33話〜うん?なんですの?〜
夕方。
サモン部でのマネージャー業務を終えた私は、明日の準備をしながらブーちゃんを召喚する。
彼に向って、改めてフォローを入れる。
「あんな人の言葉、気にしちゃダメよ?」
あんな人とは、プランダール先輩の事だ。
ろくにブーちゃんの事も知らずに、醜いだの汚いだの、散々言ってくれちゃって…。
ブーちゃんはとても綺麗好きだから、毎日布で体を拭いているわ。先輩の方が、香水を付けまくっちゃって臭いくらいよ。
【ブッフー】
ブーちゃんは力こぶを作って、大丈夫だとアピールした。
そして、暗闇から本を取り出して、早速読書タイムに入るのだった。
瞑想が無駄だと知った彼は最近、私が寝ている間に読書をするようになっていた。
寝ている間は魔力供給が出来ないから、彼は森で蓄えた魔石を舐めながら夜を過ごしている。その魔石も有限だから、また週末取りに行く必要があった。
ハイドの森は散々な目に遭ったから、別の場所で魔石を稼ごうかな?何処が良いんだろう?冒険者ギルドとかで聞いてみようかしら。
【ブフ…】
今日のブーちゃんは腕輪にご執心だ。腕輪の裏に書かれた術式と本に書かれた術式を見比べて、プレゼントしたノートに書きこんでいる。
それで何か分かるの?
【ブフ?ブゥ…】
書き出した術式に魔力を流しても発動しないと、ブーちゃんは首を傾げる。
どうしてだろうね?
私もそれを見ていたけど、部屋がどんどん暗くなってきて、段々と眠気に勝てなくなってくる。
ふぁぁあ…。
【ブー。ブフフ】
寝ていいよと、ジェスチャーするブーちゃん。
そうね。貴方も気にしていないみたいだし、お先に休ませてもらうわ。明かりの魔道具を使って良いけど…使わないの?本当にしっかりしているわね、貴方。
「おやすみ、ブーちゃん」
【ブブブフ~♪】
翌朝目覚めると、ブーちゃんの姿は消えていた。机の上にはまだ使っていない魔石が残っているので、勉強に満足して召喚を解除したみたい。ブーちゃんは倹約家というか、浪費するのを嫌う傾向があるので、こういうのは必要最低限しか使わない。
何処かで魔石を買ってあげた方がいいのかな?でも、無加工の魔石を探す方が大変だし…。ブーちゃんの訓練という意味でも、週末にお出かけする方が彼の為になるのよね。
「あれ?これはなに?」
ベッドを降りると、そこには細長い布切れが落ちていた。
これは…リボンの切れ端ね。この前のピクニックで、幾つかダメになってしまった衣服の一部だと思うけど…これでブーちゃんは何をしていたんだろう?
答えを探す為に机の上へと視線を這わせると、懐中時計が授業までの時間が無いことを主張していた。
「あっ!大変。こんな時間じゃない!」
私はリボンをほっぽり出し、慌てて今日の準備を行う。
いつも通り、ブーちゃんが手だけで手伝ってくれたので、準備自体はすぐに終わった。でも、食堂に行くと、既に多くの生徒達で席が埋まりつつあった。
それは良い。エニクス寮の学生数は、この大きな食堂にある椅子の数よりも少ないから、どれだけ遅刻しても全ての席が埋まると言う事だけはなかった。
でも、座れない。座りたくない。
周囲の目が、私の方に注がれていた。その誰もが、冷たく鋭い突き放すような視線だった。
何かは分からないけど、良くないことが起こりそう。
そう思って回れ右をしたけれど、遅かった。
背後で声を掛けられてしまった。
「あら?随分と遅い朝食ですのね。バーガンディさん」
サロメだ。取り巻きも彼女の背中にくっ付いている。
「…ごきげんよう、ディマレさん」
「ごきげんよう。随分とお忙しそうですわね。聞きましたわよ?Cクラスで先生まがいの事もされて、平民達に大変人気だとか。誇張された噂かと思っていましたけれど、朝食を取れない程お忙しいとは思いませんでしたわ」
イヤミたっぷりなキンキン声に、私はマトモに答える気も失せてしまい「ええ…」と微妙な相槌をして去ろうとした。
でも、サロメはそれがお気に召さなかったみたいだ。吊り目を細めて「そう言えば」と今思い出したかのように手を叩く。
「週末はどちらにいらしていたのですか?エニクス寮のお茶会にお誘いしようとしましたのに、お部屋にいらっしゃらないようでしたけれど?」
不味い。サロメにだけは、外でのことを知られる訳にはいかない。どうにかして、この場を乗り切らないと…。
どうするべきかと、私は視線を彷徨わせる。すると、サロメの足元に闇空間が空くのが見えた。次いで、ブーちゃんの手と、その手がリボンの切れ端を掴んでいるのが見えた。
ブーちゃんはそれを、サロメの足元に置いて、パッと消えてしまった。
「うん?なんですの?」
私の視線を追って、サロメが下を向く。そこにあったリボンの切れ端を見て、サッと顔色を青くした。
「あっ…。私、急用を思い出したので失礼しますわ。オホホホ…」
「えっ?」「サロメ様?」
サロメが一目散に逃げ帰ってしまったので、取り残された取り巻きが一瞬固まる。そして、置いて行かれては大変と、彼女の後をバタバタと追いかけて行った。
逃げていくサロメは、頻りに自分の服をまさぐっている。きっと、何処のリボンが取れたのかと確認しているのだろう。
体面を気にするサロメの事だから、制服に不備があったなんて思ったら顔から火が出るくらい恥ずかしかった筈だ。そんな彼女の様相を想像するだけで、また吹き出してしまいそうになる。
私は急いで食堂を出て、誰も居ないところで思い出し笑いを上げる。
「はぁ、はぁ…ナイス過ぎるわ、ブーちゃん。もうサロメの顔を、まともに見れないかも」
まさかリボンの切れ端だけで、あのサロメをあそこまで慌てさせるなんて思わなかった。
【ブッハッハ!】
顔は見えないけど、ブーちゃんも笑ってる。手だけ闇空間から出して、こちらに何かを渡そうとしていた。
お皿だ。上に焼き菓子が乗っている。
どうやら、食堂のひと皿をくすねたみたいだ。
「まぁ、ブーちゃん。盗みはダメよ?」
【ブフフフ】
悪い笑い方だ。
まぁ、学校の食費は全部学費で払われている。だから、別に盗んだ事にはならないと思う。ちゃんとお皿を返したらだけど。
「でも、ありがとう。これで朝食抜きにならなくて済むわ」
【ブフゥー】
私がお皿を受け取ると、ブーちゃんの腕が一旦引っ込んで、再び出てきた時には、紅茶で満たされたティーカップを差し出してきた。
まぁ、とんだ名怪盗ね。
「でも、このままだと不味いわ」
紅茶とクッキーで簡単な朝食を済ませた私は、これからの事を考える。
このままエニクス寮に居たら、またあの人達がちょっかいを掛けてくる。週末に居ない事も気付かれているみたいだし、これがエスカレートすると外出する姿を見られるかもしれない。
「そう…ね。仕方ないものね」
私は1つの決断をする。
その日の放課後、私はバルツァー先生を訪ねた。先生は、以前罰則で訪れた教室で鎧の手入れをしていた。
「バルツァー先生」
「うん?おお、バーガンディ君。どうしたんだ?こんなところに」
「寮の事で相談がございまして…」
今朝の事も含めて、私は先生に相談した。
「それで、エニクス寮からムーンガルド寮に移らせて頂けないでしょうか?」
「うん。それ自体は規則上問題ないのだが…良いのか?エニクスと比べて、ムーンガルドは随分と、その…質素な生活を送る寮になるぞ?」
「後ろ指を指されるのに比べたら、マシですわ」
そう強がって言ったが、本心では歓迎していない。ムーンガルドは平民達用の簡素な寮だから。
せめて下級貴族が集うネメアス寮の方が良かったけれど、あそこは人が多過ぎるので新規はなかなか入れない。だから、ムーンガルドに入れて欲しいって頼んだんだけど…?
大丈夫かな?と私は先生を見上げる。すると、先生は小さく頷いた。
「分かった。ではムーンガルドの寮長であるカステル先生には、私から話を通しておこう。部屋の移動はいつ行う?ムーンガルドであれば、今日中にも移動の許可が降りると思うが」
えっ?今日?
「えっと、手荷物などもありますので、週末までにゆっくりと移動させようと思っていたのですが…」
トランクとかカバンとか、日用品とかちょっとしたアンティークとか、いろんな荷物があるんだから、そんな直ぐには移動出来ないわ。
当たり前でしょ?と、先生に訴えかけると、先生は不思議そうな顔をする。
ええっ、どうして?
「アクロイド先生から聞いたが、君のファミリアは闇属性なのだろう?であれば、君は空間系の魔法が使えるのではないか?」
「えっ?私が、ボイドを?」
ボイドって…いつもブーちゃんがやっている闇系の空間魔法よね?
どういうこと?私は水系の魔法なら少しは使えるけれど、才能がないと使えない闇系の魔法なんて使える筈がないわ。
先生が言っていることの意味が分からなくて、私は悩んでしまう。
それを見て、先生が手のひらをこちらに向ける。そこには、赤い刻印が浮かび上がっていた。
「私が元々得意だった魔法は土系の魔法なのだが、私のファミリアの影響で、今では炎系の魔法も使えている。このように、ファミリアの魔力質は術者にも影響を及ぼすんだ。魔力測定を行えば、すぐに分かると思うぞ?」
「えっ…でも、先生。ちょっと前に計った時は、いつもと同じ水色だったんですけど…」
「ちょっと前、か。君達は召喚魔術を施されたから間もない。今測れば、魔力質が変わっていると思うがな」
本当に?だってそれって、私も闇魔法が使えるってことじゃない。
生まれ持った資質が何よりも大事と言われる、あの闇魔法を私が?
私の胸が、期待で高鳴った。
まさか、クロエさんも亜空間能力を?
「とうとう手に入れるか、アイテムボックスを!」




