第1話 転生
十八歳、高校二年生。
黒田律には、友達がいなかった。
いじめられていたわけではない。
無視されていたわけでもない。
気がつけば、自爆を重ねた結果として、周りから人が綺麗さっぱり消え去っていた。
理由は、黒田自身にも痛いほど分かっている。
壊滅的に、口が悪いからだ。
黒田には、相手の嫌なところが妙にはっきり見えた。
本人が隠したがっている弱さ。
本当は触れられたくない部分。
見栄や嫉妬や、醜い本音。
そういうものを、なぜかすぐに見抜いてしまう。
そして黒田は、その嫌なところを口に出さずにはいられない性格だった。
高飛車な女子がイメチェンしてきたときには、
「髪型より先に性格変えた方がいいぞ」
高いスニーカーを見せびらかす男子には、
「高い靴履いても、お前自身の価値は上がらねえぞ。先に自分磨けよ」
黒田の悪口は、大抵図星だった。
言われた当人は何も言い返せず、ただ黒田を睨みつけるだけだった。
――当然、友達などできるはずもなかった。
*
友達が欲しかった。
放課後に誰かと遊びたかったし、できれば女子と甘酸っぱい青春とやらを送ってみたかった。
だが、黒田にはどうしても人の嫌なところが見えてしまう。
そして、それを指摘せずにはいられない。
当然、相手はドン引きして離れていく。
教室にいても会話の輪に入れない。
休み時間になれば、一人でスマホをいじるフリ。
昼休みも、一人でパンを噛みしめる。
結局、黒田は学校へ行かなくなった。
自分の部屋に閉じこもり、毎日毎日ゲームに没頭する重度の引きこもりとなった。
両親は何度もドア越しに、学校へ戻るよう説得してきた。
「律、頼むから……このままじゃ駄目だ」
心配してくれていることくらい、分かっていた。
でも、外に出るのが怖かった。
考えるより先に、最悪の悪口が口から出てしまう。
言った後で、強烈な自己嫌悪と後悔に襲われる。
だが、本当のことを言ってやったというプライドが邪魔をして、謝ることができなかった。
自分でも心から思う。
――俺、マジで口悪いな。
分かっている。分かっているのだが、この歪んだ口は止まらない。
黒田律、十八歳。
人生詰みかけの、最低最悪の引きこもりだった。
そして、そんな黒田律が――あっけなく死んだ。
原因すら覚えていない。
さっきまで黒田は、自室でネトゲをプレイしていた。
いつものように画面に向かって暴言を吐きながら、コントローラーを握っていたはずだった。
気づけば――見渡す限り真っ白な謎の空間に突っ立っていた。
「……は? なんだここ」
どこまで続いているのかも分からない、白一色の無限の世界。
目の前には、五人ほどの人間が整列させられている。
黒田もなぜか、その謎の列の最後尾に並ばされていた。
誰も騒いでいない。逃げようとする者もいない。
列のずっと先には、ひときわ神々しい光を放つ女が椅子に座っていた。
長く美しい銀髪。
透き通るような白磁の肌。
芸術品のように整いすぎた顔立ち。
そして――物理法則と防御力を一切無視した、必要性がまったく理解できないほど露出度の高い、布切れのような衣装をまとっている。
どうやら、女神というやつらしい。
「大変な人生でしたね……」
女神が、列の先頭にいるおっさんへ、聖母のような優しい笑みを投げかけていた。
「三十七歳。過労による突然の心不全……。ずいぶん無理を重ねなさったのですね」
「はい……本当に辛かったです……」
「次の人生では、もう少し穏やかに暮らせる世界がよいでしょう。あなたは真面目で責任感の強い方でしたから――」
長い。
話がとにかく無駄に長い。
黒田は腕を組み、貧乏ゆすりを始めた。
女神は男の生前の苦労話について細かく尋ね、男も涙ぐみながらそれに答えている。
仕事のブラックさ。家族への思い。やり残したこと。次の人生で何をしたいか。
……心底どうでもいい。
十分が経過した。
まだ喋っている。
黒田の足先が、イライラと床を激しく叩き始めた。
ようやく話が終わり、男が光に包まれて成仏(転生)していった。
続いて次の二人が前へ出る。
若い男女だった。二人は固く手を繋ぎ合っている。
「僕たち……次こそは、二人で幸せになりたいんです!」
「今度こそ、誰にも邪魔されない世界で……!」
「まあ……」
女神が痛ましげに目を伏せた。
「お二人は……駆け落ちの末に心中なさったのですね」
黒田の眉がピクッと跳ね上がった。
「事情はよく分かりました。では、お二人が平和に暮らせる世界を探してみましょうね」
女が感極まって泣き始めた。男がその肩を優しく抱き寄せる。
女神がまたしても、聖母のような慰めの言葉をかける。
……また長くなりそうだった。
その瞬間、黒田の堪忍袋の緒がブチ切れた。
「話が長げえんだよバカヤローーーーっっ!!!」
真っ白な世界に、怒号が響き渡った。
全員がビクッと肩を跳ねさせて振り返る。
女神も目を丸くしてフリーズした。
「……は、はい?」
「さっきから聞いてりゃ何十分かけてんだよ! 一人あたり三分目標でサクサク回せ! 市役所の窓口でももうちょっと手際いいぞ!!」
「な、なんですかあなた急に!?」
「あと、さっき転生していったおっさん!」
すでに転生した男は、もうこの場にいない。
それでも、黒田という暴走機関車は止まらない。
「ブラック企業で過労死? 途中でサクッと辞めろよ! なんで命なくなるまで社畜やってんだ! それ真面目じゃねえからな!? ただ要領が悪いだけの無能だろ!!」
「あ、あなた、亡くなった方に何という不敬を……!」
「それからそこのイチャついてる二人!」
心中した男女が、ビクッと肩を震わせた。
「勝手に絶望して一緒に心中しておいて『次こそ幸せになろうね♡』じゃねえよ! 今度こそじゃねえ! まず泥すすってでも死なずに生きろ! 幸せになるのはそれからだバカ!!」
「ひ、ひどい……!」
「うるせえ!!」
黒田は最後に、優雅に座る女神を力強く指差した。
「で!! お前だ女神!!」
「わ、私っ!?」
「なんだその破廉恥極まりない服は!!」
「えっ!?」
「圧倒的に布面積が足りてねえぞ! 女神なんだろ!? なんでそんな無駄に胸元オープンにしてんだ! 誰の気を引こうとしてんだよ! ここ死人しか来ねえだろエロ女!!」
「…………」
女神の美しい頬が、ピキピキと引きつった。
「だいたい、お前もさっきから何なんだよ、その『私、あなたの悲しいお気持ち全~部わかります♡』みたいな嘘くさい聖母面は!」
「な……」
「毎日毎日、死んだ奴らのクソみたいな人生相談聞かされてんだろ!? 仕事で死んだ、恋愛で死んだ、後悔してる、次はハッピーになりたい! そんなくだらねえ話、何千年も聞いてんだろ!」
「…………」
「本当はもうウンザリして飽き飽きしてんだろ!?」
女神の完璧な表情が、ピタッと止まった。
「お前だってたまには休んで遊戯王カードとかやりたいだろ! なのに毎日ここに縛り付けられて、知らねえ奴の人生説教聞いて、作り笑い浮かべて、次の行き先手配して! 女神っていうより『死後の人生相談窓口(派遣社員)』じゃねえか!!」
「…………」
「しかもお前、さっきから全員に対して全く同じ営業スマイルなんだよ!!」
「……っ!」
「仕事用の作り笑いだろそれ!!」
女神の綺麗な眉根が、ピキッと痙攣した。
「……あなた」
「なんだよ!!」
「一番先にして差し上げますわ」
「よっしゃあ!! 待ち時間ゼロ!!」
「喜ばないでいただけます!?」
黒田は堂々と列に割り込み、女神の目の前へズカズカと進み出た。
背後から他の死者たちの冷ややかな視線が突き刺さるが、知ったことではない。
女神はこめかみをピクピクさせながら尋ねた。
「それで……あなたのような無礼者は、次の人生で何を望むのですか?」
「主人公」
「……はい?」
「世界の『主人公』になりたい」
「……ずいぶんと図々しい望みですね」
「当たり前だろ! 十八年間、ずっと人生の日陰の隅っこをコソコソ歩いてきたんだぞ!?」
友達もいなかった。学校にも行けなくなった。
気がつけば、暗い自室とゲームの画面の中だけが、世界のすべてだった。
「だから次は、道のど真ん中を威風堂々と歩くんだよ!」
「道の……ど真ん中?」
「そうだよ! 目立ってナンボだろ! せっかく異世界転生っていう権利を得たのに、スローライフとか目指してどうすんだよ!」
「スローライフ……」
「せっかく人生リセットしてやり直せるチャンスなのに、なんでまた人生の隅っこに行こうとしてんだ! バカじゃねえの!?」
「…………」
「俺は絶対嫌だからな! 今まで散々暗い日陰を歩いてきたんだ! 次くらいスポットライト全開のピカピカの人生を寄こせ! そっちのほうが人間として普通だろ!」
「あなたの仰る『普通』には少々……いえ、激しい疑問がございますが……」
「うるせえ! とにかく主人公だ!」
「具体的には?」
「まず超金持ち!」
「はい」
「身分も超高い!」
「はい」
「戦闘力最強!」
「はい」
「顔も超絶イケメンで頭もキレ者!」
「はい」
「チート特殊能力も山ほど!」
「……はい」
「当然、女の子にもモテまくる!」
「まだあるんですか?」
「ある! 国を裏から動かせるくらい偉くて、誰にも逆らわれなくて、世界最強のヒーロー!」
「…………」
「どうだ! 完璧な主人公スペックだろ!」
「欲望の酷さに関しては完璧ですね」
「……で、作れんのか?」
「ええ」
女神の口元が、スーッと怪しく歪んだ。
「分かりました。あなたの『望みどおりの世界』へ転生させて差し上げましょう」
「マジで!? 話がわかるじゃねえかエロ女神!」
「ふふふ……」
「なんだよ」
「いいえ。別に何も」
ものすごく嫌な笑い方だった。
だが、舞い上がった黒田はまったく気にしなかった。
足元に、巨大な魔法陣がパッと現れる。
眩いばかりの白い光が噴き上がった。
「お、おい!?」
身体が光に溶けて透けていく。指先から感覚が消えていく。
「それでは、黒田律さん。あなたに、これ以上ないほど相応しい力も差し上げますね」
光の向こう側で、女神がこれ以上ないほどの、極上の満面の笑みを浮かべていた。
「素晴らしい、最高の第二の人生を♡」
*
目を開けると、そこは見たこともない豪奢な天蓋付きの、キングサイズのベッドの上だった。
「……んあ?」
黒田はゆっくりと身体を起こした。
広い。
実家の自室の十倍はあろうかという大空間。
ステンドグラスの巨大な窓。ふかふかのペルシャ絨毯。
壁には伝説の武具のような剣と盾が飾られ、重厚な高級家具が並んでいる。
……見覚えがあった。
いや、知っている。
「……マ、マジか……!?」
黒田はベッドから飛び降りた。
壁際の巨大な姿見へ猛ダッシュする。
そこに映っていたのは、冴えない黒髪の黒田律ではなかった。
眩いばかりの金髪。
宝石のように透き通った青い瞳。
スッと通った芸術的な鼻筋。
モデルのようにすらりと伸びた手足と、完璧なスタイル。
同性でも腹が立つほど完成された、超絶美形。
「……ルクレイン・アステリア……!?」
黒田は鏡の中の少年を見つめながら、震える声でその名を呟いた。
間違いない。
黒田が死ぬ直前まで狂ったようにプレイしていた大ヒットRPG『アステリア・クロニクル』。
その圧倒的【主人公】だ。
アステリア王国第二王子、ルクレイン・アステリア!
「……マジかよぉぉぉぉぉっ!!!」
黒田の口元が、歓喜で激しく震えた。
そして――。
「勝ったあああああああ!!!! 完全勝利だあああああッッ!!!!」
両拳を、天井に向かって力強く突き上げた!
勝った。人生の大逆転、完全勝利だ!
ルクレイン・アステリア。
金髪碧眼、超美形、スタイル抜群。
性格までよく、誰からも慕われる。
女にもモテまくる。
そして何より――こいつは強い。
剣術。
魔術。
未来視。
鑑定。
状態異常無効。
危険察知。
治癒。
その他、数えるのも面倒になるほどの大量のスキル。
仲間を集めて勇者パーティーを結成し、最後には世界を脅かす魔王を討伐する。
そして、その後に待っているのは――ヒロインたちに囲まれた夢のハーレムライフ。
「これだよ! 俺が欲しかった人生これだよ!」
十八年間、人生の隅っこを歩いてきた。
その反動がこれだ。
人生のど真ん中。
いや、世界のど真ん中だ。
「女神! お前、服装以外は完璧じゃねえか!」
黒田は興奮したまま叫んだ。
「ステータスオープン!!」
……何も起きない。
「……あれ?」
もう一度、ポーズを決めて叫ぶ。
「ステータス表示!!」
ピコン、と目の前に半透明のブルーのステータス画面が現れた。
「来た来た来た来たぁーっ!」
黒田はゲス顔で笑いながら、画面へ顔を近づけた。
名前:ルクレイン・アステリア。
身分:アステリア王国第二王子。
「はい勝ち! 完全勝利確定!」
ゲームの知識どおりのステータス! そして――お目当ての【保有スキル欄】。
黒田は舌なめずりした。
「さあ見せてみろ……! 山ほどのチートスキルの数々をよぉ!」
スキルボードをタップして開いた。
「…………」
画面が、真っ白だった。
「…………ん?」
何もない。
上から下まで、見事なまでの純白の空白。
「いやいやいや、待て待て」
黒田は苦笑いした。
「分かってるって。スキルが多すぎて一画面に表示しきれてないパターンだろ?」
なにしろ原作のルクレインは、スクロールするのも面倒になるほどのスキル量を誇っていたのだから。
「どっかに格納されてんだろ? フォルダか? 『チートスキル一覧.zip』みたいに圧縮されてんのか?」
画面の端から端まで、必死に探す。
……ない。
「……け、検索機能は……?」
……ない。
「全表示切り替えは……?」
……ない。
「…………」
背中に、たらりと嫌な冷や汗が流れた。
黒田は震える指先で、画面を激しくスクロールした。
真っ白。
さらに下へ。
真っ白。
「おい……嘘だろ……」
もっと下へ。
「どこまで白いんだよ……!!」
期待が焦りに変わる。そして――スキルボードの最底辺。
画面の隅っこに、申し訳程度に何かがあった。
「……ん?」
黒田は目を皿のようにして、顔を限界まで近づけた。
やたらと文字が小さかった。
【保有スキル】
【悪口 Lv.1】
「…………」
「……何これ?」
黒田はしばらくの間、フリーズして画面を見つめた。
もう一度、上まで爆速でスクロールする。
真っ白。
一番下まで戻る。
【悪口 Lv.1】
「…………」
「……これだけ?」
当然、返事はない。
「剣術は……?」
ない。
「魔術は……?」
ない。
「未来視は……?」
ない。
「鑑定は……?」
ない。
「状態異常無効は……?」
ない。
「危険察知は……?」
ない。
「治癒は……?」
ない。
「…………」
黒田の脳裏に、あの空間で最後に見た女神の「極上の笑顔」が鮮明に蘇った。
『あなたに、これ以上ないほど相応しい力も差し上げますね』
「…………」
黒田はもう一度、虚無のスキルボードを見た。
【悪口 Lv.1】
「ふざけんなあああああああああああああああああああああ!!!!!!」




