93話〜そいつを寄越せ〜
腕を引き抜くと、グチャりと嫌な音と共に蜘蛛の体液が手にこびり付く。でも、すぐに魔力の粒子となって消えていった。
それに伴い、アトラク・ナクアの体も消えていき、魔力がディレックの元へと戻って行った。
それでも、ディレックは伸びたままだ。大の字になってイビキをかいていた。
魔力を消費し過ぎたのだろう。アトラク・ナクアに加えて、マモンの実体化までしていたからな。ハロード少年が昏睡魔法を放たずとも倒れていたであろう。
俺が成金主催者を見下ろしていると、パタパタとこちらに駆け寄る足音が聞こえた。
「やりましたわね!ハロード様」
「バーガンディ様。ええ、何とか」
マスターとハロード少年が手を取り喜びあっている。
「本当に、見事な作戦でしたわ」
「そんな…ただ場当たり的に行動しただけで」
「そんな事ありませんわ」
マスターの言う通りだ。ハロード少年は素晴らしい作戦を思い付いていた。
彼が着目したのは、蜘蛛の性質。彼らは普段、暗い場所を好み、強い光を嫌っていた。
ただ、アトラクは強欲の悪魔が取り憑いているだけあって、黄金の間に居ても平気そうであった。
そこで活躍したのが、我らがマスターの反射魔法だ。
俺とハロード少年が奴らの注意を引いている内に、マスターは周囲の壁や散らばった金貨に魔法を掛けて回った。
そうして、全ての準備が終わると、今度はハロード少年の出番。敗戦交渉をするような言動でマモンを引き付けて、光が集まる場所へ導く。そして、明かりの魔術を発動し、蜘蛛の目を焼いたのだ。
マモンも同じ様に痛がっていたから、きっとアトラクと精神を繋いでいたのだろう。腕を吹き飛ばした時に悲鳴を上げていたからそうだと思っていたが、思った以上に効果的だった。
何処かの大佐みたいなダンスを踊っていたし。
【だから、2人ともに拍手ですよ】
「そうよね、ブーちゃん。私達みんなで倒したのよ」
マスターが満足気に頷く。
うん。なんか、最近のマスターは鋭いな。俺の言葉を的確に捉えてくる事が多くなっている。
…まさか、オーク語をマスターしたのか?どんどん人間離れしてくるぞ?俺のせいか?
【うん?】
マスターのこれからを心配していると、足元で何かが光った気がした。
よく見てみると、ディレックの手に1枚の金貨が握られていた。マモンが撒き散らした金貨は、奴が消えたと同じくして消失したから、本物の金貨だ。
でも、摘み上げて見ると少し異質なのが分かる。金貨の周囲に小さな文字が刻まれているのだ。
記念硬貨か?絵柄もマスターが持っているのとは全く違うし。
「どうしたの?ブーちゃん」
【マスター。怪しい物を見つけました。魔術式の様なものが書かれています】
「魔術式?」
マスターは「見せて」と手を出すけれど、渡せない。もしも変な魔術が刻まれていて、マスターが傷付いたら大変だ。
俺は金貨を指で挟んで、マスターがよく見える様に顔の前へ下ろした。
ダメですよ、マスター。手で触ろうとしないで。
【そいつを寄越せ、下等なオーク】
俺から金貨を取ろうと、マスターがぴょんぴょんしていると、その後ろに大きな影が迫る。
フェンリルだ。
【そいつは、我らが女神様から託された案件だ。貴様のような者が触れて良いものでは無い】
おお。このフェンリルは喋れるんだな。今まで会ったファミリアは、良くて片言だったのに。
ちょっと感動しながらも、俺はフェンリルに向かってゆっくりとお辞儀した。
【承知しました、フェンリル様。ですが、渡す代わりに教えて頂きたい。これは何なのです?あの悪魔と関わりがある様に感じたのですが】
【ふんっ。ただのオークではないと思っていたが、なかなか利口な個体らしい。良いだろう、貴様のその敬意に免じて教えてやる。だがその前に、そいつを渡せ】
うーん。先払い制か。
仕方ない。約束を反故にされるかも知れないが、ここで揉める方が問題だ。
俺は周囲を見る。マモンをやった事で、傭兵達は大人しくなったものの、魔物達は元気だ。それを取り押さえる為に、ランベルトさんやユニオン・ローズの女性陣が奮闘している。
厄介事を増やしちゃイカんな。
【どうぞ、お納めください】
【ふんっ】
尊大な態度で金貨を受け取ると、フェンリルはいきなりそれに噛み付いた。
でも、
【ぐっ!なんて硬さだ。ビクともせんぞ】
金貨は無傷。
怒ったフェンリルが金貨を吐き出し、氷魔法で串刺しにしようとした。
それでも無傷。寧ろ、金貨に刻まれた文字が淡く光始めた。
フェンリルが慌て出す。
【くそっ!遺物が再稼働してしまう。何とかしろ!畏敬のオーク】
【ええ…】
無茶ぶりかい。
会社の上司みたいな奴だなぁと思いながらも、俺はボイドを開いて中を漁る。そして、1本の筒を取り出した。
その中身を、金貨にかける。すると、金貨の輝きは収まり、徐々に表面が溶けていった。
ふぅ。グラン・ビートルの酸、取って置いて良かった。
そう安堵していると、
【ぎゃぁああああ!!】
凄い悲鳴が聞こえた。
この声は、大佐…じゃなかった。マモンの声。
【ふむ。よくやったぞ、聡明なオークよ。今ので遺物も破壊されたみたいだ】
【破壊って、まだ金貨はありますけど?】
表面が少し溶けただけだ。寧ろ、金貨特有の輝きは増したくらいだ。
それでも、フェンリルは得意げに、金貨を爪で弾く。
【これで十分だ。魔術式が消えれば、遺物は効力を失うからな。もうこれに、魔王の脅威は欠片もない】
魔王。
そう言えば、ベルゼブブもそんな断末魔を吐いていたな。
【フェンリル様。魔王とは?そして遺物とは何なのですか?】
【おっと、そうであったな。遺物とは…】
「ガンド!こっちに来い!お前もちょっとは手伝え!」
フェンリルが語り出そうとすると、ランベルトさんが彼を呼んだ。
でも、フェンリルは一瞥するだけだった。
良いのか?行かなくて。
【良い。人など、ただ我らに魔力を供給するだけの下等な存在よ。目的が違えば、我ら上位者が付き従う道理などないのだ】
そう言うものか?なんだか寂しい考え方だ。
上位の存在ってのは、こう言う奴が多いのかも。
【それで、遺物についてだが…】
俺は色々と教えて貰う。
なるほどね。魔王大戦で、魔王が人類側を攻撃する為に送った兵器みたいな物と。特に今回の様な遺物は、魔王が最後に残した物らしく、ただ攻撃の為に作られたのとは違うらしい。
まぁ、そうだろうな。ディレックの従魔に取り憑いていたし、人を操る為の物なんだとは思う。
何故、七つの大罪をモチーフにしたのかは分からんが。
【そんな危険分子を屠る為、女神様から遣わされたのが我らという訳だ】
【我…ら?】
【そうだ。我ら勇者一行が…ぐっ!】
フェンリルが苦しそうに顔を歪め、後ろを振り向く。
そこには、腕を組んだランベルトさんの姿が。
【ちっ。ラインハルトの奴、魔力を絞るとは卑怯な】
【えっ?ラインハルト?】
どういう事か詳しく聞きたかったけど、フェンリルは【また会おう】と言い残し、軽やかに主の元へと戻ってしまった。
彼がそう呼んでいるだけなのか?でも、自分達を勇者一行って…。
「どうしたの?ブーちゃん」
考えていると、マスターが覗き込んでくる。
うん。今はこの子の安全が最優先だな。
【何でもありません、マスター。さぁ、衛兵隊が来る前に、我々も脱出しましょう】
「そうね。急がないと。衛兵が来ちゃうものね」
…マジでこの子、人間辞めたりしないだろうな?
〈◆〉
色々とあったけど、何とか学園まで帰って来ることが出来た。傭兵達も衛兵に捕まったし、あそこに置かれていた幻獣達も保護されたみたい。
あとちょっと遅かったら、衛兵隊と鉢合わせしていた。危なかったわ。
「バーガンディ様」
私がブーちゃんに感謝していると、後ろを着いてきていたハロード様に呼び止められる。
振り向くと、彼は胸に手を置いて小さくお辞儀した。
「この度は、私を救って下さり、誠にありがとうございました」
「救ったなんて、そんな…。私こそ助けて貰いましたわ」
アトラクを倒せたのは、間違いなくハロード様の作戦があったからだ。あれが無かったら、人質を取られた時点で私達に勝ち目は無かった。
そう思って言ったのだけれど、ハロード様は首をゆっくりと横に振った。
「バーガンディ様。貴女に救われたから、私はここに残る事が出来ました。あの場所で、私は気付けたのです。ただお金を求める事が、商人の本質ではないと。ただお金を求めた結果は、あの様なモンスターに成り下がってしまうのだと」
モンスターって、ディレックの事よね?確かに、ああはなりたくないわ。
でも、お金を集めるのが商人ではないの?
私が疑問に思っていると、ハロード様は懐から金貨を取り出す。
「私は学びました。お金は道具なのだと。人を幸せに出来ないお金の使い道は、ただ人を兇変させるだけ。お金と言うのは、巡り巡る必要があるのだと。
だから僕も、僕が目指す商売も、人と人を繋ぐ為の商売で在りたいと思いました。お金を巡らせ、人を巡らせ、街を発展させる。そうすることで、私の懐にも巡って来るのです。お金が、幸せが」
【ブフ、ブフ】
私はよく分からなかったけど、ブーちゃんが感心している。だからこれは、きっと正しい事なんだわ。
「ハロード様。きっと成功しますわ。貴方様の事業」
「ありがとうございます、バーガンディ様。いえ、クロエ様」
ハロード様が私の手を取り、感謝の言葉を伝えてくる。真っ直ぐに見詰める瞳が、なんだか熱っぽい。
「今の私は非力ですが、何時か貴女様のお力になれるよう、精進して参ります。ですので、その…」
彼は言葉を探る様に、視線を迷わせる。
そして、
「その時は、私を頼ってください。貴女様の為なら、私はどんな事も致します」
「あ、ありがとうございます。ハロード様」
彼の熱意に当てられて、私まで熱くなってしまった。
だから、彼に一礼すると、私は一目散に寮へと向かう。
でもその間、彼の熱い視線がずっと背中に当てられている感覚がした。
…気のせいよね?
「随分と交信が遅かったな」
………。
「ふむ。そうか。
ゆっくり休むと良い」
………。




