27話~何故って、それは…~
「で、ありますから。このファイアボールの魔法は、様々な攻撃魔法における基礎的な動作を学ぶのに適していて…」
「…はぁ」
濃厚な週末が終わり、私はまた平穏な学園生活に戻っていた。
今の授業は魔法学。詠唱魔法のスペシャリストであるカステル先生が教壇の前で熱弁し、黒板にきっちりした文字を並べている。
私はそれを、ぽけ〜っと見ていた。
正しくは、見ているフリだけだ。思考は未だに、あの森の中に置き去り状態だった。
色々とショックな事が多過ぎて、寝ても覚めても悪夢を見ている気分だった。
現実って、世知辛いものだったわね。忘れていたわ。
「…ガンディーさん?クロエ・バーガンディさん?」
「はい?」
落ち込んでいる所、急に名前を呼ばれて立ち上がってしまった私。
それに、クラスメイト達は困惑気味な表情を浮かべる。どうしちゃったの?と、こちらを心配する顔がほとんどだ。
先生も、眉を顰めて私を見つめる。
「どうしました?バーガンディさん。聞いていなかったのですか?」
「い、いえ」
聞いてなかったのに、咄嗟に嘘をついてしまった私。
だって、先生の目が怖かったんですもの。はい、なんて言ったら、廊下に立たされていたかも。
でも、やっぱり間違いだったかも。先生が笑顔で私を前へと手招くんですもの。
「それは良かったわ。では、前に出てきて、ファイアボールの詠唱をやってみてください」
ええっ!?私が?
先生とみんなから期待されるままに、私は教壇へと上がる。そして、守りの魔法で構える先生と対峙する。
ああ、もうやるしかないわ。
私は覚悟を決め、杖を高く上げて詠唱を行う。
「ファイアボール!」
すると、私の言葉にすんなりと魔力が乗り、ちゃんとした火炎球の形を作って、ゆっくりと先生の元へと到達した。
ええっ!うそ…。
「はい、結構です。良い発音でしたよ、バーガンディさん」
「「「わぁああ!」」」
私が席に戻る時、みんなが拍手と賞賛の言葉を投げかけてくれる。
それは嬉しいけど…違いますわ!昨日、森で実践していたから、慣れていただけですわ!
「す、凄いです、クロエ様。流石ですわ。召喚魔術だけじゃなく、魔法まで出来るなんて…」
「違いますわ!」
あまりに持ち上げられ過ぎて、私は反射的に答えていた。
それを受け取ったのは、ハンナさんだった。彼女はびっくりして、私を見つめていた。
ああ、驚かせてしまったわ。
「ごめんなさい、ハンナさん」
「い、いえ。とんでもないです、クロエ様。私がまた、余計なことを言ってしまって」
「いいえ、そうではありませんの」
どう言えば良いのかと迷っていると、パタパタと足音が聞こえた。
エリカさんだ。ケント君も連れている。
「どうしたの?クロエ。なんだか様子が変だよ?」
「いえ、その。ちょっと皆さんに持ち上げられ過ぎて…。本当の私は、そんな凄い人間じゃないのです。それを、改めて理解したのですわ」
それなのに、こんなチヤホヤされたら、また勘違いしちゃうそう。また調子に乗って、ズカズカと危険地帯に踏み込んでしまいそうだった。
自重しなきゃ。私は、私なんだから。
「う〜〜ん…」
半目になってエリカが見てくる。
「もしかしてクロエ、また何処か探検したの?」
ギクッ。
「あっ!やっぱりそうだ!ズル〜い!」
「ちょっとエリカさん、声が大きいですわよ」
声のトーンを落とすように注意しても、エリカさんの表情はムスッとしたまま変わらない。
私は諦めて、こっそり3人にだけ、週末に起きた事を簡単に話す。すると漸く、エリカさんの表情は元に戻った。
「そっかぁ。大変な目に遭ったんだね。クロエは怪我なかったの?」
「大丈夫ですわ、ありがとう。でも、ブーちゃんに大怪我を負わせてしまったの」
「ハイドの森はなぁ。エリアによっては、Bランクの魔物が発生するから…」
ケント君がボソッと呟く。
ああ、その情報を前もって知っていれば、私は無茶を…していたわね。あの時の私なら。きっとブーちゃんなら大丈夫って。
私が目を伏せていると、ハンナさんがズイッと私の目の前まで迫ってきた。
「危険です。危ないですわ、クロエ様。護衛も付けないなんて。何かあったら、大変な事に…」
「ブーちゃんが居るから大丈夫…と思ったんだけど…」
「ブーちゃんって…クロエ様のオークですよね?ノーマル種だと思うのですけど…もしそうなら、Dランクの魔物です。Bランクが出る森だと、ちょっと心許ないと…」
「っ!?ブーちゃんは…」
ブーちゃんはただのオークじゃないわ。
そう言おうとして、その言葉を飲み込んだ。その慢心が、危険を呼んだのだと思い直して。
そうよね。オークは本来、Dランクの魔物なのよね。Bランクが出る森の深部に踏み込んだら、どうなるかなんて分かりきった事だったのよ。
「でもさ、クロエ。なんでそんな事をしているの?強くなりたいから?」
「違いますわ」
エリカの質問に、私はキッパリと答える。
また格闘系の部活からお誘いを受けたら大変ですもの。
「じゃあ、なんでなの?」
「何故って、それは……あっ!」
私は答えようとして、悲鳴を上げてしまった。
気が付いたのだ。この時になって漸く気が付いた。もう、トレジャーハントをする意味が無いことを。お金を集めていたのは、再召喚を願い出ていたからだった事を。
もう、そんな必要無いのに。
危険を冒し、森の中に踏み入って、変なおじさんに腕を斬られた全てが、無意味だった事を。
そのことに気が付いた私は、
叫んだ。
「また、やってしまいましたわぁああ!!」
今日の授業が全て終わり、私は自室へ直行した。そして、部屋に入ると同時にブーちゃんを召喚して、両膝を着いて彼を仰ぎ見た。
神に祈るように、両手を組んだ。
「ごめんなさい!ブーちゃん。貴方に不要な苦痛を与えてしまったわ!」
授業中に気が付いた事を、全力で謝った。彼が一番の被害者だから。
加えて、私は彼に酷い事をしていたと再認識した。自分が再召喚される為に、その資金を集めていたなんて。なんて、惨い事をしてしまったのか。
その事も含めても私は彼の前で懺悔した。でも、ブーちゃんは笑って許してくれた。
【ブハハハ】
「ブーちゃん」
私は泣きそうになったけど、頑張って堪えた。
ここで涙はズルいと思ったから。だから、彼を見上げて耐えた。
ブーちゃんは指を1本立てて、お願いと両手を合わせた。
「えっと、1つお願いしたい事があるってことなの?」
【ブフ、ブフ】
正解みたい。
なんだろうと思っていると、彼は渡していた羽根ペンと羊皮紙を取り出して、その端に文章を書き記した。
えっと、なになに?
〈負けた 俺 鍛える 希望〉
「シルバーウルフに負けたのはブーちゃんが原因だから、もっと鍛えたい…って事かしら?」
【ブー…ブフ、ブフ】
一瞬考え込んだブーちゃんだったけど、すぐに頷いた。
ちょっと違うけど、だいたいは正解ってことね?
「分かったわ。私も協力する」
今までは私のワガママに付き合わせてしまったんだもの。次はブーちゃんの為に動こう。
そう決めた私に与えられた最初の試練は、訓練場所の確保だった。
と言うのも、部屋で訓練が出来なかったからだ。ブーちゃんが兵士の訓練をしようとすると、部屋の床がミシミシと泣いて、本格的な訓練はとても出来そうになかった。
なので、私は一旦ブーちゃんを戻して、外に繰り出した。でも、周囲は生徒の影があっちこっちにあり、気軽に召喚なんて出来ない。
下手に召喚したら、みんなを怖がらせたり、ヘルさんみたいに襲ってくる人がいるかもしれない。
魔物のファミリアというのは、そう言う所が不便ね。
「よし。決めた」
私は意を決して、ある場所に足を向ける。
そこは…。
「こんにちは、バルツァー先生」
コロッセオ部や格闘系の部活が集う、競技場だった。
そこで、みんなの練習を見ていたバルツァー先生を見つけた私は、彼女に話しかけた。
先生はクルッと振り向き、厳しかった表情を大きな笑みに変えた。
「よく来たな、バーガンディ嬢。約束通り、部の見学に来てくれたのだな?」
「はい。それで先生、ファミリアの為の練習場なんて…ございますでしょうか?」
「サモン部の事か?こっちだ。そこはアクロイド先生が顧問をしているんだ」
バルツァー先生は嬉々として、私を先導してくれる。そして、競技場を出て、暫く歩いたところで前方を示した。
「あそこが、サモン部が活動する屋外フィールドだ」
そうして指さしたのは、広大な空き地にちょこんと小さな掘っ建て小屋が1つだけ座る広場だった。
私が驚いて見詰めていると、先生は少し声のトーンを落として説明を始めた。
それに寄ると、サモン部はファミリアを使役して戦闘を行うから、広大な土地が必要なんだとか。その為に、他の戦闘系部活とは大きく離した位置に練習場を設ける必要があり、この広場がそうなっているらしい。
そして、設備等が殆どないのも、ファミリアが使う機会が殆どないからだとか。
「魔獣や精霊が、人間の訓練などしないだろう?」
えっ?そうなの?ブーちゃんはよく兵士の訓練をしていたけれど…。
やっぱりブーちゃんは特別…ああ、ダメダメ。その考え方は。
「あの、先生。トレーニング器具を使うとしたら、他の部活に入る必要があるのでしょうか?」
「魔獣用の器具ならその小屋に少しはあるが、人間のとなるとコロッセオ部の方が豊富だぞ」
あっ、魔物用のだけで良いです。
「では、先生。この部活の見学をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「少し待っていろ。今、アクロイド先生に聞いて来る」
バルツァー先生が走ってアクロイド先生の元に行き、彼を連れてきた。
授業中と同じく、片頬を吊り上げた歪な笑みを携えて、アクロイド先生は私を見下ろす。
「遅かれ早かれ来ると思っていたぞ、バーガンディ嬢。見学だろ?思う存分していきなさい」
先生は快く受け入れてくれた。
彼の後ろに立つバルツァー先生が、こちらに期待した目を向けている。
あの、先生。流石に、コロッセオ部と兼部なんてしませんからね?




