89話~すげぇだろ?これ~
欲にまみれた大人達が、コロシアムの中央に汚い拍手を送る。
その先で、2匹の魔獣が構える。
コロシアムの覇者であるミノタウロスと、私のファミリアであるブーちゃんだ。
一触即発の雰囲気の中、先に動いたのはミノタウロスだった。
斧を大きく振りかぶり、それをブーちゃん目掛けて叩き付けてきた。
でも、
【ブフ】
ブーちゃんはそれを、盾の表面で受け流した。
大振りし過ぎたミノタウロスは、体が大きく流れる。筋肉で覆われたお腹が、ブーちゃんの目の前に差し出される。
そこに、ブーちゃんは、
【ブッハァ!】
思い切り、拳をねじ込ませた。
【グモォオッ…】
吹き飛ばされたミノタウロスは、苦悶の声を上げながら何度も地面を転がる。
その様子に、観客席からの拍手が止んだ。
戸惑う観客達の声が溢れ出る。
「なっ!…えっ?」
「み、ミノタウロスが、吹き飛ばされた?」
「一体、何が、どうなってるんだ?」
さっきまで好き勝手に囃し立てていた群衆は急に黙り、会場は少しだけ静かさを取り戻す。
その静寂を、1つの嘶きが切り裂いた。
ミノタウロスだ。
【グモォオオオオ!!】
立ち上がったミノタウロスは、怒りを発散させるかのように声を上げ、ブーちゃん目掛けて突進してきた。頭を下げ、そこに生える2本の角を真っ直ぐ立てて、ブーちゃんを突き刺そうとしてくる。
その突撃を、ブーちゃんは寸前で躱す。すると、勢い余ったミノタウロスは鉄格子に頭をぶつけて、太い鉄のパイプが僅かに歪んだ。
【グゥォオ…】
頭を押さえ、唸るミノタウロス。外傷は無さそうだけど、鉄を歪ませるくらいの勢いで突っ込んだから、それなりのダメージは受けたみたい。
それを見た観客から、怒号に近い声が幾つも上がる。
「おい!何やってんだ!」
「相手はオークだぞ!その角は飾りか!?」
「なんか指示出せよ!チャンピオン!」
その声を受けて、スキンヘッドの男が再び鉄格子を叩くも、ミノタウロスは痛みでよろけるだけだ。
そこに、
【ブッハー!】
ブーちゃんが畳みかける。
弱弱しくよろけるミノタウロスに対して、盾の拳を突き刺す。
何度も、何度も。
堪らず、ミノタウロスは逃げようとするけど、ブーちゃんはそれを許さない。無防備になった脇腹に渾身の一撃を叩き込んで、ミノタウロスの動きを止めた。
動けなくなったミノタウロスは、必死に両腕でガードしようと丸まる。
その様子を見て、観客席からは弱弱しい声が上がる。
「おいおい、どうなってやがる。どうして、こんな、一方的なことに…」
「本当にオーク種なのか?オーガ種…いや、サイクロプス種だったりとか」
「バカ。あんな小さいサイクロプスが居るかよ。それに、仮にサイクロプスでもミノタウロスの方が強いだろ!」
「どっちでもいい!このままじゃ俺の賭けが外れちまう!」
「そうだ!あと10秒も無いんだぞ!」
次第に、観客席からは怒号と悲鳴が入り混じった叫び声が上がり始める。
「やれ!チャンピオン!本気出せ!」
「遊んでんじゃねぇぞ!」
「殺すぞ!この野郎!」
その声に押されて、チャンピオンも動く。魔術師を呼び寄せて、ミノタウロスに魔法を掛ける。その途端、防御一辺倒だったミノタウロスが再び動き出す。鼻息を荒くして、目を血走らせてブーちゃんに向って斧を振り上げ、
【ブッハー!】
振り上げる前に、ブーちゃんの拳が降り注いで、ミノタウロスの体は再び沈み込んだ。
怒りで痛みを克服したかのように見えたミノタウロスも、物理的に動けなくなっていた。
観客の悲鳴が更に大きくなり、チャンピオンの顔が真っ赤に茹で上がる。
「くそぉ!おい!あのブタを狙え!ブタに弱体化魔法を掛けろ!」
「いや、でもそれって、サモンファイト的には反則じゃ…」
「反則もクソもあるか!こいつは違法賭博だぞ!良いからやれ!」
チャンピオンの剣幕に負けて、魔術師が魔法を放つ。
でもその前に、私の魔法の方が先に成立する。このまえカステル先生に教えてもらった魔法だ。
「リフレクション!」
魔法の粒子がブーちゃんの元へ飛び、それを彼が右手の盾で受け止める。すると、盾の表面に反射の魔法がコーティングされた。
ブーちゃんはその盾を構えて、飛んで来た弱体化の魔法を弾く。弾いた魔法はスキンヘッドに当たり、彼は尻餅を着いた。
それを見て、魔術師は顔を青くする。次は自分がやられるとでも思ったのか、震える杖をブーちゃんの方に向けて、また何かの呪文を唱えようとしていた。
させないわよ!
「アクアベール!」
私の魔法が先に成立し、魔術師の顔が水球に覆われた。その途端、魔術師が唱えていた詠唱の声は泡になって立ち消えてしまった。
これで、魔術師も無効化出来たわ。
「ブーちゃん!」
【ブッハハー!】
私の合図で、ブーちゃんが前に出る。ヨロヨロと立ち上がろうとしたミノタウロスの顎に盾付き拳をフルスイングして、ミノタウロスの巨体を殴り飛ばした。
【グォォ……】
強烈な一撃を食らったミノタウロスは、空中で力尽きて、体の一部が魔力の粒子となって消えていく。そして、残った素材と濃いブラウン色の魔石だけが、檻の中でバラけ散った。
罵詈雑言を投げかけていた観客達が、黙る。
放送が、掠れた声を上げる。
『し、試合、終了。勝ったのは……挑戦者』
放送の声を聞いても、観客席は静かなままだった。
でも、徐々に声が生まれる。呻き声から泣き声に。そして、怨嗟が連続する。
「「「あぁああああ!!!」」」
「嘘だ!こんなの夢だ!悪夢だ!」
「ああぁああぁ!!俺の金が!」
「返してよ!私のお金とネックレス返してよ!」
「うわぁあ…あっ……」
阿鼻叫喚。
現実が見え始めた観客達は、取り返しのつかない損失に嘆き、怒り、そして絶望する。その大き過ぎる負の感情は、やがてフィールドで座り込むスキンヘッドの男へと向かう。
「てめぇのせいだ!オークなんかに負けやがって!」
「責任取って、お前が戦え!」
「そうよ!あんたが倒せば私達の勝ちよ!」
「やれ!チャンピオン!」
「やりなさい!」
怒り狂う観客達に無茶ぶりされて、スキンヘッドの男は顔を真っ青にしてブルブル震える。弱体化魔法もかかっているからか、腰が抜けて動けないみたい。
そんな男に向けて、観客達から幾つものゴミが投げ込まれる。男の無防備な頭に当たり、そこから血が流れる。
「やめろ!やめてくれ!」
男はその場で蹲るが、その態度が余計に観客達を逆撫でして、より凶暴化する。
…手の付けられなくなった魔獣ね。これじゃ。
目の前の醜い光景に、私は目を細める。
すると、後ろから声を掛けられた。
「どうぞ、お嬢さん。こちらへ」
それは、傭兵のジルだった。
「このままここに留まっていては、いずれあれらの矛先が、貴女に向くかもしれませんよ?」
「うっ…そうね」
私は、ミノタウロスの素材を拾っていたブーちゃんの召喚を解除して、彼について行く。
コロシアムの裏舞台にまで行くと、そこには幾つもの檻が置かれていて、中には大小様々な魔獣達が静かに座り込んでいた。
そして、その檻の手前には、手を振るランベルトさん達の姿もあった。
「おーい!無事か?嬢ちゃん」
「ええ。上手くいきましたわ」
手を振り返して彼らの元に急ぐと、ランベルトさんが重そうな巾着袋を持ち上げる。それだけで、中身が擦れてジャリッと良い音が鳴った。
「すげぇだろ?これ。全部、金貨と大金貨だ」
「アタイらも一気に億万長者だ!一生遊んで暮らしてもお釣りが来るよ!」
鼻息荒く報告してくるドナさんは、目がイッちゃってる。まるでコロシアムの観客達みたい。
ちゃんとこの人の管理をしてね?グレースさん達。
「そんで、これが嬢ちゃんの取り分だ」
ランベルトさんから渡されたのは、彼が見せつけてきたのよりも一回り大きな巾着袋。
ええっ!?こんなに?
「あの、貰い過ぎではありません?」
「ありません、ありません。ちゃんと嬢ちゃんから預かった金額分だぜ」
そうだった。これは私がランベルトさんに預けた賭け金のリターン。
私は出場者だから、自分に賭けられない。なので、今持っていた手持ちの全てをランベルトさんに託したのだ。
怪鳥のお金がまるまる残っていたし、ボアのお金も一部寄付に回さずに残っていた。ある程度まとまったお金にはなっていたけど…。
私は袋を開けて中身を覗き見る。金色の硬貨がいっぱいだ。
…怖いから、ボイドの中にしまっておきましょう。
「バ…クロア様」
自分を戒めていたら、声を掛けられた。
顔を上げると、そこには小さくなったハロード様の姿が。
「ハロ…あっ、えっと…チェスター様」
ジルが後ろに控えている手前、私も彼の苗字を避けて名前で呼ぶ。
ハロード様は血の気のないお顔で、弱々しく頭を下げた。
「済みません、クロア様。私はどうかしていました。ギャンブルで資金繰りをしようなどと…」
「チェスター様」
分かってくれたの?私達の作戦が、上手くいったのね!
私は嬉しくなって、彼の手を取る。
そうしていると、傭兵ジルが咳払いをした。
「皆さん。このカジノのオーナーが是非、皆さんにご挨拶したいと申しております」
「オーナー?」
チェスター様を取り戻せたし、もうこんな所には用がないんだけど…。
そう思ったけど、ジルの後ろからゾロゾロと傭兵が出てきて、私達を取り囲む。ジルも「こちらです」と言って、私達の返答を待たずに連れて行こうとした。
仕方ない。ちょっと顔を合わせてすぐ帰ろう。
この時の私は、そう思っていた。




