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【参考文献】神楽坂孝臣/高度成長期が葬って来たもの:忘れられた神々の声を聴く⓶

 夫である『ががしら様』を無惨に殺害された『ががも様』の心は、その無念はいかばかりであった事だろうか。


 政争に敗れて都を追われ、慣れぬ東国の地で懸命に生き、泥に塗れて泥の住人たちと心を通わせた末に、『土蜘蛛』の汚名を着せられ狩りたてられる凄惨な人生。


 説話集の記述においては、この一幕はあくまで「異形退治(化け物退治)」の体裁が取られている。

 しかし、これが同じ人間の身に対して行われた不条理な殺戮であったと考えれば、その光景がいかに酸鼻を極めたものであったかは察するに余りある。

 目の前で助命を乞う夫の四肢が一本ずつ斬り落とされ、その肉塊が洞窟の中へと投げ込まれる。

 これに対する『ががも様』の返答もまた、狂気と怨嗟に満ちた苛烈なものであった。


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『下野国説話集・土蜘蛛退治の事より抜粋』


「おのれおのれ、我が夫を殺せし恨み、幾年月を重ねようとも、我が腹の子らが必ずや晴らしてくれようぞ!」

「何を戯言を吐くか、化け物め! 貴様らの産み落とす子が千人いようと、この阿佐麻呂がことごとく殺し尽くしてくれるわ!」

「ならば我は千五百人の子を産み落とし、貴様らを根絶やしにしてくれる!」

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 ここで我々の脳裏をよぎるのが、神話『古事記』において伊邪那岐命(イザナギ)と伊邪那美命(イザナミ)が黄泉比良坂を挟んで交わした、あまりにも有名な決別の神勅(しんちょく)である。


 黄泉の国の主となったイザナミが「お前の国の人間を毎日1,000人締め殺そう」と言い放ち、それに対しイザナギが「ならば私は毎日1,500の産屋を建てよう(1,500人の人間を生ませよう)」と返す一幕だ。

 極めて興味深いことに、この『下野国説話集』におけるががも様と藤原阿佐麻呂とのやり取りにおいては、この神話的構造が綺麗に「逆転」している。


 人間側の討伐使である阿佐麻呂が「1,000人を殺し尽くす」という破壊の言葉を吐き、討たれる側の怪異(ががも様)が「1,500の子を産む」という死と繁殖の誓約を立てているのだ。

 神話において残虐な滅ぼしの意志として提示された「1,000人の抹殺」を、人の身である阿佐麻呂が自ら宣言してみせる。

 もしこの古文書の編者が、意図的にこの逆転構造を組み込んでいたのだとすれば、それは大和朝廷側が帯びていたあまりにも非道な残虐性に対する、痛烈な暗喩(レトリック)であったと言えるのではないだろうか。


 この後、藤原阿佐麻呂は『ががも様』を刺し殺さんと自ら洞窟内へと踏み込んだものの、闇の中で蠢く巨大な足の数本を刎ね飛ばしたところで逃げられてしまう。

 阿佐麻呂ら一行は洞窟の網巣に火を放ち、這い出してくる大量の子蜘蛛を燻り殺したとされるが、ついぞ『ががも様』の死骸を確認することはできなかったという。

 討伐隊はやむなく洞窟の落口を重い岩で封印し、土地の者たちに対し「この地を祟り地・忌み地として扱い、永久に近づいてはならぬ」と厳しく言い含めて京へと去っていった。

 果たして、暗黒の洞窟深くへと消えた『ががも様』のその後はどうなったのだろうか。


 現代まで続く禁忌の地としての『栖網喪岡』。

 そこで古くから起こってきた「神隠し」とは、封印された地下で生き続けた『ががも様』の呪いの結実なのだろうか。

 もしも『ががも様』が『栖網喪岡』の巨大な鍾乳洞の底に身を潜め、無数の「子ら」を今なお産み育て続けているのだとすれば。

 その子らが張り巡らせた巨大な「網」はどれほどに拡がっているのだろうか。

 そして永きにわたる怨念が向けられる惨劇の先は、いったいどこになるというのだろうか。


 かつての『栖網喪岡』と呼ばれた地に、偽りなき安寧が保たれ続けることを切に祈願し、本稿の結びとするものである。

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