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トロアノ記~マヤ文明の歴史  作者: 京美人
第1章:文字の誕生と契約(紀元前1500年頃)

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第11話:乾いた肉体と、蠢く泥の底

第1章:文字の誕生と契約

第二部:葛藤と狂気

喉を通過する大気が、乾いた砂を直接肺に流し込まれているかのように熱く、そして痛かった。吐き出す息さえも水分を完全に奪われており、呼吸を繰り返すたびに、内臓の壁がじりじりとひび割れていくような錯覚に襲われる。


クシは、集落の中央に据えられた、すでに水の一滴すら湧き出さなくなった掘り抜きの泥穴の前に、膝から崩れ落ちていた。かつては一族の命の拠り所であり、夜明け前には村の母たちが毎朝のように瑞々しい水甕を並べ、冷涼な水の匂いと共にお喋りに興じていたその場所は、今や見る影もない。そこにあるのは、亀裂だらけの赤土の底が容赦ない陽光に晒され、まるで巨大な、干からびた獣の死口のように虚ろに開いた、悍ましい穴の爪痕だけだった。周囲には、打ち捨てられた土器の破片が白々しく転がり、かつて定住という果実を手に入れたはずの人間たちの無力さを嘲笑っている。


「……もう、どこを掘っても出ない。土の底まで、完全に死んでいる」


隣で泥を掻き出していたチュエンが、血の滲んだ爪を見つめたまま、力なく呟いた。彼の指先は赤黒い泥と乾いた血の塊で固まり、爪は何度も固い地層を穿ったせいで無残に割れている。彼の声には、かつてクシを悪霊の代弁者、あるいは村に災いをもたらす異端者として襲ってきたときの、あの狂暴な気配は微塵も残されていなかった。そこにあるのは、ただ生命維持の限界を迎えた人間が放つ、浅く、途切れがちな呼吸の音だけだ。その胸の上下は痛々しいほどに薄く、肌は完全に生気を失って、灰をかぶったかのような土色に変色していた。


村を覆う「日常」は、すでに数日前のあの呪わしい熱風の襲来によって、完全に破砕されていた。命を繋ぐための聖域であったミルパに落としたトウモロコシの種子は、大地の底で発芽の機会すら与えられぬまま、あのヤシュ長老が息を引き取る直前に遺した不吉な遺言通りに、白いカビの生贄となって全滅した。土を掘り返せば、ただ腐臭を放つ黄金の骸が転がるのみであり、それは一族の未来が完全に断たれたことを意味していた。


さらに恐ろしいのは、彼らを囲む密林そのものが、水分を求めて狂い始めたことだった。かつては豊かな緑の絨毯であり、瑞々しい生命の象徴であったはずのシダ草は、熱風に焼かれて茶色く変色し、人間が足を踏み入れるたびに不快な粉塵となって舞い上がり、肺を内側から削りにやってくる。それだけではない。鬱蒼とした闇に潜んでいた吸血虫の群れですら、植物の汁を失って狂乱し、今や人間の血ではなく、乾ききった皮膚の角質そのものを貪ろうと、執拗に人々の剥き出しの身体に群がっていた。叩き落とす気力もない村人たちの肌は、虫に食い荒らされ、異様な斑点となってただれ始めている。


「……長老の墓を暴け」


広場の隅、ひび割れた赤土の上にへたり込んでいた男の一人が、地を這うような濁った声を上げた。

それは、他の誰でもない――かつてクシと共にミルパの泥を掻き出し、文字という名の、言葉を形にして留める知恵の器の価値を、誰よりも近くで理解し始めていたはずの男、チュエンだった。


しかし、今の彼の目には、かつてクシの行為を静かに見守ろうとした理性の光は完全に失われていた。代わりにそこに蠢いていたのは、極限の飢えと渇きがもたらす、悍ましい獣のギラギラとした物狂おしい光だった。彼の右手には、かつて激しい喘鳴の末に息絶えた、あの老いた呪医が遺した、黒ずんだ黒曜石の剥片ナイフが握られていた。太陽の光を浴びて、その漆黒の刃先が、血を求めるかのように鈍くぎらついている。


村人たちが一斉に息を呑み、憎悪と怯えに満ちた視線をクシへと向けた。


「神々が怒っておられるのだ!天のチャクも、地を這うジャガーも、我らの不遜に怒りを爆発させておられる!」


チュエンは立ち上がり、黒曜石のナイフの先をクシに向けるのではなく、周囲を囲む暴徒と化した村人たち、そして不気味に変色した天に向かって突き上げ、一歩、また一歩と這い寄ってきた。その声は激しく掠れ、完全に狂気を帯びていた。飢えた村人たちは、そのチュエンの異様な迫力に圧され、まるで神の託宣を聞くかのようにじっと身体を硬直させている。


しかし、クシは、チュエンのその裂けそうな瞳の奥に、全く別の「必死の光」を見た。

チュエンは狂っていない。彼は、極限状態に達した村人たちの刃の矛先が、クシの命と、その胸に抱かれたイチジクの樹皮(アマテの文字)に向けられているのを瞬時に察知したのだ。文字を呪いだと恐れる群衆がクシを八つ裂きにしようとする前に、あえて「死んだ呪医の遺物を継いだ、狂える預言者」の役割を演じることで、この殺戮寸前の場を完全に支配しようとしていたのだ。その背中に流れる冷たい汗と、微かな震えが、クシには痛いほどに伝わってきた。


「呪医が死の間際に言っていた通り、神々が求めているのは、我らの生々しい血だ!」

チュエンはクシの前に立ちはだかるようにして、押し寄せてこようとする群衆を鋭い眼光で睨みつけた。


「だが、お前たちは決定的な勘違いをしている!クシが樹皮に刻み、命を削って増やし続けてきたあの不遜に見える記号は、一族を滅ぼす呪いなどではない!あれは、神々が我らから水を取り上げ、火を降らせているその『理由』を暴き、天のチャクに突きつけるための、我らの唯一の『盾』なのだ!」


群衆が、どよめきに似た低い地鳴りのような声を上げた。チュエンは躊躇うことなく、手にした黒曜石のナイフを己の左腕へと深く突き立てた。肉が裂ける鈍い音が響き、中から溢れ出た赤黒い血が、乾いた赤土の上へとポタポタと滴り落ちる。その生々しい痛みに顔を歪めながらも、彼は叫びを続ける。


「神々が求めているのは、文字を恐れて知恵を捨てる、ただ怯えて死を待つ臆病な獣ではない!もっと生々しく、熱い、神々の肉そのもの――すなわち、この大乾期に耐え抜く我らの生への凄まじい執念だ!クシが樹皮を肌に身につけ、記号を増やしていくたび、我らは神々の気まぐれを記録し、暴き、次の雨の座を勝ち取る力を得ているのだ!長老の墓を暴き、その骨に神々の怒りを鎮める言葉をこれ以上刻まぬというのなら、俺がこの手でお前たちの代わりに、大地の底の記憶を引きずり出してやる!」


チュエンの放ったその言葉は、狂気の皮を被った、クシと文字を守り抜くための、自らの命を賭した狂言の扇動だった。彼は、文字の力を呪いだと恐れる村人たちの精神世界を完璧に逆手に取り、「神々に対抗するための神聖な武器」として、文字を彼らの前で定義し直そうとしていたのだ。知恵なき恐怖を、知恵ある信仰へと強引に捻じ曲げるための、命懸けの叫びだった。


クシは、チュエンの腕から流れ落ちる鮮血と、その背中に隠された計り知れない強い決意を見つめながら、胸の中のアマテの樹皮を、破れるほどにさらに強く抱きしめた。

世界は干からび、肉体は限界を迎えている。しかし、物語の流れは決して途絶えてはいなかった。神々の理不尽な暴力に抗い、人間としての記憶と文字を守るための、二人の若い男の、新たなる「血の契約」が、この乾ききった赤土の上で、今、静かに、そして決定的に結ばれようとしていた。大地の底からの足音を聴きながら、クシの指先は、次なる記号を刻むために、チュエンの流した血の温もりへと、ゆっくりと伸ばされていった。

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