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【緊急連載】1,000人が消えた「すみれが丘マンション」の闇(第3回)

『限界マンションに潜む闇――半グレが語るマンション事務所の実体とは?』


 前回の記事では、『すみれが丘マンション』で起こった独居老人の数奇な運命に焦点をあてた。

 その中で、事務所と偽って「遺体安置所」が運営されていたという恐ろしい実態について紹介したが、果たしてこれは極めて異常な例であったのだろうか。

 残念ながら、これは氷山の一角であると言わざるを得ない。

 限界マンションで事務所として借りた部屋がどのように使われているのか、とある事務所管理人――世間では半グレと呼ばれる溝口さん(仮名・42歳)にインタビューをすることに成功した。


「もう何でもありだよ。売春(ウリ)でも麻薬(クスリ)でも。売春(ウリ)だったら、いちいち事務所として借りる必要すらねえけどな」


 安タバコの煙を吹かしながら不敵に笑う溝口さんから語られた実態は、想像を遥かに越えるものであった。

 違法な風俗店や裏カジノとしての使用は序の口。安価な貸し出しをモットーとする闇民泊、不法滞在者への過密シェアハウス、果ては大麻の水耕栽培や無許可のペットブリーダーとしての使用など、まさに無法地帯であった。

 隣家が空き家だらけ、いたとしても事情に疎い独居老人が大半を占める限界マンションだからこそ成り立つ闇ビジネスである。


 筆者も、場所を明かさない条件でいくつかの部屋を見せてもらうことに成功した。

 とある一室に入った瞬間、特有の生臭い熱気に思わず息が詰まった。壁一面に積み上げられたケージの中では、南米から闇ルートで密輸されたという巨大な蛇や爬虫類、タランチュラなどが蠢いており、思わず悲鳴をあげそうになったほどだ。

 こうした違法ブリーダーは、一般的な住宅地では異臭や鳴き声ですぐに通報される。しかし管理の目が行き届かない限界マンションでは、それが容易に行えてしまうのだ。

 別の部屋では、横並びの部屋を買い叩いた上で、建物の構造を支える耐震壁にハンマーで打ち抜かれた隠し穴が行き来に使われており、構造計算を無視した勝手な改修で建物全体に危うい歪みを生じさせていた。いつ訪れるかもしれない崩壊など、違法行為に手を染める彼らの思考の外にあるのだろう。


 『すみれが丘マンション』は、このような無法の状態にあった。

 駅から徒歩20分という距離、丘の上という立地。周囲の街から遮断されたその孤立感こそが住民の首を絞める一方で、犯罪者たちにとっては最高の温床となった訳である。


 だが、『すみれが丘マンション』が地域から孤立していったのは、単に立地だけの問題ではない。

 そこにはマンション建設にあたっての、地元住民との間の根深い対立が存在していたのだ。


 今でこそ『すみれが丘』と呼ばれるその土地は、かつて『栖網喪岡(すあみもがのおか)』と呼ばれていた。

 『栖』は生き物の棲家を表し、それに『網』を合わせるのは網を仕掛ける罠を連想させる。そこに死を表す『喪』と地形の『岡』が組み合わされたこの地名は、文字通り異質な場所、――“忌み地”として知られていた。

 古文書を紐解くと、江戸後期のこの地には数多の無縁仏が眠る墓地があったことが記されている。



■栖網喪岡、かつて墓地だった土地を切り開いた高度成長期という暴力


 土地の登記簿や古い公図を遡ると、マンション開発が行われる直前まで『栖網喪岡』という地名が残っていたことに突き当たる。

 しかし、そこに存在した墓地の正当な改葬許可(墓地埋葬法に基づく行政手続き)の記録については、筆者が自治体の文書庫を探した限りどこにも残っていなかった。

 昭和の高度成長期という開発の荒波の中、無縁仏の墓は省みられることなく――おそらくは正式な供養の手順すら踏まれないまま重機で踏み荒らされ、『すみれが丘マンション』の土台として埋もれていったのだ。


 当然、墓が削り取られ巨大なマンション群に姿を変えたからといって、人々の記憶まで消し去ることはできない。

 分譲当時、周辺には「墓を踏み荒らして建てられたマンションは呪われている」などと書かれた看板や横断幕が掲げられ、竣工後数年が経過しても反対運動の残り火が燻り続けていたという。


 そうした経緯もあり、『すみれが丘マンション』へ越してきた新たな住民と、古くから住む地域住民との間には最初から致命的な溝が横たわっていた。

 地元住民にとって、マンションの住人は墓荒らしと同義だったのだ。

 建設当時、マンション住人が近隣地域から「村八分」のような扱いを受けていたという証言は多い。

 街のスーパーで買い物をしていても露骨に無視され、学校へ通う子どもたちも「あそこは墓を荒らした場所だから関わってはいけない」と親から厳しく言い含められていた。地域の子ども会からも『すみれが丘』の児童だけが露骨に除外されるなど、陰湿な隔離が徹底されていたのである。


 時代が下るにつれ、表面立った嫌がらせこそ薄れていったものの、『すみれが丘マンション=忌み地』という強烈な記憶は親から子へと口伝で引き継がれていった。

 その結果、『すみれが丘マンション』の中でどんな異常な事件が起きようとも、外の人間にとっては「あそこなら当然起こり得ること」という共通認識が出来上がってしまったのだ。


 かつて高島平団地が飛び降り自殺の名所として騒がれた時代、『すみれが丘マンション』でも吸い寄せられるように自殺者が相次いだ時期があった。しかし近隣住民たちはそれを気味悪がるどころか、さも当たり前の現象として受け止めていたという。

 それは一種の諦絶であり、同時に『すみれが丘』を異界として切り離すことで、自分たちの平穏を守ろうとした自衛本能だったのかもしれない。


 第4回では、『栖網喪岡』に残る土蜘蛛伝承と、『すみれが丘マンション』で囁かれてきた奇妙な怪異「ががも様」について追及していく。


(ルポライター:首藤 隆一)

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