31話〜私の身を、守りなさい〜
「いえ、違うわ。ブーちゃんはブーちゃんよ」
サモン部での部活中、私はずっとブーちゃんが何者なのかと考えていた。一度死んだ魂なのか、異世界の英霊なのか、はたまた、復活した魔族からの刺客だったりしてとか…。
そんな馬鹿げた考えまで持ち出すほど、思考の底なし沼にハマっていく感じがした。また私を、選ばれた特別な存在だと妄想するようになっていた。
いけないわ。私は私だし、ブーちゃんはブーちゃん。耳障りの良い話に惑わされず、目の前にいるその人を見ないと。
そう考え直した私は、部活動に戻る。今はみんな、サモンファイトの真っ最中なので、私達は何かあるまで待機していた。その時間を使って訓練するブーちゃんに、魔力を流した。
ブーちゃんが魔力を生成できないなら、せめて私が頑張らないと。いつも彼に助けてもらっているんだから、彼が出来ないことは私がサポートしよう。それが、召喚者の役割なんだと思うから。
「さぁ、ブーちゃん。思う存分、魔法の練習をしてちょうだい!」
【ブフ!】
ブーちゃんが張り切って手を前に出すと、その空間に黒い穴が生まれる。
この穴って…いつもブーちゃんが出て来る召喚門よね?これがブーちゃんの魔法なの?
「ほぉ、闇魔法か。オークにしては珍しい属性だな」
あご髭を撫でながら、アクロイド先生がこちらに歩いて来る。私が首を傾げると、先生も召喚魔術を発動させて、黒いウルフを顔だけ召喚させた。
「闇の魔法は空間系のものが多い。攻撃力は殆どないが、応用力はかなり効くタイプの技だな。使い方次第では、こんな具合に部分召喚も出来る。どうだ?なかなか面白いだろう?」
「それなら、ブーちゃんも出来ますわ」
得意げに笑う先生に、私も得意げに返すと、ブーちゃんがそれを聞いて行動に移す。闇空間の中に一旦戻って、両腕だけを生やして見せた。
言った通りに動いてくれたのは嬉しいんだけど…私の両側に腕を出すのはやめてくれない?なんだか、私からムキムキの腕が生えているみたいじゃない。
ああ、不味い。サロメの事を思い出しそう…ぷぷっ。
「ぬっ。もう、そんなことも出来るのか。相当な腕前だな…」
驚いた先生は、あご髭を引っこ抜いていた。
ドンちゃんを止める時にもやっていたことだけど、これはブーちゃんの魔法を使った部分召喚だったらしい。
誇らしくて、つい胸を張ってしまったが、こちらを見る先生の目がちょっと鋭くなった。
「素晴らしい技能だが、悪用はするなよ?優れた技能を持つのは君だけではない。悪事を働けば必ず、報いとなって返って来るものだからな」
「勿論ですわ」
その視線を断ち切るように、私は大きく頷く。
私はバーガンディ家の者ですわよ?そんなこと、絶対に致しませんわ。
そう思っていたんだけど、次の日の授業で早速、心が揺らいでしまった。
魔法学の授業で私達は、プロテクションの魔法を学んでいた。
「盾よ、私の身を、守りなさい。プロテクション!」
珍しいことに、習ったばかりの魔法が一発で発動し、私の前に半透明の盾が現れた。
呪文の詠唱中に息継ぎをしてしまったのに、ちゃんと発動している。そう思って飛び跳ねそうになったけど、周りを見て考えを改めた。
「で、出来ましたわ…」
ハンナさんも一発で成功しており、しかも杖を振ると、それに合わせてゆっくりと動いていた。
私のプロテクションは、全く動かない。
ふんっ!このっ…ふんっ!動きなさいよ!
…全く動く気配もない。杖の先でツンッと突くと、ぱたりと倒れてしまった。
ちょっと。
「はいっ、プロテクションが発動した生徒は前に集まってください。まだの人は、自分の席で練習するように」
一応、発動はしたので前に集まると、そこから実践授業が始まってしまった。
「ではこれから、私が攻撃魔法を撃ちますので、皆さんはそれをプロテクションの魔法で防いで下さい」
何でもない様に言うカステル先生だけど、攻撃魔法を向けられるって凄い恐怖だわ。剣を構えられたり、ウルフに牙を剥かれるよりも怖いかもしれない。
私に出来るかしら?
「準備が出来た者から前に出なさい」
「はいはーい!あたしやるー!」
飛び出したのはエリカさんだ。目をキラキラさせて、腕まくりをしている。
怖くないのかしら?冒険をしたいって言っていたけど、度胸があるのね。
「では、行きますよ」
「はーい!」
エリカさんが返事をすると同時に、先生はぶどうの粒くらいの小さな火の玉を放った。
プチファイアだ。小さいけど、服の上からでも火傷するくらいには危険な魔法だ。当たったら大変。
「プロテクション!」
エリカさんはスムーズに詠唱を終わらせて、半透明の小さな盾を生成する。それで、飛んできたプチファイアを防いだ。
彼女の見事な魔法に、周りからは自然と小さな拍手が起こる。
「よろしい。では、次は連続で撃ちます」
カステル先生は幾つものプチファイアを空中に生み出し、それを続けてエリカさんへと放った。
上、下、右、左。
幾つもの火炎弾がエリカさんを襲う。それを、エリカさんは1枚の盾を動かす事で何とか防ぎ切る。
周囲から、大きな拍手と「すげぇ」と言う声が漏れ聞こえた。
ええ。本当に素晴らしい魔法でしたわ、エリカさん。生成した盾自体は小さかったけれど、それを感じさせない素早い盾捌きでしたわ。
私も手を叩いていると、また誰かが先生の前に飛び出した。
ケント君だ。
「先生。次は俺が」
「はい。行きますよ」
ちょっと焦った様子のケント君。幼馴染が褒められて、対抗心を燃やしているのかしら?
そんな彼も、小さい盾で何とかプチファイアを受けようとしていた。でも、最後は防ぎ切れずに当たりそうになっていた。先生が逸らしてくれたから火傷にはならなかったけど、彼はとても悔しそうに俯いた。
エリカさんに負けたと思っていますの?盾が動くだけで、私は十分だと思いますけど?
そうして、次々とみんなが挑戦していく。
エリカさんみたいに防げる子は少なく、ケント君みたいに当たりそうになっている人ばかりだ。でも、みんな盾を動かすことには成功していた。
ああ、不味い流れですわ。また私だけ、置いてけぼりパターンじゃありませんの…。
「次。誰です?バーガンディさん?」
心の内側が凍りつく感覚に陥っていると、声がした。顔を上げると、いつの間にか私だけが取り残されていた。
みんなが期待の目で私を見てくる。召喚魔術の授業みたいに、何かしてくれるんじゃないかって目を向けてくる。
やめて!私は劣等生なのよ!
「早くなさい、バーガンディさん」
「はっ、はいっ!」
私は仕方なく先生の前に出る。先生は既に杖を構えていて、こちらに早く準備しろと視線を向けて来ていた。
ああ、もう。やるしかないわ。
「さぁ、詠唱なさい」
私が杖を上げると同時に、先生はプチファイアを周囲に浮かべた。
私も魔法を発動する。また一発で、プロテクションが発動した。
「わぁ…」
「おっきい」
「流石はクロエ様だ」
みんなが賞賛を漏らす。
確かに、みんなのよりも大きな盾が出せた。でもこれは、私の魔力がCランクだから。バーガンディ家の血がそうさせているだけで、私の実力じゃない。
先生の杖が、小さく空を切る。
「先ずはこれです!」
一直線に飛んできたプチファイアは、私が出していた盾に当たって消える。
ここまでは大丈夫。でも、ここからが問題だ。
「次です!」
先生の周囲に浮かんでいたプチファイアが、バラけてこちらに飛んでくる。
ああ、動いて。動いてよ、私の魔法!せめてゆっくりでも、ちょっとだけでも良いから、お願い…。
【ブフ】
ブーちゃんの声が聞こえた。同時に、私が作り出した盾の後ろに闇の出口が出来上がり、そこからブーちゃんの両腕だけが生えてきた。
ブーちゃんの手が、盾裏の取っ手を掴む。そのまま、盾を振り回し始めた。それだけで、飛んできていたプチファイアは次々と弾き飛ばされ、私は一切被弾することなく課題を終えた。
周囲から、大きな拍手が起こった。
「凄い!あんな簡単に、先生の攻撃を防いじゃうなんて!」
「見てください。クロエ様は一切、動いておりませんわ」
「本当だ!僕なんて、杖をブンブン振り回しちゃったのに、彼女は優雅に構えていただけだ」
「なんてエレガントなの…クロエ様」
「流石は、侯爵令嬢ですわねぇ…」
周りからはまた、過大な評価を頂いてしまっている。
ああ、違うんですの。今のはブーちゃんが。
そう言いたかったけれど、言ったらまた、みんなから変な尊敬をされてしまう。ファミリアの力も術者の力だと。
加えて、先生からはダメ出しをされてしまうかも。魔法ではなく魔術で防いだのなら、もう一回やり直しです…なんて言われてしまったら大変だ。
「クロエ様!私にも、やり方を教えて下さい!」
「僕のプロテクションも見てください!」
ああ、でも、それではみんなが勘違いしたままだ。
本当に…。
「どうしたらいいのよ…」
私は頭を抱える。
…あれ?アクロイド先生、ブーちゃんさんの腕が見えている?
他の人は見えないから、クロエさんを褒めちぎっているのに…?
「カリュドーンの猪が暴れた時もそうだったな。あの者だけが、あ奴の姿を認識していた」
生徒達は、ブーちゃんさんが素早くて見えなかったのかと思いましたが…何かありそうですね。




