88話〜それが、これですわ〜
ハロード様を目覚めさせるため、私達は扉を潜る。
入口の扉ではない。私達が進んだのは、賭博場の奥。ここで一番の欲望が渦巻くコロシアムへの扉だった。
「何をする気だ?嬢ちゃん」
道中、ランベルトさんが心配そうに聞いて来る。
「分かってると思うが、会場に乗り込んで坊主を引っ張り出したとしても、そいつは本当の意味での解決にはならねぇからな?こういう奴らは、一発痛い目を見ないと目が覚めねぇんだ」
「アタイを指さしながら言うんじゃない!」
ドナさんが憤慨する。
でも、周りのチームメンバーは「良く言った」と言わんばかりに頷いている。
う~ん。彼女の立場が…。
「大丈夫ですよ、ランベルトさん。私に…私達に考えがあるんです」
「考え?」
「はい。ハロード様が賭け事を嫌になるくらいの、大損をさせればいいんですよ」
「大損…まぁ、そりゃ坊主だけじゃなく、ギャンブラーみんながバッチリ目が覚めちまうだろうな。でもよ、どうやってやるんだ?ギャンブルを仕掛けているのはここの運営だ。客に損をさせるも得をさせるも、全て主催者の権限。金を賭けるしか出来ない俺らは、ただのプレイヤーだ」
「プレイの仕方次第で、私達が主導権を握れる種目があります。それが、これですわ」
私はそう言って、両手を前に広げる。
そこには、
「「「わぁああああ!!」」」
『チャンピオンの一撃!開始から1分足らずでの勝利だ!』
「よっしゃぁ!大当たり!」
「嘘だろおい!1分は持ちこたえてくれよ、おい!」
「だぁああ!くそっ!30秒以内に倒してくれると思ったのによ!」
コロシアムのフィールドに向って、感情を吐き出す大人達の姿があった。
その欲にまみれた視線の先では、スキンヘッドの男が仁王立ちとなっており、その人の前には大きな牛の化け物が佇んでいた。
絵本でも見たことがある有名な魔物、ミノタウロスだ。
私はそのミノタウロスを指さす。
「私達があのミノタウロスに挑戦し、そして、劇的な勝利を収めて見せますわ」
私がそう宣言すると、ランベルトさんは再び肩を竦める。
「本気か?相手はあのミノタウロスだぞ?勝てる保証はあるのか?」
「ありますわ」
相手は大きな斧を持っているけれど、大きさはブーちゃんと同じくらい。森の化け物やオーガとそんなに変わらないように見える。
何より、ブーちゃんが大丈夫と言っているんだから、絶対に大丈夫よ。
私が自信満々に頷くと、ランベルトさんは尚も心配そうな顔をする。
「仮にだ。仮に嬢ちゃんが勝てたとして、それだけじゃ足りない。ここにいる奴らの中には、それなりに目が利く奴らも混じっているだろう。嬢ちゃんが魔術師って分かったら、大穴狙いで嬢ちゃんに賭ける奴も出てくる。そうなりゃ嬢ちゃんはただの駒だ。みんなが賭ける対象が1つだけ増えただけで、坊主の目を覚ますまではいかない」
「ですから、皆さんのお力もお借りしたいのです」
私はみんなに作戦を伝える。
相変わらず、ランベルトさんは心配そうな顔をこちらに向けてくるけれど、他の女性陣は機体の籠った目をしてくれている。ドナさんなんて「こいつは、一世一代の大博打だ!」と舌なめずりをしている。
…大丈夫かな?この人。
「大丈夫だぜ、魔術師様。あんたの作戦は上手くいくよ。このタイムアタックってのは、チャンピオンが何秒で相手を倒すかでも掛けられるギャンブルでな。ただ勝ち負けを予想するのとは桁外れの倍率なんだわ。だからみんな、今までの負けを取り返そうと大きく張ってくる。この賭博場で、一番多くの金が動くギャンブルって訳だ」
勿論、挑戦者側に賭けることも出来るらしい。
それを聞いて、私は安心した。
安心して後のことをみんなに託し、私はコロシアムの階段を降りる。深くフードを被り直し、スタッフさんに出場の意志を伝えると、その人はかなり困った様子で「戦えるのか?」と聞いてきた。
なので、私は刻印を見せる。するとスタッフは納得した顔で「召喚士か。なら良いぞ」と私をフィールドに誘導した。
フィールドに入った途端、魔道拡声器の声がうるさいくらいに響いた。
『おおっと!ここで挑戦者が現れました!身なりは小柄ですが、刻印を持っている召喚士との事。これは、新たなチャンピオン誕生となるか!?』
「良いぞ!嬢ちゃん!やれやれ!」
「結構若そうだな。大丈夫か?」
「おい姉ちゃん!お前の召喚獣が何かで、賭けてやっても良いぞ!」
「ドラゴン出せ!ドラゴン!そしたらお前に全賭けだ!」
観客も随分と偉そうに見下ろしてくる大人達。
私はそれらの視線に答えて、高々と右手を上げる。刻印が黒く染まり、漆黒のゲートが開く。
【ブフ〜♪】
そこから、ブーちゃんがのっそりと現れる。
何時もみたいに堂々としていない。頭をボリボリ掻き、鼻をヒクヒクさせて辺りを嗅ぎ回っている。そして、落ちていたコップを拾い上げて、中身を一生懸命に舐め始めた。
その途端、
「「「がははははは!!」」」
会場が笑いに包まれた。
「おいおい、よりにもよってオークかよ!」
「最高だぜ!オークでミノタウロスの前に出てくるなんて…なんて度胸してんだよ、姉ちゃん!」
「こんなの賭けになるのかよ?ええっ?どう見たって一瞬で勝負着いちまうだろ」
みんながみんな、ブーちゃんをバカにする。中には「でも、かなり筋肉質じゃない?」と目ざとい人もいたが、ブーちゃんがコップごと食べようとしているのを見て「やっぱ無理そう」と見捨てる。
笑いが一通り収まると、再びアナウンスが流れ、観客の間をスタッフが練り歩いて掛け金を集め始める。
「チャンピオンが30秒で勝つに賭ける!」
「俺もだ!」
「俺も!」
「俺は1分に賭けるぜ!」
「俺は1分半だ!」
勝負が見えていると思って、みんながみんなチャンピオンに賭ける。勝つ時間は多少バラけるも、誰も私に賭けようとはしない。
と、そんな時。
「オークに賭けるぜ。大金貨5枚だ」
「アタイもだ。全財産で大金貨2枚と金貨8枚を賭けてやるよ!」
私に賭ける人も出てくる。
ランベルトさん達だ。
それに、観客達はビックリする。
「なっ、なんだと…あんなのに、金貨80枚近くを賭けるのか?」
「狂ってるぜ。貴族っぽくもねえしよ」
「もしかしてあれか?賭けが成立するように、店が雇ったサクラか?」
あまりに多額を賭けるので、観客達は戸惑う。
でも、それも最初だけだ。すぐに手を上げ声を上げ、通り過ぎたスタッフを呼び寄せる。
「俺は賭け金を変えるぞ!全財産をチャンピオンに突っ込んだる!」
「俺もだ!この好機を逃すか!」
「あたくしもよ!この魔石のネックレスも賭けちゃうわ!」
チャンピオンに賭けていた人達が、挙って財布の中身をひっくり返し始めた。殆どの人が全財産を叩いていた。
何故か。それは…。
「バカが居て助かったぜ。お前らの金は有難く頂くよ」
「悪くないレートになりましたわ」
そう、掛け率。
ランベルトさん達が多額のお金を私に賭けてくれたから、チャンピオンのレートが大きく下がる。チャンピオンに賭ければ賭けるだけ、ランベルトさん達の掛け金を毟り取れる。
そう思った観客達が、全てを投げ出して賭けに乗ってきた。天からの恵とばかりに、チャンスタイムと飛び込んできた。
その中には、
「僕もだ!僕も賭けるぞ。全部、チャンピオンに!」
盲目となったハロード様の姿もあった。
「凄いことを考えたわね、ブーちゃん」
【ブフフフ】
悪い声で笑うブーちゃん。
ランベルトさん達にも賭けさせる案を出したのは、ブーちゃんであったから。
レートとかまで考え付くなんて、貴方も結構なギャンブラーだったりするの?
『さぁ!皆さん!ご希望は出揃いましたね?』
「良いぜ!」
「早く始めてくれよ!」
『はい、それでは試合の準備に入ります。チャンピオンと挑戦者はフィールドの中央へお願いします!』
アナウンスに従い。私達はフィールドの中央へ。先にブーちゃんがのそのそと檻の中に入り、反対側からミノタウロスが堂々と入る。
スキンヘッドのチャンピオンが、私を見てニヤリと笑った。
「回復薬なら、そこの売店で売ってるぜ」
「必要ありませんわ」
キッパリ断ると、男は青筋を立てて「生意気なガキが。後悔させてやる」と睨みつけてきた。
正直に断っただけなのに、何を怒っているのかしら?
『準備が整いましたので、始めさせて頂きます。両者全力で戦って下さい。レディ…サモンファイッ!』
「おらっ、行けぇ!」
【ブモォオ!】
男が檻を蹴ると、ミノタウロスが鼻息荒く歩き出す。両手に大きな斧を抱えて、ブーちゃんへと迫る。
その様子を見て、観客達は沸き立つ。ミノタウロスの背中を押す声援で会場が満たされる。
そんな中で、私は呪文を唱えた。
「プロテクション!」
2枚の魔法の盾を、檻の中に出現させる。
それを見て、観客席から笑い声が上がる。
「おいおい!早速逃げる気かよ!」
「そんな魔法、ミノタウロスの前じゃ意味ないぜ!」
会場が、再び嘲笑の渦に飲み込まれようとしていた、その時、
ブーちゃんの背筋が伸びる。盾の取っ手を掴んで、迫り来るミノタウロスへと向かっていった。
嘲笑が、少しだけ止む。
「おっ、良いぞオーク。ほれ、やれやれ!」
「良いねぇ。ちょっとは楽しませてくれるじゃん」
「ほら、攻撃だ。攻撃してみろ、バカオーク!」
汚い拍手が送られる先で、2匹の魔獣は睨み合う。




