【参考文献】神楽坂孝臣/高度成長期が葬って来たもの:忘れられた神々の声を聴く①
第六章:『栖網喪岡』に眠る土蜘蛛伝承
『栖網喪岡』――これは栃木県足利市の郊外に位置する、小高い丘陵地帯を指すかつての地名である。
この丘は古くから異界としての色を濃く宿した「忌み地」として恐れられ、近世に至るまで無縁仏の集団墓地としてのみ利用されてきた。『喪岡』とは文字通り、喪に服し死者を送る岡を意味する。
では、冠せられた『栖網』とは何を示しているのだろうか。
「栖」は生物の巣窟や棲家を、「網」は獲物を絡め捕る罠を意味する。
すなわちこれは「網の張られた巣窟」を指し示す言葉にほかならない。
人が住まうことを拒む不気味な怪異の潜む地であったからこそ、人々はこの丘を墓地として隔離し、死者の領域として扱うほかなかったのだ。
地元の老人らの証言によれば、この丘の周辺では古くから神隠しが頻繁に発生し、「あの丘の竹林には決して足を踏み入れるな」と厳しく戒められてきたという。
さらに、土葬が主流であった時代には、この地に埋葬された遺体がしばしば土中から姿を消すという怪異も記録されている。
土地の人々はそれを「ががも様が喰らった」のだと語り継いできた。
この『ががも様』という怪異の呼称、そして『栖網喪岡』という地名の起源こそ、この土地の地下深く根付いてきた「土蜘蛛伝承」の核心を示している。
『栖網喪岡』とは本来、巨大な蜘蛛の怪異が巣食う岡を意味していたのである。
実際、この丘の地質は石灰岩を多く含んでおり、雨水などの侵食により無数の自然洞窟が形成され、複雑に入り組んでいる。
異形の存在が身を潜めるには、これ以上なく適した環境であったと言えよう。
しかし昭和の高度成長期、宅地開発の荒波の中にあって、この地にあった無縁仏の墓群は跡形もなく葬り去られた。
立ち並んでいた無数の墓標は重機によって破壊され、その墓石の破片は擁壁や丘の基礎をなす「石積み」としてそのまま再利用されたのである。
現在、『すみれが丘』と名を変えたこの丘のコンクリート擁壁や石組みを詳細に観察すれば、磨滅しかけた戒名や命日の文字が刻まれたままの石が混ざり込んでいるのを確認できるはずだ。
それこそがまさに、かつてこの地に無数の死者が眠っていたことの確かな名残にほかならない。
葬り去られたのは墓だけではない。
土地の記憶として継承されてきた土蜘蛛伝承もまた、高度成長期の瓦礫の下へと埋もれていった。
では、近代化の陰で消し去られていった土蜘蛛伝承とは、本来どのような言伝であったのだろうか。
伝承によれば平安初期、都の朝廷において不義を働いたとされる「雅楽頭」がこの下野の地へ流されてきたという。
雅楽頭とは、宮中において音楽や舞楽を司る雅楽寮の長官を指す官職名である。
この東国の地に流れ着いた雅楽頭は、やがてその職名が訛り、地元住民から「ががしら様」として親しまれるようになった。
当時の在地住民にとって、「ががしら様」は決して排斥すべき悪しき存在ではなかったとされる。
特に「ががしら様」の細君は、貧しい土地の子供らに歌や音曲を熱心に教え授けたことから、人々より「雅楽母様」と称され、大いに尊敬を集めていたという。
しかし、歌や舞踊が民間に広まり求心力を持つことを快く思わなかったのが、中央の朝廷である。
朝廷は彼らが民衆を扇動し反乱を企てているとし、「朝廷の厳粛なる威光を穢した」として大規模な討伐隊を派遣した。
身の危険を察した「ががしら様」と「ががも様」は、従者とともに山中の複雑な自然洞窟へ身を隠した。その潜伏地こそが、後に『栖網喪岡』と呼ばれることになる場所である。
洞窟や竪穴に籠もり抵抗の構えを見せた「ががしら様」らは、朝廷の史観において過酷な「土蜘蛛(異端の討伐対象)」と同義として扱われた。
土蜘蛛とは本来、大和朝廷の統治に屈せず、洞窟や自然の穴ぐらに穴居していた豪族や先住民に対する侮蔑的・差別的な呼称であるが、朝廷に逆らい洞窟に籠ることによって「ががしら様」は「土蜘蛛」とされたのだ。
かくして、「ががしら様」と「ががも様」の一族は、「下野国土蜘蛛討伐」の名目のもと、逃げ場のない洞窟の奥へと追い詰められていくこととなる。
伝書によれば、追い詰められた当時「ががも様」の胎内には新たな命が宿っていたため、「ががしら様」は自らの命と引き換えに妻子の助命を切実に請い願ったとされる。
では、その哀訴に対する朝廷側の非情な回答はどのようなものであったのだろうか。
その答えは、地域に伝わる異本古文書『下野国説話集・土蜘蛛退治の事』に克明に記録されている。
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『下野国説話集・土蜘蛛退治の事より抜粋』
洞窟の口より這い出てまいりたる雄蜘蛛は、「平に平にご容赦くだされ。どうか我が細君と腹の子だけはお助けくだされ」と額を地に擦り付け命乞いをなすも、討伐使・藤原阿佐麻呂はこれを一蹴しにけり。
「蜘蛛が子を産めば、卑しき毒蜘蛛が増えるのみ。まずは貴様を斬り伏せ、巣穴に眠るすべての卵を焼き払ってくれよう」と宣いて、大太刀を抜き放つ。
阿佐麻呂が振るう太刀は、土蜘蛛の足を一本、また一本と斬り落とし、とうとう胴ばかりとなりたる蜘蛛は、なおも妻の助命を乞い叫びしが、ついに力尽きて息絶えたり。
阿佐麻呂は念には念を入れんと、土蜘蛛の胴を八つに刻み、その肉片を深き洞の奥へと投げ入れにけり。
「やい、さっさと出てまいれ、雌蜘蛛め! この藤原阿佐麻呂が貴様ら毒虫を根絶やしにしてくれよう! 腹の中の子蜘蛛一匹とて、生きてこの穴を出られると思うなよ!」
阿佐麻呂は大声で嘲笑うや、松明を掲げ、部下を引き連れて暗黒の洞窟深くへと踏み込みにけり。
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