夜は大雨になるな。
○
結局、王都観光は途中で切り上げた。
今後の襲撃の件、リアの安全確保もそうだが、何らかの魔法を掛けられていないかを確認する為だった。
「もうすぐ事務所だからね?」
ハルカは笑いながら、リアを『見上げて』言った。
「うん」
「大丈夫だ、今度はハルカも近くに居る、何の問題も無いさ」
「そうじゃなくて……」
首だけ振り返りながら言うアルトに、リアは頬を染め、口元を何度か歪めた。
「わざわざアルトにおぶって貰う事は……」
「一応だ、検査は簡易的なモノだし、何時何が起きてもおかしくないからな」
「でも……」
正直恥ずかしい。リアは今年十三歳になったばかりだが、その居振る舞いは周囲に合わせ大人らしく、そして年相応でもあるのだ。恥ずかしく思わない筈がない。
「気にしない、気にしない! 私も最近アルトにおぶって貰ったし」
「え? 本当に?」
「お前が酔いつぶれるからだ……、酒弱い癖に飲み過ぎなんだよ」
「良いじゃない」
「あはは!」
それから三人は取り留めも無い話をした。楽しかった事、可笑しかった事。とても短い時間と距離。価値有る時間と絆。
何時の間にか事務所の前に着いていた。扉を開け、照明を点けた。
「リア、着いたよ」
「……」
「リア?」
ハルカがリアの顔を覗き込んだ。アルトも倣うように振り返る。
「眠ってるのか?」
アルトは言った、同時にそんな筈は無いと思う。ついさっきまで話をしていた。扉を開くまで、夕飯の話をしていたのだ。
「……魔法?」
ハルカがぼんやりと呟く。雨が地面を濡らし始めた。




