29話〜これは必要なさそうだ〜
正式なサモン部の部員となった私は、早速お仕事をすることにした。
ただ見学しているだけだと、ブーちゃんの訓練が出来ないと思ったのと、あのままカミラ先輩と一緒に居たら、マネージャーじゃなくて選手として登録されそうで怖かったからだ。
私のファミリアがオークだと言ったら、他の男子部員の人達は「ああ…」と何かを察した顔だったのに、カミラ先輩だけは「大丈夫!何とかなるから」と変な方向に前向きだった。
なので、先輩とは一旦分かれて、私は倉庫小屋の方へと来ていた。
中は、なかなかにカオスと言うか…芸術的な配置になっている。何処かで丸一日、整理整頓の日を設けた方が良さそう。
でも先ずは、
「ブーちゃん!」
【ブフ】
ブーちゃんを召喚し、目の前に並んだ魔獣用トレーニング器具を見せる。
ああ、違うわ、ブーちゃん。お片付けをして欲しいってことじゃないの。その箒はとりあえず、そこに置いといて良いからね?
【ブッハァ!】
トレーニング器具を見たブーちゃんは大はしゃぎだ。短い鉄の棒を両手に持って、ひたすら上下に持ち上げている。
良かった。こんなに喜んでもらえて。
「それじゃあ、ブーちゃん。私は広場に戻るわね」
私はブーちゃんから奪った箒を持って、彼に見せる。
ブーちゃんにはここでトレーニングしてもらって、私はその間、マネージャーの仕事をするつもりだ。仕事内容は、主に整地作業とか、ファミリアの体調チェックとか、牧草の運搬作業などがあるらしい。運動着を持ってきておいて良かったわ。
【ブッフー】
ブーちゃんが慌てて駆け寄ってきて、力こぶを見せつける。
ええっと…。
「貴方も手伝ってくれるってこと?」
【ブッフー!】
ブーちゃんは頷いて、部屋の隅にある妙な器具を指さした。
えっと、それで手伝ってくれるってこと?でもそれ、どうやって使うの?
それは本当に奇妙な道具だった。リアカーのような取っ手に、荷台部分が大きな石の円柱が取り付けられていて、ゴロゴロと転がせるようになっている。そんな器具に、私はどう使うのかと首を傾げる。
そうしている間にも、ブーちゃんがその器具のを手に取り、ゴロゴロと動かし始めた。
そうやって動かしてみると、まるで拷問器具みたいに見えた。そのゴロゴロに巻き込まれたら、私なんかはペラペラのぺっちゃんこになっちゃいそう。
恐々と見守る先で、ブーちゃんは拷問器具を軽快に動かす。そうするだけで、デコボコしていた地面は綺麗な平面になっていった。
「大丈夫なの?ブーちゃん」
【ブーハーハ】
大丈夫って、言ってそう。
そんな道具も使えるなんて。貴方って、本当に不思議なオークね。
「ああでも、外に出るなら鎖をしなくちゃ」
部長以外、みんなファミリアに拘束魔法を施している。そんな中、鎖なしで作業していたら間違いなく選手にさせられちゃう。
「ごめんなさい、ブーちゃん。鎖を掛けてもらっても良い?」
【ブフフ】
自分の保身の為に申し訳なくて恐る恐る鎖を手渡したけど、ブーちゃんは特に気にした様子も無く、器用に鎖で輪っかを作って首に掛けた。
そして、再び拷問器具を押し始めたら、ちょっとうれしそうな声を上げた。
【ブブッ!?ブホホホホッ!】
「どうしたの?ブーちゃん」
【ブホホッ。ブブーブブ】
なんだろう。自分の筋肉をバンバン叩いて、何か嬉しそうに報告してくれているんだけど……ちょっと何を言っているか分からないわ。
私はブーちゃんの隣を歩きながら、一生懸命に拷問器具を引っ張るブーちゃんを見上げる。
かなり苦しそうな息遣いなのに、表情はとても楽しそう。しっかりとトレーニング出来ているってことかしら?
「おや。これはこれは、随分と大人しいファミリアだね」
2人で歩いていると、ユニコーンに乗ったオルレアン部長が通りかかった。
私達は止まって、鎖を持ち上げて見せる。
「はい。しっかりと拘束魔法も掛けていますから」
「それにしても、それだけで整地用ローラーを扱えるのは素質があるよ。その様子だと、これは必要なさそうだ」
そう言って部長が取り出したのは、穴の空いた布の様な物。
これは?
「これはブリンカーと言って、軍馬や馬車用の馬に使う物だよ。馬の視界を狭めて、彼らの気を散らさない様にする道具さ。オークにも多少は効果があって、見える範囲しか進まなくなるから扱い易くなると聞いていたんだけど…君には必要ないものだね」
【ブフ】
「あはは。僕の質問に答えてくれたんだね?君は本当に頭が良い。それに、随分と心優しいみたいだ」
部長は楽しそうに笑うけれど、どうしてそこまで分かるのだろうか?
そう聞いてみると、彼はユニコーンを撫でる。
「マレが嫌がらないからね。馬系のファミリアは大抵、臆病な子が多いんだ。だから、血気盛んなウルフ系とかには近付かないし、魔物の気配がするだけで物凄く警戒するんだ。けれど、バーガンディさんのオークには近付けても嫌がる素振りを見せていない。きっとこの子が心優しいからだよ」
確かに、私達の前で首を振る白馬の様子は、リラックスしているみたいだった。
あっ、マレがブーちゃんに鼻を近付けてる。それに、ブーちゃんも手を伸ばして鼻に手をかざしている。自分の匂いを嗅がせて、挨拶しているのね。流石はブーちゃんだわ。
そう思っていたら、ブーちゃんはマレの首周りを撫でだして、マレも気持ち良さそうに目を細めた。
…ちょっと、やり過ぎよブーちゃん。部長が驚いているじゃない。
「これは…凄いね、君のオーク。もしかしてオークジェネラル…にしては小さ過ぎるし、そっちの方が獰猛か。もしかして、魔力質が光属性か雷属性なのかい?」
「えっ?魔力質?」
私が驚いて見上げると、部長は「しまった」と言う顔をしておでこを叩いた。そして、ユニコーンから降りると、ヘルメットを脱いで前髪をかき上げた。
そこには、召喚魔術の刻印が光り輝いていた。
「刻印には、そのファミリアの魔力性質によって色が変わるんだ。炎なら赤。水なら青ってね。僕のマレは光属性だから、君のオークもそれに近しい属性をもっているのかと思ったんだ」
どうやら、属性によって相性とかもあるみたい。でも、ブーちゃんの刻印は普通のインク色だったけれどなぁ。
私は手袋を外し、確認する。
ほら、やっぱり黒色だわ。
「これは珍しい。純粋な闇属性だ」
そう言って、部長が私の手を覗き込んでいた。
私はつい、手を隠してしまった。
それに、部長が苦笑いを浮かべる。
「おっと、ごめんね。急に」
「い、いえ。その…あっ、闇属性というのは珍しいんですか?」
恥ずかしくなって、強制的に話題を戻した。
部長は気にした様子もなく、何度も頷く。
「真っ黒は珍しいね。赤黒かったり、ダークブルーだったりってのが多いと聞いてるから。ほら、アクロイド先生の刻印もダークブルーだったでしょ?」
そうだったかしら?あまり覚えてない。
「しかし、そうなると僕らの魔力質とは反対で、相性は悪い筈だ。マレは純粋に、君のオークを気に入ったってことみたいだね」
光属性と闇属性は対局にあるから、親和性は全く無いみたい。
私が見守る先で、ブーちゃんは手際よくマレを撫でている。目を細めると、まるで厩番(馬小屋で馬のお世話をする人)に見えるわ。
「おっと、お仕事の邪魔をしてしまったね」
部長は「頑張ってね」と私を労ってから、マレに乗って颯爽と去っていく。マレも何度かこちらを見て、挨拶をしている様子だった。
「モテモテだったわね。ブーちゃん」
【ブフ?】
しらばっくれてるわ。貴方って、なかなか罪作りな子なのね。
それから暫く、私達は広場をあっちこっち走り回って、マネージャー業務に従事する。干し草を持ってきたり、飲水用の桶に水を継ぎ足したりと、なかなかに忙しい。お父様と領地の視察をした時に、領民達の仕事を見ておいて良かったわ。
【ブフッ、ブフッ】
ブーちゃんは私以上に働いている。拷問…じゃない、整地用ローラーで地面をならして、重い荷物を運んで、掘り返された箇所を土で埋めて。
なかなかの重労働だけど、ブーちゃんは楽しそう。止まる気配もなく、ずっと動いている。
最初は私も真似していたけれど…ムリムリ。私、そんなに体力無いのよ…。
「よ~し。今日はここまでにするぞぉ」
アクロイド先生がそう宣言して、部活動は終了した。何人かの生徒は先生から追加の練習プランを言い渡されて絶望しているけど、殆どの生徒は寮への道を歩み出した。
だけど、私達はこれからだ。
私はみんなを見送ると、ブーちゃんと再び小屋に入る。
今度こそ、お仕事じゃない訓練のスタートだ。
【ブッ!ホッ、ブッ!ホッ、ブッ!ホッ】
相変わらず、短い鉄棒を持って上下させるブーちゃん。
それって、トレーニング器具なの?そうやって使う物なの?
【ブッハハー!】
まぁ、ブーちゃんが楽しそうだから良かったわ。
私は器具を磨きながら、ブーちゃんの訓練を見守った。
イノセスメモ:
魔力質…その者がどの魔力系統に秀でているかを表す言葉。召喚獣も同じ様に持っている。色の濃さなどで、どれだけその質が高いかが分かる。
赤…火や爆炎。
青…水や氷。
黄色…土や金属。
緑…風や雷の魔法。
白…光。
黒…闇。




