4話
「グランチェスタからリビオに不審な荷物、ですか?」
エリオは訝しげに聞き返した。
人気の無い基地の事務所内で、デスクの向かいに座った男は頷く。
「ただの穀物なんだが、行きと帰りで重量が合わないんだと」
「どこの業者か特定出来てるんですか」
「ああ。いつも同じやつだ」
エリオは首を傾げる。
「担当者が粗忽なのでは?」
「それがな。エヴァレットを通る時に何でか夜に水路を使うらしい」
その言葉にエリオは眉を顰めた。周りに誰もいないのを確認して声を落とす。
「水路を?」
「昼の街道を通らずに、わざわざ馬車から船に積み替えてな」
皮肉っぽく笑うと、ルネアは書類を指で弾いた。
肩まで伸びた赤毛を真ん中で分け、白い肌には薄くそばかすが浮いている。
小柄な身体には隊服が大きく、ジャケットを肩から落ちるようにして着崩していた。
しかしそのジャケットの胸元には上級輸鳥兵のピンがついている。
年齢も輸鳥隊としての経験も、彼の方が上である。
「俺とお前だけで軍からの機密調査…胡散臭いねぇ」
「ルネア先輩」
諌めるように声を掛けると、彼は鼻で笑った。
ルネアの相棒はアゲートという梟だ。
梟は乗るのが難しく、輸鳥隊の中でも珍しい鳥種に入る。
椅子にもたれながら、ルネアは面倒そうに目を細めて書類を眺めている。
「ま、夜間の調査なら俺も行かないとなぁ」
「アゲートの目が必要になりますね」
「おう」
ルネアは欠伸を噛み殺してエリオを見る。
「その業者が動く日に水路の監視に当たる。とりあえず今日は通常業務に加えて、グランチェスタとリビオの輸送記録を照合する」
「はい」
「終わらなかったら明日もやる」
「…はい」
「特殊任務だぞ、喜べ。ふぁ…」
抑えきれずに欠伸をする。
「夜勤明けにこんなことさせるなよ、なぁ?」
「今日は帰って寝て下さい。照合は僕がやっておきますので」
「お、いいの?よろしく」
軽い調子でルネアは席を立った。
肩を軽く揺すってずり落ちそうになっていたジャケットを直す。
「夜起きるから、そん時に引き継ぐわ」
「分かりました。お疲れ様です」
「出来る所まででいいぞ。こんなの、無理したって大して変わらないから」
エリオはそう言い残して去った彼の後ろ姿を見送って、グランチェスタとリビオから送られて来た輸送記録を広げた。
並ぶのはリビオとグランチェスタの地名。しかし実地調査に向かうのは中継地点のエヴァレットになる。
「…しばらく、行けないかもな」
無意識に呟き、考えを打ち消すように首を振る。
しかし脳裏には先日の光景が消えない。
絵の具と木の匂い。真剣に絵筆を握ってる表情。結ばれた髪。黒いエプロン。
厩舎で震えていた手。気丈な声。
土と薬の匂い。ほっとした笑顔。
どうして思い出してしまうんだろう。
紙面の文字が上滑りしていた。
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夕食の前。
フィオナは食堂から夕焼けを眺めていた。
ここからはフィオナが遠駆けする丘がよく見える。
横に座っているナディアが悪戯っぽく笑いながら話しかけてきた。
「あの人、もう来ないの?」
「…誰のこと?」
ナディアはクスクス笑っている。
「やだ、分かってるでしょ。鳥の人」
食堂に淡い水色のドレスを着たおっとりした女性が入ってきて、二人の向かいに座る。
「鳥の人って誰?」
「リーサ姉さん」
反応した長女のリーサに、フィオナは仕方なく口を開いた。
「リビオの輸鳥隊の人と、最近知り合って」
「リビオの?不思議なご縁ねぇ」
「…興味があるって言うから、人形の絵付けを一緒にしたの」
リーサは笑顔になって胸の前で手を合わせる。
「あぁ、あの変わった柄。リビオのだったのね。可愛くて貰っちゃおうかと思った」
「だめ!」
慌てて拒否するフィオナ。
リーサとナディアは顔を見合わせた。
「断られちゃったわ」
「あの子の物でも無いのにねぇ」
止まらない二人のお喋りに、フィオナは気まずそうにまだ何も置かれていないテーブルを見つめている。
「でもあの人、貴族なの?」
「…分からないけど。名乗られたことは無い」
「じゃあ平民なのかしら。あんまりうかうかしてるとお父様とオリバーが話まとめちゃうわよ」
フィオナは突然幼なじみの子爵令息の名前が出たことに目を丸くする。
「何の話?」
またもやリーサとナディアは顔を見合わせた。
「気に入られてるの、気づいてなかったの?」
「嫌だわ、この子ったら」
当然のように言われて、フィオナは眉を寄せる。
「子爵と一緒に仕事でよく来るけど…姉さん達のことが気になってるのかと思ってた」
「あの人、うちに来るとフィオナしか見てないじゃないの」
二人が声を上げて笑い、そのことを全く知らなかったフィオナは渋い顔をした。
テーブルに肘をついたナディアが隣のフィオナの顔を覗き込む。
「オリバーに豊穣祭は誘われてないの?」
「誘われてない。三日目に広場でやる劇が楽しみですねって言ってた」
「…それはお誘いではないの?」
「違うんじゃない?」
フィオナは心外とばかりに目を開いて二人の方を向いた。
「小さい頃から付き合いはあるけど、オリバーから何も言われたことないから」
「それはさぁ…フィオナが恋愛に全然興味ないから友達として接してくれてるんじゃないの」
ナディアは昔から知るオリバーを気遣うような素振りを見せる。
しかしフィオナは軽く首を振る。
「そんなの、伝わらない」
「じゃあどんなのなら伝わるの?」
言葉に詰まる。
窓の外をちらりと見た。丘を夕陽が染めている。
「…一緒に、何かしてくれたり」
「うん」
「困ってたら、何か出来るかもしれないからってついてきてくれる人」
「へぇ?」
リーサは楽しそうに口元に手を当てて笑った。
「輸鳥隊の人がそう言ってくれたのね?」
「だから違うってば!」
顔を真っ赤にしてフィオナは椅子を立つ。
子供の癇癪を見守るみたいに二人は優しく声をかける。
「豊穣祭はその人と回るの?」
「まだ決めてない…」
「輸鳥隊も忙しいんだから、早めに聞いておいた方がいいわよ」
「お手紙出したら?」
「…そうする」
誤魔化せなくなったフィオナに、姉達はクスクスと笑っていた。




