87話〜おやおや?〜
「なん、で…ハロード様が、こんなところに?」
あまりにショックで、私は声を絞り出すのがやっとだった。大商会のご子息である彼が、何故こんな危険な場所に居るのか全く分からなかったからだ。
お金稼ぎの為?そんなこと有り得るの?だって、彼は流通のプロ。こんな不安定な場所で稼ごうなんてしないわよね?
「私は…その…少々、資金繰りに難航しておりまして…」
ハロード様は言い難そうに視線を落として、ポツリポツリと語り出す。
「バーガンディ様との会話で、新しい事業を考え付いたのです。人の手が入らなくなった秘境を対象とした、トレジャーハントですよ。魔王大戦後に一時ブームとなり、粗方取り尽くされたと思われていましたが…技術が発達した現代だからこそ、当時は見つからなかった目印が見つかるようになっている。至れなかった深層へと手が届くようになっていた。そうして、まだ眠っているお宝へと道が開かれているのです」
語り始めは細々としていた彼の声も、次第に太く、熱が入ったものになっていった。
それに伴い、眼鏡の奥で伏せられていた瞳に、光が生まれ始める。
「しかし、その事業を始めるにはかなりの資本が必要でした。装備や魔道具、魔道具を動かす為の加工魔石を揃えることまではスムーズにいきましたが、肝心のハンターを集めるのに苦労したのです。どれだけ優秀な道具が揃おうとも、深層へ至れる実力を持つ冒険者は数が少なく、そして膨大な報奨金が必要でした。その資金を得るために、私はここへ来ているのです」
「ええっ…でも、こんなところでお金集めなんかしなくても、ハロード様なら…」
この人なら、いくらでも稼ぐ手段があると思うのだけれど?ハロード商会は手広く商売をしているし、彼自身も様々な人脈を持っている。鑑定士のレイフさんみたいな人と協力して、別の事業で稼いでから手を出すべきなんじゃないかしら?
少なくとも、こんな違法で危険な賭博場に手を出すべきじゃないわ。
そう思って、考え直すように言おうと思ったんだけど…。
「それではダメなんです!」
ハロード様は強く拒否する。
震える自分の手を見下ろして、弱弱しく言葉を吐く。
「商会の力を借りて成しても、何にもならない。僕だけの力でこの事業を成功させないと、意味がないんです。そうでないと、祖父は僕を認めてくれない。ハロードスクールへ通わせて貰えなかった僕は、ただでさえ他の人達に後れを取っているんだ。ここで見返す為にも、自分の力でお金を手に入れ、この事業を成功させて見せるんだ」
ハロード様は、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
その様子に、私はただ耳を傾けるしか出来なかった。
おじい様が認めない?他の人達を見返す?どうしてこんなにも、彼は焦っているの?
そうして、彼の前で佇んでいると、頭上から声が響いた。
魔道拡声器だ。
『さぁ!午後の部のメインステージ!チャンピオンによる連続アタックが始まります!今日は負け越しているそこの貴方も、これで一気に大逆転です!』
連続アタック?
一体、それは何なの?
私が頭上を見上げていると、ハロード様がゆらりと動く。
「行かなきゃ。このチャンスを逃したら、次はもう無いかも知れない。今日は勝てる。昨日ダメだった分、今日は勝てる筈だ。その為の布石だったんだ、昨日の負けは…」
そう言って顔を上げた彼の目は、異様な光を孕んでいた。今までのような理知的な光は何処にも無い。欲望で輝く怪しい光。
あのコロシアムに居た人達と同じ光だ。
「取り返すんだ。この勝負で大当たりすれば、100倍は硬い。そうしたら、一気にチャラだ。一度で届く。目標金額に…僕は…」
「行かせませんわ!」
私は先回りして、ヨロヨロとゾンビのように歩く彼の前で大きく手を広げる。
「行ってはダメです、ハロード様。そんな追い詰められた状態で賭けても、きっと良い事にはなりません。お金なら地道に稼いでいけば…」
「ダメだ、そんなの。今じゃないとだめだ。今欲しいんだ、大量のお金が」
ハロード様は熱にうなされるように呟きながら、私の腕を振りほどこうとする。
でもそうなる前に、ボイドからブーちゃんの腕が伸びてきて、暴れる彼の肩を押さえる。すると、彼は動けなくなった。
「離してくれ!僕は、僕は行かなくちゃ!」
「こいつは重傷だな。おい」
暴れるハロード様を見て、駆け寄って来たランベルトさんがため息を吐く。
「なぁ、嬢ちゃん。ホントにこいつ、学園の生徒なのか?」
「ええ。そうなんですけれど…こんな姿、普段は見たことが無くて、私もかなりびっくりしていて…」
お金が絡むと、こんな風になっちゃうの?
いいえ。確かに商売の話になると、商人の目になることはあった。けれど、今はそれとは全然違う。まるで悪魔にでも憑かれたみたいだ。
そう聞くと、ランベルトさんがまた、怖い顔になる。
「ほぉ。それはちっとばかし、話を聞かなくちゃならねぇな。なぁ、坊主」
「離してくれ!早く行かないと!」
ランベルトさんもハロード様の肩に手を置いて、力を入れる。そうすると、彼はより一層焦った声を上げた。
と、その時、
「おやおや?お客様同士のトラブルはお控えください。冒険者の皆さん」
そんな声が背後から聞こえた。
振り返ると、1人の男性がコロシアムの扉から現れるところだった。
傭兵達が着るボロボロのローブを羽織りながらも、その下には質の良い皮鎧が見え隠れしている。そして、切れ目の目元と薄い唇が弧を描き、私達を馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
ジュビリーの森で、私達を襲った男性だ。確か、ジルとかって呼ばれていた人。
あっ!不味いわ。この人には顔がバレてる。
私がドキリとしていると、ブーちゃんが頭からローブを被せてくれた。
いつもながらナイスだわ!ブーちゃん。
「揉め事じゃねぇさ。ただちょっと、こっちの事情でね。口を挟まんでくれねぇか?」
近付いて来る傭兵のジルに、ランベルトさんが構える。構えながらも、片手はハロード様の肩を掴んだままだ。
そのランベルトさんの手を、ジルが掴む。
「その手を離して頂けますか?冒険者のお兄さん。貴方がしていることは、営業妨害ですよ?」
「おいおい、何処に目を付けてんだ?傭兵の兄ちゃんよ。こいつはどう見てもガキだろうが。ガキからも金を絞り取ろうとしてんのか?この店はよ」
「おやおや。随分と人聞きの悪い」
ランベルトさんに詰め寄る傭兵ジル。
「富める権利は誰にでもある。老人も子供も、富豪も貧民も。皆平等のチャンスが無ければ不公平というもの。違いますか?」
薄ら笑っていた目が、少しだけ鋭くなる。
「貴方のしていることは、この少年の意志を摘み取る行為です。自ら望んで進む少年の道を、何故あなた方は阻むのです?それだけの権利が、貴方達にはあると言うのですか?」
「…くっ、減らず口が」
そう言いながらも、ランベルトさんの手がハロード様の肩から離れる。ブーちゃんの手も同時に離れ、ハロード様はジルの元へと倒れる。
そんな彼を支えて、ジルは再び薄ら笑いをこちらに向けた。
「皆様も是非、お越しください。当たれば人生が大きく変わる最高のショーが始まりますよ」
ジルはクルリと背中を向けて、スタスタとコロシアムへと戻っていく。その片手で、ハロード様の背中を押しながら。
「ハロード様!」
私の声は、無慈悲に閉められた扉に跳ね返ってくる。
呆然と立ち尽くす私の横に、ランベルトさんが近寄って来る。
「どうするよ?嬢ちゃん」
「…なんで、手を離してしまったんですの?」
ちょっと強めの視線でランベルトさんを見上げると、彼は肩を竦める。
「仕方ねぇだろ。あの傭兵野郎の言う通り、もう坊主は選んじまってたんだ。最初にも言った筈だ。ああいう奴は体で止めても意味がねぇってな」
「…そう、でしたわね」
心に訴えかけないと、今のハロード様は止まらない。
でも、心に訴えかけるってどうしたらいいの?
私が途方に暮れていると、ボイドからブーちゃんの腕が伸びる。そして、ドナさんを指さした。
えっ?どうするべきかは、彼女に聞けってこと?
【ブフ、ブフ】
ブーちゃんはYESと言いながら、走り書きのメモを差し出してくる。
…そういうことね。
「ドナさん。貴女のお知恵をお借りしたいのですけど…」
「アタイ?!アタイに知恵なんかねぇよ、魔術師様。あんたの方が何倍もあんだろ」
「いいえ。貴女には経験があります。賭け事に対する経験が」
ドナさんであれば、今のハロード様の心情を推し量る事が出来る。そして、
「貴女が賭け事を止めたいって思う瞬間を教えて欲しいんです。それは、この中で貴女しか分からない感覚なのです」
ドナさんが止めたいと思う瞬間は、ハロード様も同じ様に止めたいって思うはず。
それを、私達は実行したらいい。もう二度とギャンブルなんてやらないって思わせないといけない。その手段が最善だと思い込んでいる彼を、そうではないと目覚めさせるんだ。
「そ、そうか。アタイだけねぇ…ふふっ」
「褒められた物じゃないわよ、ドナ」
ドナさんが機嫌よく笑う。
それに、グレースさんが目を細める。
慌てて顔を戻すドナさん。
「うるせぇ。分かってるよ」
彼女は真剣な顔になり、「あ~…そうだなぁ」と視線を上へ向ける。
「今までも止めようって思ったことは何度もあるよ。カードで最高の手が揃ってるのに負けた時とか、ルーレットでアタイが全賭けしたマスの隣にボールがハマった時とか…あとはアレだな。財布がスッカラカンになって、次の冒険まで何も食えなかった時。あれが一番堪えたな」
「あっ、あの、それくらいで…」
こちらから頼んでなんですけど、ドナさんが誇らしく武勇伝を語る度にチームメンバーの目線が冷たくなっていた。もうこれ以上語ったら、次の冒険に支障をきたしそう。
でも、そうね。やっぱり負けた時に一番、ギャンブルを止めたいって思っているみたい。
でも、ドナさんは今も賭けている。何処かに希望を持っているからだ。
ならば…。
【ブフフ】
「貴方もそう思う?ブーちゃん」
ブーちゃんの悪い笑い声が聞こえて、彼も同じ考えなのだと分かる。
私は、前を向く。
「皆さん、行きましょう」




