32話~これを渡すつもりだったんだ~
詠唱魔法学の授業で、またもやブーちゃんに手伝ってもらってしまった。悪用した訳ではないけれど、またみんなが私を過大評価する結果となった。
違うんだって言っても、誰も聞き入れてくれないし…どうしたらいいのかしら?
【ブハハ】
魔法学の次の授業、魔術学の最中にメモを取るフリして悩んでいたら、ブーちゃんの声が聞こえた。
貴方のせいなのよ?
【ブフ】
彼に愚痴を零していたら、彼の腕が伸びてきて、ノートに一言書き記した。
〈一蓮托生〉
えっと…どういう意味?
「どうかされました?クロエ様」
「ええ、ハンナさん。ちょっとブーちゃんの書いた文字の意味が分からなくて…」
隣席に座ったハンナさんにノートを見せてみたけど、やっぱり分からないみたい。
2人で顔を見合わせていると、エリカさんが後ろから覗き込んできた。
「えっとね。確か…仲間と共に苦難を乗り越えるだとか、互いに支え合って進んでいく…みたいな意味だったと思うよ?」
すらすらと答えるエリカさんに、私は感心する。
こんな異国の言葉まで知っているなんて、一体どういう教育を受けたのかしら?
「うーん。なんか、クロエの視線が怖い気がするんだけど…?」
「怖くはありませんわ。ただ、貴女がとても物知りだから驚いただけです」
平民だと、本を買うのも大変だと聞いた。だから、どうやって勉強したのだろうか。
「あたしじゃなくて、ケントが物知りなんだよ。あたしは全部、ケントに勉強を教えてもらったから」
「あら?ではこの言葉もケントさんが?」
私がケント君を見ると、彼は目を伏せながら小さく頷いた。
「東の言葉だよ、それ」
「東の?」
「ええ、そうです」
ケント君が言うには、ここよりかなり遠くの国の言葉らしい。
その国の言葉で、支え合う。
つまり、私が出来ないことをブーちゃんがサポートするって言っているんだと思う。私が魔法で彼をサポートするから、私が出来ないことをブーちゃんの力で補ってくれるって。
盾を動かせないなら、ブーちゃんが動かしてくれるし、拘束魔法が途中で落ちてしまうなら、それを彼が拾い上げる。そういう助け合いをしようって言ってくれているんだと。
うん。そうね。それはとっても素敵なことだし、ファミリアって本来、その為にいるんだと思う。召喚者を助け、召喚者が助け、共に乗り越えていく。
素敵な言葉ね。
「であるからしてぇ…」
おっと、いけない。授業中だったわ。
私は前を向き直り、黒板と対話を続けるラムゼイ先生の言葉に耳を傾ける。
「ここの魔術式は、この式が代入できるのであります。そうすると、ここの式とこの式がイコールで結ばれる訳でありますから、つまり螺旋の術式が構築できる訳でありまして…」
先生が謎の呪文を唱えて、私達を眠らせようとする。
私も、最初の内は彼の書く文字をそのままノートに写していたが、徐々に書く力が無くなっていき、意識が薄れ始めた。
…はっ!いけない。今完全に、夢の世界に落ちるところだったわ。
気が付くと、目の前にブーちゃんの手が部分召喚されていて、教科書のページを捲っていた。
随分と先のページ…強化魔術のページまで捲っていた。
「魔術に興味があるの?」
【ブフ、ブフ】
あるって言っているみたい。
そうだよね。だってブーちゃんは喋れないから、呪文の詠唱が出来ない。そうなると、魔法は使えないから術式で発動する魔術を使う他ないものね。
でも、術式って強力な物はとても長くて複雑で、実践で使うにはかなり難しいって聞いたことがある。その場で書いていたら時間がかかっちゃうのもあるし、あらかじめ本などに書いていても、術を発動した時に燃えてしまったりするから、本よりも金属や魔石に直接書き込んだ方が良い。
でもそうすると、別のデメリットが出てくる。
先ず、あまり長い術式は書けない事。素材が硬いと、それだけ削るのが大変になるから。
そしてもう1つは、結構な値段がする事。金属や魔石に細工するのって、高度な技術が必要だって聞いたから。
「あまり実戦向けじゃないらしいわよ?」
【ブーブフ?】
ブーちゃんがまた悩んでいる雰囲気になる。
どうしたら良いのか、私も悩む。
「どうかされましたか?バーガンディ様」
そんな声で前を向くと、くすんだ金髪を揺らす少年が見えた。
ハロード様だ。
いつの間にか、薬草学の選択授業に来ていたのだった。
「いえ。少々考え事を」
「おや?それはまた何か、売買についてのお悩みでしょうか?」
あっ、そうだった。ハロード様にお見せしたい物があったんだ。あれは何処にしまったんだっけ?
私は慌ててカバンの中を探すけど、それらしい物は見当たらない。
あれ?嘘…。もしかして私、何処かに落とした?ハイドの森…じゃないわ。帰りの馬車で確認した覚えがあるもの。じゃあ、何処に?
【ブフー】
思い出そうと必死になっていると、ブーちゃんの腕が闇から伸びてきて、机の上に古びたコインを置いた。
ええっ?ブーちゃん…何処に持っていたの?
「おやおや?これは、随分と古い金貨ですね。この絵は…先々代の国王陛下が愛したファミリアのフクロウでしょうか?もしもそうなら…ううん…」
ハロード様まで悩み出してしまった。
骨董品の鑑定は難しいと聞くし、私は「また後で良いですよ?」と声を掛ける。
「申し訳ないです、バーガンディ様。何分、このような事には疎いもので。少しお時間を頂けたら、知り合いの古物商に当たってみます」
「そんな、大した物じゃありませんのに」
そんなサビだらけでは、まともな価値など付かないだろう。それでは、ハロード様に無駄な労力を割いて頂く事になってしまう。
そう思ったけど、ハロード様は朗らかに「私が確認したいだけですので」と笑ってくれる。
うーん。やっぱりタダでお願いするのは申し訳ない。依頼料を出そうかしら?でも、友人同士での金銭のやり取りはちょっと…。
そうだわ。
「ハロード様。もう1つ悩みがありまして」
「おや。どのような案件でしょうか?」
「強化魔術についてなのですが…」
私は実戦でも使える強化魔術があるかと、ハロード様に相談した。
すると、ハロード様はカバンから腕輪を1つ取り出した。
「護身用に持っていたのですが、これ等は如何でしょう?腕輪としては破格の身体強化魔術が刻まれています」
ハロード様から腕輪を渡された私は、チラリと裏を見る。
うん。確かに、裏にびっしりと術式が彫り込まれている。
「どれくらいの強化が出来るのでしょうか?」
「およそ1割の強化と聞いております」
えっ?1割?こんな長ったらしい術式を刻んでおいて、たった10%の力しか上がらないの?
そう言いたかったけれど、目の前のハロード様が「どうです?凄いでしょう?」という顔をしているので、「素晴らしいですわね」と返す。
「それで、お値段の方は?」
「金貨1枚と大銀貨3枚です」
効果の割に、お値段はなかなかに張る。
それでも、私は腕輪を買った。これでブーちゃんも喜んでくれると思ったから。10%だけど、無いよりマシだもの。
「ありがとうございます、ハロード様」
「こちらこそです。バーガンディ様。お買い上げありがとうございます。鑑定の方もすぐに対応致しますので」
私達の商談が纏まったところで、薬草学のクリントン先生が入ってくる。
「待たせたな、諸君。今日も草花の神秘について語り合おう」
渋く美しい声色のクリントン先生に、最前列に張り付いていた女子生徒達が黄色い声を上げる。
でも私は腕輪が気になって、先生を見ている暇がなかった。
早速今日の部活で、ブーちゃんに使って貰わなくちゃ。
薬草学の授業も終わり、私は足早に廊下を移動していた。
これからサモン部の部活だから、選手達よりも早めに着いて、色々と準備しないといけないのだ。
先ずは水を準備して、ブーちゃんは整地ね。あとは干し草が無くなっていたら補充をして…。
そんなことを考えながら歩いていたから、道角から現れた人とぶつかりそうになった。
しまった!
【ブフ】
ぶつかりそうになったけど、ブーちゃんが私の体を支えてくれて、その前で止めてくれた。
助かったわ、ブーちゃん。
「済まな…おや?クロエちゃんじゃないか」
「プランダール、様」
そこに居たのは、プランダール様だった。制服を着崩して、2人の女子生徒を侍らせていた。
彼のその様子に、私は少なくないショックを受けた。元々お洒落な先輩だったけれど、そう言うことにはしっかりしているイメージがあったから。
私が何も言えないでいると、彼は誤魔化すような笑みを浮かべた。
「丁度良かった。君に会えたら、これを渡すつもりだったんだ」
そう言ってこちらに差し出してきたのは、綺麗な指輪。リング台は金色に輝いており、真っ青な魔石がそこにハマっていた。
一目で、これが最高級品の魔道具であることが分かった。
「こ、こんな…頂けませんわ」
誕生日もまだ先なのに、何故こんな高価な物を?
そう思ってプランダール様を見上げると、彼は静かに首を振った。
「勘違いしないでくれ。これは再召喚をする為の、僕からのささやかなプレゼントだよ」
「えっ?」
私が固まると、彼は肩を竦める。
「アンネマリーさんから聞いたよ。君が召喚事故に巻き込まれたって。そんな君を不憫に思ってね。再召喚の費用にって、これを渡したかったんだよ」
「プランダール様。お気持ちは有難いのですが…結構ですわ」
差し出される彼の手に、私は手を出さない。ただ、ゆっくりと首を振る。
「私は今のファミリアに満足していますわ。私には勿体ない従魔だと思っておりますから。ですので、これは…」
「強がるのは止しなよ、クロエちゃん」
プランダール様の手が、更に近づく。
「誰がオークなんて好き好む?醜く、汚らわしく、鈍感で、100人が100人否定する最悪の従魔。君のように可憐な花に、全く相応しくないファミリアだよ」
「でしたら、私が101人目になりますわ」
目の前まで突き出されたその指輪を、私は強く押し返す。
強い瞳で、彼に訴える。
「私は再召喚を望みません。ブーちゃんは、私のファミリアです」
私は強引にカーテシーを行って、彼らを追い抜き走り出す。
その背中に、プランダール先輩の声が追いかける。
「舞踏会で苦労するぞ!」
その程度の苦労、乗り越えて見せますわ。
私は、ギュッと拳を握る。




